第162話 タケトシの過去 その3

 栄田と名乗る謎の男は岩田家に上がった。母がお茶と菓子を慌てて出すと、栄田は笑みを浮かべながら軽く会釈する。

 どうやら栄田はタケトシに話があるようで、母を交えてまるで教師との三者面談のような構図になった。空気は重苦しいものでは決してないが、栄田という男からはまさに「強者」というオーラを感じる。


(確実に、そこらにいるおっさんじゃない……だが、わざわざオレのところに来たのはなぜだ……?)


 タケトシがお茶をガブガブとすぐに飲み干し、栄田のことをチラチラと眺めていると、自らタケトシに話しかけてきてくれた。


「さて……タケトシ君、で間違いないですか? 話は聞いております、ですけども私は叱ったり怒ったりするつもりは全くありません。ただ、タケトシ君の持つ力を見せていただきたくてここに参ったのです」


「オレの力……? 悪いけどな、おっさん。オレは好きでケンカをするワケじゃないし、あの騒動だって……仕方なかったというか……イヤでもクラスの盾になるしかなくて……」


「こら、タケトシ! 初めての人に『おっさん』なんて言うんじゃありませんっ!」


「痛てっ! 何すんだよお母ちゃん……」


 タケトシを叱りつける母をなだめながらも、栄田はタケトシの目をまっすぐに見てくる。そして、ゆっくりとタケトシの拳を握り、不思議な話を語り始めたのだ。


「これは約4年前……2044年の春のことです。私はとある山にキャンプに出かけたところ……とある少女と出会いましたね。彼女はタケトシ君と同じく、錬力術を幼い頃から上手に扱えたんです」


「へぇ、錬力術を上手にねぇ……。でも、オレの同級生でもほとんどのヤツはそれを使えるぞ。別におかしな話じゃなくね?」


「ですが、その子はとある悩みを抱えていまして……例えばタケトシ君は、ドラゴンとかペガサスとか。そういうのは好きですか?」


「はぁ? まぁ、嫌いじゃないけど……」


 このおっさんは何が言いたいんだ? ドラゴンとか、そういう生き物が実在するとでも言いたいのか? それなら胡散臭いから早く追い出したい……そう思ったタケトシだったが、栄田の口から語られたのは、妙に信憑性のあるおとぎ話だったのだ。


「聖霊……その子はそれらを宿していたんです。タケトシ君がどうなのかは分かりませんし、私に分かるのは……その存在は良くも悪くも、何かしらの力を宿主に与える、ただそれだけです。

 ただ、その存在はとても厄介。その少女の身体を乗っ取り、暴れているのをその時見ました……それにより飛躍する力も錬力術。2020年頃、将来的に危惧される存在になるだろうとされていた『人工知能』などを遥かに超えたものが唐突に発見されて……世界は大きく変わったことはタケトシ君も聞いたことがあるでしょう」


「……んで、結論は何なんです? 錬力術は危険です〜なんて話、聞き飽きましたよ」


「もちろん、その力は人々の希望にも悪夢にもなり得るでしょう。悲しいことに、実際に今、それを悪用した犯罪も増えつつある……火、刃物、ダイナマイト、インターネットなどなど……新たな光が生まれれば、それはすなわち陰を同時に作り得るということ。

 タケトシ君には、自らの意思でなくとも錬力術を使った暴走をしてほしくない……ただそれだけです」


「そうですか……」


 不思議と、タケトシは栄田のお願いを素直を聞き入れられた。確かに、不良を撃退するために繰り出した技はタケトシの切り札中の切り札、その後起こり得るどんな後始末も受け入れる……そして、高圧電流に耐えきれなかった回路がショートするように、タケトシ自身の身体が崩れることも厭わない。たまたまネットで見た、火山の大噴火により引き起こされた、まるで山そのものが解体されるビルのように崩れ落ちていく現象。

 そこから連想して考えた大技、その名は岩屑流カラプス。カラプスは英語で崩壊などを意味する言葉。両親の指針で英会話に通っていたタケトシは、習った単語をそのまま漢字を英語で読むようなイメージで名付けたのだ。


「タケトシ君。いきなりこんな話をして申し訳ありませんが……よければ貴方のその力、見せてくれませんか?」


「えっ!? で、でもおっさん、なんかメダルみたいなやつを――」


「タケトシ! だからおっさん呼ばわりをやめなさいっ!」


「痛たっ! やめてくれってば、それは……!」


 再び、母親はタケトシを叱りつける。またまた、栄田は母親をなだめると、続けてタケトシの方を見ながら、1枚の紙をカバンから取り出して見せてきた。


「これ、秘密なのですが……私はカフェを経営しながら、武道の練習をしているんです。それに……私はちょこっと、強いですよ」


「つ、つまりオレと勝負を?」


「その通りです。実はこれ、お母さんからご依頼がありましてね……よければ私と一勝負、交えませんか?」


「勝負……? 子どもがおっさ……大人に勝てるワケなくないですか?」


「フフフ……それでは、これならどうでしょうか?」


 タケトシに対して栄田は、信じられない提案を持ちかけてきた。


「タケトシ君は錬力術を使ってもいいものとする。ですが私は、錬力術を使ってタケトシ君を痛めつけたりはしません。正真正銘、私の拳で戦います。それでいかがですか? タケトシ君の力……とても興味があります」


「オレは力を使ってもいい、でもおっ……栄田さんはハンデとして手足で戦う、と……おもしれぇ。ぜひ、お願いします」

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