魔法が日常になった世界で、今日も地球は廻る。

第155話 現代事変

「ヘマ……だと！？」

「えぇ……私の両腕についさっきまでくっついてたケルベロスの首。それらは一度、コンパウンドを解除されてこそこそ本領を発揮するのよ！」

　よく見ると、メイの頭上にはうっすらと犬の首らしき影が2つ、それは鎖で檻に繋がれた番犬のごとく暴れていた。さらに、それはどんどんと伸びていき、やがて天井にまでガブリとかぶり付き始めたのだ。

「これぞコンパウンド、ケルベロスの真の形態！　私が怒り、私自身が3体目の番犬の如く暴れる……さぁ、今から私は本当に従うだけよ！」

　アイスを投げつけられ、ベトベト、ビショビショになったスズはその髪を逆立たせ、扉を蹴り飛ばし、自分の靴をぶん投げてアイスの入ったショーケースを破壊してしまった。売り場からどよめきが起こるのを尻目にかけつつ、スズは素足で地面を思いっきり踏みつけてみせた。

「……パニッシュ。全員、さようなら」

　その刹那。同時に大勢の客が倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった。慌ててスズを止めようとするが、ユウヤの足は先程の霧に包まれ、数十キロの重りを付けているかのように少しも動けなくなっていた。

　そもそも、スズがバックヤードに押しかけたり、大勢の前で謎の理論を提唱したりしていたのも、ヘイトを買うための策略だったのかもしれない。ダメージを受けてこそ力を引き出せる。かつてのユウヤが土壇場以外での錬力術がダメダメだったかのように、かつての自分とどこか重なるデメリットがメリットとなり、今暴れている。

「くそっ……！　腕もほとんど……動かねぇぞ……」

「当たり前でしょ。ナイトメアは触れた者に悪夢のような現実を見せる。そのために開発した技なんだから……」

　スズはガラスの入り混じったチョコミントを掬（すく）ってはゴミ箱に投げ入れると、ギリギリユウヤに聞こえるぐらいの声量で何かを呟き始めた。

「……この名前は全知の勲章」

「は？」

「……の名前は全能の証明」

「な、何を言ってるんだよ……」

　唐突に豹変したかと思いきや、今度は不気味で恐ろしいことを機械的に発し続けるスズ。その姿はまるで番犬どころか魔獣、いや魔神のようだ。

「そして……この名を冠せば、それこそ制覇への約束ぅ……なーんてね。私の大嫌いなおっさんの言葉よ」

「おっさんって……それもまさか一族のか！？」

「えぇ。奴らは本気で世界を支配し、逆らう者を根絶やしにしようとしている……例えば今からキミが感じるみたいに、ね」

「おい……詳しく教えろ、これ以上友達に、仲間に手を出すんじゃねえ……！」

　動けないユウヤを嘲笑しながら、スズは動け1人どこかへと去っていった。まるで、遠くに獲物を発見したハンターのように。

「ふふ……可か否か、誰がどう願おうとまもなく始まる……西暦にして2059年4月末、”現代事変“がね！」

　そう呟くと、スズはすれ違う者を皆殴り倒して気絶させながら、電車に乗りどこかへと向かうのだった。引き止める正義感あふれる者も逃げ惑う者も無差別的に眠らせ、ある計画のために足を進める。

「さてと……さっきアイツが霧に触れてくれた時に読んだ記憶……まず1人1人、潰していきましょうかね。まずは、月村……カエデさん。この人にしましょう」