第149話 見知らぬ同族、スズ

 ついに世間はゴールデンウィークに突入した。日本全国で事件や事故は著しく増加していたものの、行楽需要が冷めることはなく、各地レジャー施設はかなり盛り上がっていた。


 ユウヤ達はこの約1ヶ月間、様々なことが起こりすぎた。チーム・ウェザーとの戦い、ホリズンイリス族とやらの登場、そして本格的に始まった、まさに事変。

 もちろん、ユウヤ以外のメンバーも大変な目にあっていた。タケトシは一時洗脳されていたし、現在カエデは度重なる怪我により離脱。もともと敵対関係にあったヒビキ達も元・同僚と戦い続ける毎日だし、奇襲により命を落としてしまったメンバーもいる。


 正直リフレッシュしたい気分であったが、チーム・ウェザーと戦うなどと言い出したのは自分、友人を誘うなんてことは口が避けてもできないことだ。無論、本当の敵はコウキ達ホリズンイリス族なのだが、自分自身もその末裔である以上、立ち回りを間違えれば自身が悪役のレッテルを貼られてしまう、あるいは裏切り者として友人や家族まるごと彼らに蹂躙されるかもしれない。


(どうすりゃいいんだよ、どうすりゃ……)


 そんなことを考えながらも駅前のアイス屋のバイト向かっていると、その行列の中に他の人とは異なるオーラを放つ少女がいた。かなり暖かくなってきた時期にも関わらず分厚そうなレザージャケットを羽織っているのだ。

 見たところ年齢はユウヤと同じぐらいだが、高貴かつ神秘的、そしてどこか威圧的なオーラは数百年生きる仙人のようである。


(若作りしてるオバサンとかじゃない……まるでファンタジーに出てくる数百歳のエルフみたいな、そんなモノを本能で感じる……注意したほうが良さそうだ)


 ユウヤはその少女を警戒しているのを悟られないようにしながらも、他の客と変わらない接客を試みる。


「いらっしゃませ〜。ご注文はいかがですか? オススメはこの――」


「ああ、苦手なのよチョコミント……アイスはバニラかキャラメルしか食べないことにしてましてぇ。清涼感みたいなのが苦手なのよね〜寒さの二重攻撃? って感じで。」


「そ、そうなんですね、失礼しました〜」


(なぜだ? オレはまだ『チ』という文字すら口にしてないぞ、まさかこの女……オレを狙いに来てるのか!? オレもバイト中に敵に奇襲かけられるなんて……この前はタケトシのところに颯爽とカッコつけて現れたのによぉ)


 ユウヤは警戒心を強める。だが、変に身構えてクレームを入れられてもたまったもんじゃない。ユウヤはあくまでも「普通」を意識しながら少女の様子をうかがう。


 少女は散々悩んだ挙げ句、結局キャラメルアイスを2個注文し、窓際の席に座ってスマホを見ながらアイスを食べ始める。

 なんだ、普通のお客か……そう思ってユウヤは次の客に再び声をかけた瞬間、少女はなんと小さなメモを紙飛行機に挟んでユウヤに向かって投げてきたのだ。


 驚きつつもユウヤはそれをそのまま捨てようとするが、いつの間にかその少女はユウヤの真後ろにピタっと張り付いており、メモを丸めたその腕に爪を立てて握ってきた。


「い、痛たたたたたた! やめていただけませんか、困ります……」


「えー? こっちこそ、重要な情報を無視されちゃ困るなぁ、ジェフリー・ゼピュロス・ホリズンイリスちゃんっ」


 少女は耳元で、「ホリズンイリス」という名を口にした。少なくともユウヤにとって面識のないこの少女がなぜ、本来の生い立ちの名前を知っているのか。ユウヤは戦慄する。


「な、なぜその名を……! 貴様、まさかお前も……!」


「おーっと、一応私はお、きゃ、く、さ、ま。店長とかから叱られても仕方ないわよぉ……ま、そのうち世間から敵として見られちゃうんだけどね」


「世間から……!?」


「理系のジェフリーちゃんなら聞いたことあるかしら? 『エントロピー増大の法則』ってやつ。

 例えばきれいな水源があったとしても、そこに少量だとしても汚い泥水が混じってしまえば……その水源は綺麗じゃなくなってしまうの。いくら貴方が世界征服を企まない側だとしても……ホリズンイリスが本格的に進行を進めれば、あなたも『きれいな水源』としては見られなくなるの」


 スズは買ったばかりのアイスに足元の砂粒をふりかけながらささやき続ける。「これがエントロピーの例えよ」と言わんばかりに。

 ユウヤはスズの言うことが全く理解できない。ホリズンイリスという名を堂々と発表しながら戦い続けるつもりは無いのに、こいつは一体何を言っているんだ、通報してやろうか? インカムのボタンを押したその瞬間、スズの態度は豹変した。


「私の名前は犬飼スズ……ある意味『偽名』なんだけどね。私はこれまで見てきた。世界中のありとあらゆる革命や反乱をね」


「いい加減にしやがれ! こちらとて、それなりに錬力術を使えるんだぞ……!」


「ほう……まるでここ3〜4週間くらいで一気に成長した、そんな感じね。だけど私からすればそんな期間、付け焼き刃とすら思えないわ。

 ジェフリーちゃん、よく聞いて? 私は表向きはティーンとして青春を謳歌する女の子だけど……実年齢はその数倍、いや数十倍。アンタもうまく立ち回れば同じくらい生きられるけどね」


「オレが馬鹿だからかなぁ?  まっっっったく、言いたいことが理解できねぇ……お前は出禁、さっさとお帰りいただきたいっ!」


 ユウヤは足元に隠していたペイントボールを手に取り、スズの胸元めがけて投げつけようと大きく振りかぶる。だが、まるで金縛りにあっているかのようにユウヤの身体はそこで固定された。


「なっ……動けねぇ、何が起こったんだ!」


「フフフ……これぞ私の錬力、『意識の具現化カムトゥルー』と名付けたわ。これは周りにいる人間の正直な考えをそのまま形にできるの。後ろの客をご覧なさい」


「後ろの……?」


 かろうじて動かせる目線をショーケースの向こうにやると、そこに並んでいたのは不満そうな顔の客ばかりだ。まさか、これが「周りにいる人間の正直な考え」なのか? 再びユウヤはスズを見る。


「『喧嘩しないでほしい』『アイス早く売って欲しい』『迷惑』これらの思いがすべて対象者への攻撃となる。それが私の能力! さぁ早くアイスを売りさばきな? でも敵に背を向けて接客するなんて……どんなカリスマ店長、いやエリマネでも不可能だろうけどねぇ!」


「チッ……ピンチ襲来、どう『立ち回る』のが正解ってんだ……!」






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