第165話 防壁
「……
「……」
「タケトシ君! 大丈夫ですか、タケトシ君!」
「……う、うぅ……ここは……?」
「良かったです……ようやく気が付きましたか……!」
「栄田さん……なんで……」
タケトシが目覚めると、そこは窓から射す夕日に照らされたカフェのボックス席であった。どうやら
対する栄田は笑顔でタケトシに接するが、スーツの裾からチラっと包帯が手首に巻かれているのが見える。おそらくタケトシの技を防ごうとした際にその衝撃を強く受けたのだろう。
それでも栄田はタケトシの横に腰掛け、
「心配しましたよ……まさか、あれほどの技を持っていたなんて。本当に、ある意味学ばされました」
とねぎらいの言葉をかけてきた。
タケトシはもはや、栄田が聖人を通り越して逆に不気味な存在にすら思えた。
なぜ、一部始終ナメきった子どもに対してリスペクトを持って接することができるのだろう。なぜ、学校という社会から追い出される形となった禁断の技、
いくら学校で錬力術を学ぶことになっているこの時代であっても、まだ幼い子どもにとってそのコントロールを完璧にこなすことは難しいことなのだ。特にこの技はタケトシの心情やテンション、怒りや戦う場所など様々な要因が重なることで威力が1から1万まで簡単に変動する。まるで壊れた秤の針のようにブンブンと振れ動くことで、想定や加減を遥かに超えるパワーすら、時に見せてしまうのだ。
「栄田さん……オレ、調子に乗って……本当にオレは……オレは……!」
「わかってますよ。よく……頑張りました」
涙の堤防が壊れたタケトシを、栄田は優しく受け入れる。真っ赤に燃える夕日をバックに、1人の少年が感情の入り混じった雨を局地的に降らせたのだった。
それからタケトシは栄田のカフェに時々通うことになった。少ない小遣いを握りしめ、せめて栄田のカフェにお金をおろす。彼なりの感謝の表現であった。
そんなタケトシを、また栄田は優しく迎えてくれた。怪我をさせたにも関わらず、時々組手の相手をしてくれることもあった。だがある日、栄田は錬力術についてタケトシに問うたのだ。
「タケトシ君……あなたがあの日に出した強い強い技。覚えてますか?」
「ええっと……それは……
「違いますよ、それも磨きがいのある技ですが……もっと強い技です」
「そ、それは……」
知っている。本当は、その答えを。だけど、これまで2度も人を傷付けてしまった現実から少しでも目を背けたくて、タケトシはその答えを口にすることができない。
「……ごめんなさい。分かりません……というか、怖いです……思い出すのが」
「そうですか……では、こうするのはどうでしょう」
栄田は懐から新聞記事と小さなナイフ、リンゴを取り出した。
「このニュース。テレビでも報じられてますが……どう思いましたか?」
新聞記事の見出しは、不審者によるナイフを用いた傷害事件を報じるものであった。タケトシは自分のしたことを嫌でも思い出してしまい、思わず目を背ける。だが、タケトシはパァンと手をたたき、その視線を再び前に向けようとしてくる。
すると……今度タケトシの目の前にあったのは、その新聞の上に置かれたリンゴとナイフであった。そして、折りたたんだ新聞こ上で、栄田はリンゴの革を剥き始めたのだ。
「こ、これは……」
「ナイフ。使い方次第で善にも悪にも変わります。もちろんナイフ辞退に罪はないですよ? ですけど、火やダイナマイトなどと同じ様に……道具や技術は、光にも闇にもなり得る。道具や技術の用途は限られたものではなく、ある時には甲に、またある時には乙に、そして丙になるときもある……あなたのカラプスも同じですよ」
「……!」
「貴方は私と同じように、土属性の錬力術を使える。ならばその強大な技を出力を抑えて、今度は盾として使えば……二度と意図せず人を傷付けることも減るかもしれませんし、それどころか人を守れます」
「そ、その技って……!」
「そう。
「栄田さん……なんでそこまでして……」
「フフフッ……単純なことです。ただ私は錬力術を悪の存在にしたくない。そして、タケトシ君に……正直にありのままに、皆を守る存在になってほしい。それだけです」
「な、なんで……ざがえだざん……うぅ……うわあああああああああん!」
少年の眼から降る雨は、まるでまるで豪雨のようであった。綺麗な夕日を浴びながらも……。
それからタケトシは、
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