第131話 デス

 山浦メイ。年齢は27歳、知る人ぞ知る占い師だ。口調はお嬢様チックだが、時折不自然な敬語などが垣間見える。


 普段はひっそりと目立たぬ場所で占いの館を営んでおり、その腕前はかなりのものだと評判だ。

 だが、似たものは似たものを寄せてしまうのか……時折、変人もここに訪れるのだ。そして、本当に危険な人物を、今日招いてしまった。


「お邪魔するよー、山浦……ゴラァ!」


「……どちら様ですか? ずいぶんと……殺気立っていますわよ」


「ウヒヒ……お前なぁ、昨日出てただろ、コウキ様の配信に!」


 メイはすぐに勘付いた。怪しい男について。男の腕と耳にはそれぞれ、腕輪とピアスが付けられている。

 それは一瞬見ただけならどこにでも売ってそうなアクセサリーだが、メイは持ち前の第六感でそれが洗脳装置であることに気付いた。


 だが、この男からは今にも襲いかかってきそうな、意味不明な恐ろしさをムンムンと感じる。メイは平穏を保ちながらも戦闘の準備を進める。


「……視聴者からのとつ……ファンならやめて然るべき。それに、私はただ映っていただけですわ」


「うるせぇ……! お前を始末しろと、コウキ様がアドバイスをくれたんだよ……だからぁ! お前を消す、覚悟しろ!」


「始末するというアドバイス……あら、どういうことかしら?」


「しらばっくれてんのも今だけさ……さぁ、コウキ様から分け与えられた力を喰らいやが――」


「喋んなあそばせ! 喰らいなさい、女教皇の逆……位置!?」


 メイは引いたカード「女教皇」を発動した瞬間、顔が青ざめた。急いでカードをしまおうとするも、既にカードは怪しい男を包みこんでしまっていた。


(ダミットッ! 女教皇の逆位置はハズレ、相手を怒らせてしまう……まずい、まずいですわ!)


「ぐあああ……やはり噂通りだ、山浦! そのカードの力、とんでもないなぁ……!

 なぜか、お前に対する怒りと呆れの思いが、さらにコウキ様の考えに従わない愚民共への見下しが! もっと強くなったぜ……」


「噂通り……どこからか仕入れていたようね、わたくしの錬力術の情報を!」


「あぁ。山浦、お前は余りにも強大すぎる力をそのカードに分けて封印した……逆に言えば、それさえ回収すればお前の力を手にしたも同然だぜぇ!」


「きゃあっ!」


 メイは怒り狂った男に突き飛ばされた。メイが急いで立ち上がろうとすると、男はニヤリと笑いながら目の前で懐から取り出したトランプカードをシャッフルし始めた。


「わ、私の真似事?」


「ウヒヒ。『運』って面倒くせぇ存在だと思うだろ、な? な? なあああああああああ!」


「ふぐっ!」


 今度は、男は立ち上がったメイの脛を蹴り上げ、再びダウンさせる。そして、シャッフルされたトランプを宙に放り投げたかと思いきや、その中から1枚を掴み取り、メイにその絵柄を見せつけた。絵柄はジョーカー、男は自慢げな顔だ。


「例えばこの53枚のカードの中から、テキトーに選んだ1枚がジョーカーである確率はたったの1.8パーセント。1.8パーが98.2パーに打ち勝っちゃうってのは……とても怖いよなぁ。戦場で兵士が1人、52人を相手にすりゃあ確実に負けるだろうに」


「つ、つまり何をおっしゃっていますの……」


「確率、運とは恐怖の指数! 『こうであるはず』『絶対いける』そんな一般的な常識を信じるがあまり、思いがけないときに足元をすくわれ地獄へ落とされる」


 男は何やら、運とやらにかなりの自信を持っていそうだ。だが、メイは長年占いで生計を立ててきた凄腕占い師、男の言葉は信用していない。

 メイも負けじと1枚タロットカードを取り出し、男の目の前で叩きつけた。


「……戦車の正位置! さぁ突撃しなさい、荒く、獰猛に!」


 眩い光とともにカードからは武装された馬車が飛び出し、一直線に男に向かって突撃し始める。だが、男はニヤリと笑うと懐から取り出し、人参をメイに向かって投げつけた。するとどうだろうか、馬が突然呼吸を荒げ、Uターンしてメイの方へと突撃し始めたのだ。


「おおっと、お馬さんの気分が変わったようだぜ。動物ってのは気まぐれだからなぁ、さぁ自らの策に溺れて朽ちな!」


「も、戻りなさい! 戦車っ!」


「ウヒャア……どうやらそんな気分じゃないようだぜ?」


「ま、まず――」


 車と車がぶつかったような、巨大な衝突音が響き渡る。館の壁には大きな穴が開き、ただただ馬が逃げていくのが観察できる。メイは今の一撃でかなりのダメージを負ったようで、寝転がったまま精一杯意識を繋ぐ。


「ハァ、ハァ……これはまずいかも、しれない……」


「おーっと、さっきの喋り方はキャラ作りだったワケかぁ……ま、どちらにせよ関係ない。今からお前は始末されるのだからな」


「……! そ、そのタロット、ウチのやつ……!」


「あぁ、本当はワタクシ〜って一人称じゃ無かったのか。まぁいい……こうやってランダムに引けばいいんだなぁ?」


 男はタロットカードから適当に1枚選んだカードをメイの顔面にそっと置き、小さな声で呟いた。


「ストレングス……日本語だとチカラとかかなぁ? 果たしてどんな攻撃が襲いかかるんだろうなぁ!」


「そ、それはっ……!」


 引かれたタロット、「ストレングス」が眩しい光を放つ。そしてそれから一呼吸置く間もなく、メイは何かとても強い力で叩きつけられたかのように床に大きな穴を開けて抜け落ち、土の上に横たわり動かなくなってしまった。


「おおっと……相性が悪すぎたなぁ、山浦ァ。だが、これも運、最悪最強の要素を操るオレに運勝負を持ちかけた時点で……敗北は決まってきたのさ」


「……アンタは……ける……」


「んぁ? まだ意識があったのかぁ、ならば最期の言葉を聞き入れよう」


 男はメイの口元に耳を押し当てる。かなり鬱陶しいと感じたが、もうメイに反抗する気力は残っていない。だからメイは話すのをやめ、薄くなっていく視界で男が去っていくのを見届けることにした。


「……チッ、くたばっちまったか。ならお前のその帽子と、武器のタロットカード。貰っていくぜ、他のお仲間も始末するためにな、ウヒヒヒヒヒ」


 男はメイの頭から紫色の帽子を脱がせると、そのままメイに微笑んで手を振りながら、館を去っていった。


 メイはもはや、意識と全身の力がほとんど抜け落ちてしまっている。ぼやけた世界の中でも、せめて仲間に情報を落とさなければ……メイは何とか、ユウヤ達にメッセージを送ることにした。


(もう、ウチはダメ……それに、アイツは錬力術の籠もったタロットカードを手にしてしまった……皆さん、どうかこっちにこないで、そして早く……にげて……)


 そうユウヤ達にメッセージを残し、今度はちょうど近くに転がっていた、ひび割れた水晶玉を抱きしめて囁いた。


「あぁ、戦車のカードの馬よ……どうか、どうか理性を取り戻しているなら……鳥岡さんに加護を与えてやりなさい、そして……栄田さん、無事ですか? 聞こえてらしたら……あとは頼――」


 メイは、そこで力尽きた。

 

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