第172話 轟音

(やるときはきっちり惜しみなく……さもなくば待つのは後悔のみッ!)


 ヒビキは力を貯め始める。通常、聖霊の力を引き出すには一定時間を要し、その間は無防備となってしまう。だからこそ、何をしてくるか分からない状態の相手と戦う際はただ危険を晒すだけに終わるリスクもある。

 だが、聖霊の力を持つものとそうでない者が戦うのは、前者が圧倒的有利になる。まるでプロスポーツ選手とジュニアの選手が試合をするようなもの、何から何まで劣る状態が作られてしまうのだ。


「グッ……痛イ、眩シイ……ダガ、コンナ程度ノ小細工ナド、我ニ通用スルモノカ……!」


「ぐっ……私にも限界が! そろそろヤバいかも、あと何秒で準備できそう!?」


「あと10秒だ……いけるか!?」


「うん、最大限頑張る!」


 カエデは全身に駆け巡る痛みと疲労に耐えながら、なんとかユウヤを拘束し続ける。ただでさえ怪我している状態、コンディションはお世辞にも良いとは言えない。普段の6割程度の力も出せない今、ミノタウロスの力で暴走しているユウヤを数秒間妨害するのがやっとだ。


「あと5秒! 頼んだぞ!」


「……うん、何とか……!」


「エエイ、鬱陶シイ野郎ダ! コウナレバ、力ヅクでゴリ押シシテヤロウカァッ!」


「……させねぇよ。こうやって今! オレ様が降臨したんだからな」


「……やった! 頼むよ、あとは……」


 ついにヒビキは戦う準備がバッチリ整った。それを見て安堵したカエデは疲労もありバタリと倒れる。空からは雨粒がポタポタと落ち始めた。たちまちびしょ濡れになった上着を脱ぎ捨てながらヒビキは呟く。


「ベストタイミングだぜ。神はオレに味方してやがる」


「ソレガドウシタ! 我ノ剛力ハ重機ヲ凌駕スルノダアアアアアア!」


 ユウヤは一直線に突進してくる。ヒビキはすぐに勘付いた。ただフィジカルで戦おうとしているのだと。豪快な力と引き換えに知力を捨てている、これならちょいと工夫をこらすだけで勝てる! ユウヤは上着を拾い上げ、ヒラヒラと身体の横で揺らす。


「オラオラオラァ! 闘牛だぜ、ほらほらぁ!」


「何ヲシテイル! 吹キ飛べ、人間風情ガアアアアアッ!」


「どこ狙ってんだ、オレはこっちだ!」


 身体スレスレのところを駆け抜けていこうとするユウヤに対し、ヒビキは脚に雷を纏わせて回し蹴りをする。ダメージはあまり入らなかったようだが、一瞬の不意を付いて再び距離を取ることができた。


「さぁ、今度はこっちだぜ! かかってこいよ、オラオラオラァ!」


「コノ野郎……次コソ始末スル!」


 再びヒビキは上着をヒラヒラと揺らしてユウヤを挑発する。憤怒するユウヤは再び勢いを付けてまっすぐ突進してくる。全く同じ展開、攻撃を開始したヒビキは雷を纏った蹴りを入れる。そしてまた距離をとる。


「さぁ、今度は攻撃をオレに当てられるのかな? それとも牛さんの本能でヒラヒラに向かっていくのか。二度あることは三度ある、それとも三度目の正直か! 特とご覧になってあげようじゃねえか」


「クソガ……クタバレエエエエエ!」




 同じ展開が繰り返される展開。ユウヤの体内では、ペガサスとケルピーがどうにか強制的にミノタウロスの暴走を止めようともがいていた。


「チッ! ありとあらゆる方法を試したが……全く上手くいかねぇな」


「それもそうです。アイツは問題児なんですから、問題児……」


「……おい、わざとやってるな? わざとオレの方見てるだろ、何の嫌味だ! その羽もいだろか!」


「喧嘩はやめましょう、ケルピー。今はミノタウロスをどうにかしなければ……そうでしょう?」


「いや、何だお前。その通りだけどよ……一体どうするよ?」


「これは禁じ手ですが……2人がかりで自爆する。そしてユウヤを無理やり止める……これしかもはや方法は残ってないかもしれません」


「……いや、何言ってんだ! そしたらオレ達も死ぬだろ、正気かペガサス!」


「あのヒビキという者。かなり傲慢な様子でありますが、彼の勝率は高く見積もって3%といったところでしょう」


「ささささささ、3パーセントォ!? 何でだよ、どう見てもヒビキが遊んでる状態だろ!?」


「……ま、見ておいてください」



「オラオラオラオラァ! ハァ、ハァ……そろそろお前も疲れてきただろ、オレはもう……やることは尽くしたぜ」


「フン……ユニコーンノスタミナハ、所詮ソノ程度カ。ナラバ我ガ一撃デ仕留メテ――」


「仕留められるのはお前だよ! 周りを見てみろ、見えないのか? 雷鳴の裁きがッ!」


「……ムッ!?」


 ヒビキがユウヤを避けながら駆け回った軌跡。地面には、ビリビリと高圧電流のような音を立てながら何らかの「線」が蜘蛛の巣のように張り巡らせており、綺麗にユウヤを包囲していたのだ。


 困惑するユウヤを見てニタリと笑うヒビキは地面を思いっきり強く踏みつけると共に、


「鳴り響け轟音! 焼き焦げろ、ユウヤアアアア!」


 と叫んだ。同時に雷が暴れ出し、四方八方からユウヤを蜂の巣状態に狙撃する。


「グアアアアアアア! コノタメニ、逃ゲ回ッテイタノダナ……!」


「馬鹿。逃げていたのじゃないさ、むしろ立ち向かっていた。だから今攻撃できてるんだろうがああああ! 観念しろ、今度はオレが勝つッ!」


「……トデモ、言ウト思ッタノカ?」


「……は?」


 ユウヤは地面に腕を突き刺し、サイレンのような叫び声を挙げながら道路を割って持上げてしまった。アスファルトの巨大な塊を軽々と持ち上げたユウヤは、ヒビキにその標準を合わせる。


「……ジャアナ。調子乗リノ凡人」

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