第132話 誕生、あらたな力
「降りてこねえなら……こうしてやらぁ!」
突然男はメイの帽子を被ると、一般的なお嬢様のモノマネのようなことを始めた。正座しながら背筋をピンと張り、バッグからティーカップを取り出すとそこに溜まった上品に雨水を飲み始めたのだ。
「……やべぇ」
ユウヤはさらにドン引きする。頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。もう、通報して不審者として対処してもらったほうがいいのだろうか、そう思った矢先。男は1枚、タロットカードを取り出しユウヤの窓に向かって投げつけ、大声で叫びだした。
「運命の輪だぜ、カードが何だかタイヤみてぇに変わってきてるぜ!」
「何っ!」
確かに投げつけられたカードは巨大なタイヤへと変化し、ユウヤの部屋の窓に向かって飛び出している! そして窓を突き破っても、ユウヤを押しつぶそうとするその勢いは留まるところを知らない。
「間に合わ……いや、
メイの、いつものお嬢様口調ではない、本当に切羽詰まったあのメッセージ。そして謎の男が手にしているメイの帽子にタロットカード。きっとメイは最期の最期まで抵抗して、そして爪痕を少しでも残そうとしてくれたのだ。
そう思うとあの男にビビり散らかしていた自分に、そしてメイを始末したあの男に、火山が噴火するかのような怒りがやっと込み上げた。
「ぐああああああああああああああああああ!」
ユウヤはタイヤを目にも止まらぬ連続蹴りでぶっ潰そうとする。壊れろ、潰れろ、そしてあの男も地獄へと……湧き出る残酷な憎悪と破壊衝動がユウヤを後押ししてくれた。
「ウヒヒヒヒ、アヒャヒャヒャヒャヒャ! さぁて鳥岡、やっと戦う気になってくれたみてぇだなぁ! ほらよっ!」
男は指を鳴らすとタイヤは再びカードに戻り、ブーメランのように男の手元に戻ってきた。窓が割れ、外と家が筒抜け状態になった今、男とユウヤはようやく会話ができるようになった。
「鳥岡……お前、反チーム・ウェザー、いや反ホリズンイリス一族の筆頭なんだろ? 反逆者ごっこをここでやめると約束するなら、差し出す首を1つくらい減らしてやってもいい」
「あぁ? ならばその前にお前の首を跡形もなく消してやろうじゃねえか」
「おいおい……その体よく見てみろぉ、まるでバケモンだ」
「……それが何だよ、オレの体に文句でもあっか?」
ユウヤの体からは、いつの間にか漆黒の
「……コウキ様が叡智を授けてくれる、どうやらそれは聖霊ケルピーとやらの力を開放した姿。おぞましぃなあ、おぞましいぞ鳥岡ぁ……」
「……知ってんのかよ、せっかくお前を地獄に送った後、アイツじゃなくオレが世界の王に君臨してやろうと思ったのに……お預けだ、それも」
「あぁ、ホリズンイリス時代の幕開けにお前も鳥岡も携わる隙は無ぇよ……裏切り者として、処刑されるのがファンファーレと――」
「”マリアナブラッディ“ッ! 沈め、紅の海圧に……!」
ユウヤは男のお喋りを遮り、まるで血液のように赤い水を生み出して男を包み込む。そしてその塊はどんどん成長を遂げ、一戸建ての家ほどの大きさにまで成長した。
「ンゴゴ、何すんだケルピー……息がしずらいだろがぁ、あぁ?」
「あぁ、雨だから余計に技の威力も上がってるだろうな。まぁ、大人しくしてな。そのままぶっ潰して魂を喰ってやるからよぉ」
「……そう簡単にやられるとでも思ったか? タロット・攻撃タイム、いきますわよぉ!」
男は水に包まれた中でもタロットカードをシャッフルし始める。そして2枚、選んだカードをニヤニヤと笑いながら向けてきた。
「ウヒヒ……世界と戦車だ……世界、ザワールド……強そうだなぁ、どんな効果なんだろうなぁ……でも、まずは戦車からだ! 喰らえぇ……ん?」
おかしい、カードからチャリオットが飛び出さない。不思議そうに男がカードの絵柄を見つめると、そこには絵柄の部分が真っ白に塗りつぶされた戦車のタロットの姿があった。
「……まさか、さっきの!」
「……おいおいどうした、まさか使い方が分からねぇのかぁ? さっきはいっちょ前にタイヤぶっ飛ばして来たのによぉ」
「……うるせぇ! まさか山浦の野郎、なにか最後のあがきを残してきやがったか……!?」
苛立った男がカードを破り捨て、世界のタロットを発動しようとした瞬間だった。遠くから、パカラ、パカラと重い何かが軽快に走ってくる音が響いてきたのだ。
「……フヒ、フヒヒヒヒヒ! どうやら遠くから駆けつけてくれたようだなぁ、お前をブチのめすために! さぁぶっ飛べ、潰れろ、くたばりやがれえええええ!」
「チッ……
ユウヤ、いやケルピーは暴走してくる戦車を止めようと動き出す。まずは車を引っ張る馬を威嚇しようとした時、時間はスローモーションになった。
戦車は透明になりユウヤの体に入り込み、そして眩い光を放つ。曇天の空を消し去るようなその光に、男も思わず目を瞑る。
その光は20秒ほど輝いただろうか。ようやく光がやんだところに立っていたのは、黒い鬣に魚の尾を残しながらも、虹色に輝く透明な翼と馬の尾を生やした、まるで人間とペガサスとケルピーを組み合わせたような姿のユウヤだった。
「……何が起こったんだ、あぁ!? 説明しやがれよ……早く!」
「……分かんねぇよ、だが1つ言えるのは……最期にメイが託してくれたメッセージ、そして力!」
ーーーーー
『あぁ、戦車のカードの馬よ……どうか、どうか理性を取り戻しているなら……鳥岡さんに加護を与えてやりなさい、そして……
最期のメイの言葉、それは暴走状態だった戦車の馬に届いていた。最期に一か八か残した言葉が、膨大な錬力術で作られた馬を覚醒させたのだ。
そしてユウヤの元へとたどり着き、新たな力を芽生えさせた!
ーーーーー
今、ユウヤは自分の覚醒がどういう原理によるものか、ということまでは自覚していない。ただ、今のユウヤはペガサスの力だけではなく、ケルピーの力も自我を失わずに利用できるし、さらには2体の力を同時に扱えるのだ!
「これはコウキのせいで、今苦しみ悶えているヤツらの分!」
「ブゴオオ!」
プールや海水浴とは比べ物にならない、物凄い水圧が男を襲う。
「そしてこれは……これは……」
「ま、待ってくれ、助けてくれ! 見たところアンタからもすごいオーラを感じる! オレは馬場っつーんだ……! 助けてくれ、助けてく――」
ユウヤは命乞いをする馬場からタロットとメイの帽子を没収し、それらを身に着けながら話を続ける。
「命を奪われ……無念残して消えていった……」
「ブゴアアァッ!」
さらなる海圧が馬場を襲う。四方八方、360°から尋常じゃないほどの圧力が加わり、もう抵抗どころか慈悲を懇願することすらできない。
「……メイの分だあああああああああああああ!」
ユウヤが引き当てたのは魔術師のタロット。それを馬場に向けてかざした瞬間、色とりどりの光がビームのように馬場に降り注いだ。
そして馬場は、赤い水の塊に包まれたまま、どこか空の彼方へとぶっ飛んでいき、キラリと空に光り輝いて消えていった。
「……メイ、仇は取れたぜ。それにしても……背中が痛いぜ、張り切りすぎたかな」
ユウヤはそう言って紫色の帽子を天高く掲げると、少し微笑んで自室へと戻っていった。
「ウヒヒィ……このまま宇宙まで飛んでっちゃうのかなぁ……
だけどなぁ、鳥岡……しっかり爪痕は残してやるぜ。あの世界のカード……お前に掲げた瞬間、背中からDVDレコーダーみてぇに吸い込まれていったんだぁ。さて……いつ、どうやって発動するんだろうなぁ?
なぁ、鳥岡ユウヤァ……何だか暑い、ぜ、ウヒヒヒヒ、ヒ、ヒ、ヒ」
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