3章 現代事変〜参〜

第156話 悪夢のような現実

「……痛いっ!」


「カエデ……最近どうしたの? 怪我も多いし、チーム・ウェザーがどうのこうのってメモも机に置いてたりするし……まさか、最近ニュースで騒がれてる事件に対抗しようとしてるんじゃ――」


「ちちちち、違うよママ! ほら……その、大学の授業で……生物系の授業もあるし、その関係で……」


「昔からアンタは熱心ねぇ……無理しないでよ?」


「うん……ありがと。ママ……」


(ごめん、無理するしかないよ……だって私、立ち向かわないといけない相手がいるんだから)


 先日のネンザブロウとの戦いで、カエデは右肩から腕にかけて深い傷を負っていた。タケトシと共に共闘したものの、あまり見慣れない敵の術中にはまってしまい、再び戦線を離脱することとなってしまったのだ。


 カエデは身体があまり丈夫な方では無く、怪我をすれば錬力術をうまく発揮できない。それに、ネンザブロウが最後に態度を改めて提供してきた薬草とやらもデタラメで、植物学を選考しているカエデにとって、それはそこら辺の雑草を寄せ集めて乱雑にすりつぶし、小さな瓶に詰めただけのものだとすぐに理解できた。



――――――

『……つか、あのジジイ。本当に薬草と異世界のお金とやらを置いて行ったぞ』


『ほ、本当だ……私、ちょっと異世界の植物に興味あるかも、調べてみ――』


『ままままま、待って月村さん! 怪我してるし、無理しないで……ほしいです、だからオレがまずは見てみるわ、うん』


『フフッ、じゃあお願いするね』


 震える手で慎重に小瓶を開け、中身を確認するタケトシ。ややドロっとした感触に対して嫌な顔を見せるが、その正体が何なのか全く分からない。


(一体何だこれは? 万が一のこともあるし、触ったりせずお金の方を見てみるか……ドルでもない、元でもない、当然日本円でも無いし……オリジナルのコインか何かか? そもそも重すぎる、これを財布パンパンに入れりゃ軽いダンベル代わりになりそ――)


『あー、これこの近くの雑草の寄せ集めじゃん。嘘つきだったね、あの人』


『うわっ、月村さん!?』


『もー驚かないでよ、かわいいんだからー……だってほら、葉脈とか葉の形とか、花弁とかの形もそこに生えてるやつと同じだし』


 確かに、カエデが指差す向こうにはすり潰された薬草もどきとよく似た見た目の雑草がいくつか生えていた。回復系の錬力術を会得できていないタケトシにとって、心のどこかで小瓶の中身が本当に異世界から持ってきた治療薬であることを強く願っていた。

――――――



 カエデが受けた傷は予想以上に重く、今何者かに襲撃されれば確実に負けるだろう……だからこそ、今できることとしてバイトや勉強の傍ら、チーム・ウェザーや不沈陽しずまずことコウキについて調べていたのだ。


「自分自身に“アロエ”を発動して回復できたら一番いいんだけど……私ってそんなに頑丈じゃないからな、ハァ……」


 ベッドに倒れ込んで足をバタバタさせていると、突然チャイムがピンポンと鳴った。


 友達でも家に来たのだろうか? カエデはバレないようにカーテンの隙間からそっと訪ねてきた人を見てみたが、その人物は全く身に覚えのない人物であった。

 レザーのシャツにフレアパンツ、ピンクでかなり厚底のスニーカーを履き、金色に染め上げた髪の隙間からは大きな耳飾りが時々姿を現す。


(……え? 本当に誰、この人?)


 カエデが困惑していることなど知る由もなく、母は1階からカエデのことを呼ぶ。


「カエデ、カエデー。お友達が来てくれたわよ、スズちゃんだって。怪我したのが心配だって」


「と、友達……? ス、スズちゃん?」


 本当に誰だろうか? イメチェンした昔の友達だろうか、いやそレは絶対に無い……そもそも、スズという名前の友達なんて過去にいただろうか? 何より、根拠は無いのだが、どこか強い狂気と殺気のようなものをその女から感じる。


 とはいえ、いきなり「こんな人知らない」なんて言えるハズもない。母は完全にこの謎な女を「カエデの友達」と認識しており、応対する仕草だけでも見せなければこちらが怒られてしまうだけだろう。

 仕方なくカエデは窓から手を振る。そして軽く「久しぶりぃ」とだけ声をかけ、すぐさま窓を閉めて階段を駆け下り、母に真実を告げる。


「……ねぇママ。知らない、こんな人絶対!」


「え、でも怪我したこと知ってるのよ? それとも、もしかして仲悪いの? この子と」


「あーもー……説明するのは難しいけど……不審者よ、不審者! 変な人が訪ねてきたって感じで警察に通報して! 私は絶対出ないから――」


「月村カエデちゃぁん……そんなことしたら、”勇者御一行“メンバー、絶滅しちゃうよぉ?」


「タチの悪い冗談はやめてよ……ただでさえこの前メイさんが……って!」


 おかしい。仲間である山浦メイが亡くなってしまったことをなぜ知っている? そもそも、今の声の主は、明らかに母のものではなかった。インターホンもマイクは切ってるし、そこまで大きな声で会話もしていない。なのに、カエデのすぐ近くからその声は聞こえてきたのだ。


(何よ……まさか、あの女の術だって言うの!?)


「せいかーい。ほら、5秒間目を閉じて……開けてご覧なさい?」


「うるさい、誰がアンタの言うことなんかに……って……なんだか眠くなって……きて……」


「フフ、全ては私の思うがままね♪」


 スズは眠りについたカエデを、強制的に家の前に呼び出した。その違和感に気付く者は誰もいない。なぜなら、カエデの母も同時に、眠らされていたのだから……。






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