第137話 栄田と山浦 その2
「これは、小屋……?」
「まぁ、簡易的なものですが……これほどまでの雨ですから。休める場所も必要でしょう」
「も、申し訳……ないですわ……」
「いいんですよ。お嬢さんがこれで元気を取り戻せたら、私も嬉しいですから」
「ありがとうございます。優しい……ですわね」
メイは気分が少し落ち着いたのか、強風や地震は既におさまっていた。メイは硬いベンチの上で仰向けになり、土の天井を見上げる。頑丈そうでありながらも、柔らかさも併せ持った土の壁に天井。だんだんリラックスし始めたメイを見て、栄田は優しく語りかける。
「一体何があったのですか? よければ、辛いことを吐き出してもいいんですよ」
「……
「ライオンと人間……スフィンクスでしょうか」
「うん……だけど、周りの人に相談しても誰も信じてくれない。私がおかしいんだって皆言ってくる! そんな奴全員倒したい、けど、けれど! それは
「スフィンクスの……って! その姿――」
「あははは……ごめん、はやく……逃げ……レルワケネェよなぁ、このボクから!」
メイは突然、獣人のような姿に変貌してしまった。首周りにはライオンのタテガミのような毛、手足には鋭い爪が生え、そして岩のように硬そうな尻尾までついている。
ついさっきメイがその内に秘める力を暴発させてしまった時、彼女の見た目に変化が起きるということは無かった。だが今ではどうだ、今のメイはまるでバケモノ、話し方まで全く別のものになってしまっている。
「くっ……お嬢さんの身に何が……まさか、悪魔にでも取り憑かれた!? いえ、それは考えにくい、だがタネもシカケも無いはずが――」
「おおっ、半分せいかーい。ただ、ボク達は悪魔じゃなくて聖霊という存在なのさ」
「せ、聖霊……?」
「言わば、霊魂と生物の間の存在だよ。ちょっとしたデメリットはあるけども、宿主に強大な力を授けるのさ」
「なるほど……それでお嬢さんは今、お前の手によって暴走状態にあるんだな」
栄田は何かを悟ると、その身に降り注ぐ大雨を握りつぶして空中に放り投げた。その形は液体でありながらも、はっきりと魚雷のような姿を示していたのだ。
「ハァ……ハァ……この技により消滅したくなければ、
「ふーん……ボクはやられるのか、やられないのか。そして、それを喰らってもこの
「クイズみたいに言ってんじゃねぇよ、さぁ……大人しく言うことを聞くのです」
「……やーなこったぁ」
スフィンクスとやらも、栄田に抵抗するかのように無数の刀剣のようなものを空中に浮かび上がらせた。どうやら話は通じなさそうだ、栄田はついに躊躇という名のブレーキから足を外した。
「……
「無駄だよ、“ケペシュ”!」
無数の魚雷と刀剣がぶつかり合うことで、この山一帯を轟音と閃光が駆け巡る。栄田はフルパワーを発揮しているのに対し、対するスフィンクスは涼しげな顔をしている。
「ぐっ……! 中々に手強い、まずいですよこれは!」
「だからボク言ったでしょ? ボク達聖霊は宿主に力を与える、逆に言えば、ボク達はとてつもない魔力を持ってるんだ」
「……道理で私の心臓も激しく鼓動しているワケですね」
「ねぇねぇ、そんなこと喋ってる余裕はあるのかなぁ? かなり汗かいてるよ、おっさん……まぁボクからすれば赤ちゃんですら無いけども」
「フッ……これは汗じゃなく雨水ですよ、不正解です」
「なっ!?」
スフィンクスは突然、驚いたような顔を見せた。すると鍔迫り合い状態だった技と技のぶつかり合いも、かなり栄田が押した状態になった。
「……ボ、ボクが間違うなんて、そんなこと……!」
(不正解、この言葉にここまで反応するなんて……まさか!)
栄田はある神話を思い出した。
『旅人よ。朝は4本足で歩くが昼は2本足で歩く。そして夕方になると3本足になる……この動物とは何か?』
これは、スフィンクスが砂漠を征く旅人に投げかけたクイズだ。旅人たちは皆その答えを考えては見るものの正解を出すことができず、彼らは皆スフィンクスに食べられてしまったらしい。
ちなみにこの答えはヒトだ。1日とヒトの一生を連想させて、朝は赤ちゃんのハイハイ歩き、つまり四本足。昼はそのまま歩いている状態、そして夕方は年老いて杖を持ち出したことを3本足と表現しているのだ。
栄田にとって、神話上のスフィンクスとこの聖霊スフィンクスが全く同じ存在なのかは分からない。だが、クイズを出す存在が自身の考察や発言を否定されたとなると、ショックを受けてしまうことも分からなくは無い。栄田は既に、錬力術ではなく知恵とメンタルの勝負に移行し始めていた!
「スフィンクス君、私から問題です。私からの問題に答えられたら、あとは貴方の好きにしたらいいですよ」
「ほう……諦めたみたいだねぇ。ボクは賢い、聖霊界でトップクラスになぁ! さぁ投げかけなよ、問題を!」
「……旅館とかで見かける、一人用の鍋みたいなのを温める青いアレに入ってる成分を答えよ!」
「……ハァ!? 抽象的すぎるでしょ、それに何だ……鍋を温めるアレって……」
あまりにも抽象的な問いかけに、思わずスフィンクスは不満をあらわにする。だが、栄田は補足などをつけるつもりは無い。
「分からないか……でしょうねぇ、貴方は古代エジプトの存在。長い年月が経った、今の技術なんてね」
「そ、そんなことはない! ボクはあれからずっとこの世界をたまに……見てたんだぞ!」
「はーい不正解。正解は……主にメタノールです」
「なっ……! そんなはず――」
「続いての問題! さぁ、答えられるかなぁ……!」
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