第126話 古都に散らばる不穏

「でも、デートったって……どこに行くんだ? ここらへんには観光名所はたくさんあるけど……」


「あぁ、それは今からウチがセンスで決めちゃうぜ!」


「えぇっ!? ……まぁ、そういう旅も悪くねぇな。そろそろゴールデンウィークだよな、世間は……」


「そう連れねぇこと言うなって、敵に襲われてない今は楽しんじゃおうぜ」


「あぁ、そうだな!」


 イチカとユウヤは青い風に吹かれながら、古風な街並みを楽しむ。電柱や信号機、自動車など、そのようなな物がありふれながらも、この街は数百年前の景色を保ち続けようとしている。建物の色も落ち着いたものが多いし、瓦屋根の住宅もかなり多い。

 そんな「和」を基調とした景色の中を、2人がバイクで駆け抜けていると、近くの道路で若者グループが突然喧嘩を始めたのが視界に入ってきた。初めは口論だったものの、やがて殴る蹴るの大喧嘩へと発展していった。


「うわぁ……ああいうの、ウチ嫌いなんだよなぁ。高校時代の元カレ思い出しちゃうぜ」


「おお……ま、気にせず進もう」


「ああ、そうだな! この近くに美味しいカフェがあるからさ、しっかり捕まってろよ!」


 イチカは再びアクセルを握り、バイクを再発進させる。だが、こんな日に限ってまたまたトラブルを目撃してしまう。

 今度は煽り運転をした、してないのドライバー同士の喧嘩だ。後方車を運転していたらしきドライバーの男はかなり憤慨しているようで、今にも前方車のドライバーをそのサイドガラスに叩きつけようとしている。


 流石にマズい、ユウヤはバイクから降りて仲裁しに行こうとした瞬間だった。後方車のドライバーはおもむろに右手首に付けた腕輪を握ったかと思うと、突然うめき声を上げてその場に倒れたのだ。前方車のドライバーも状況を掴めないようで、かなり混乱している様子だ。


「えっ!? ど、どうしたんですか、大丈夫ですか!?」


「あの、どうしたんですか!」


 ユウヤはもう片方のドライバーに駆け寄る。


「わ、私何もしてないんですよ! それなのにこの人、いきなり難癖を付けてきたかと思いきや、今度は急に右手を押さえながら倒れて……」


「右手……まさか!」


 ユウヤは倒れた男の手首を確認する。するとこれまで何度も見てきた、イヤな物を着用していたのだ。


「この微かに聞こえてくるイヤな音声、それにこのデザイン! しかも何か、謎の文字が彫られている! コウキの野郎、まさかもう配達を完了し始めていると言うのか!?」


「コ、コウキ? まさか今ニュースで話題のインフルエンサー……そしてまさかアナタも、昨日一緒に配信に出ていた――」


「説明は後、早く逃げてください! この人は今まさに、悪魔に変貌しようとしている!」


「悪、魔ァ……? お前らこそ、自然を、破壊し、我ら、の、魔術までもを、見つけてしまった……お前らこそ、裁かれるべき悪魔だァァ!」


「ふああっ!」


 男は突然、ユウヤに殴りかかって吹き飛ばしてしまった。その後も男は四つん這いでバタバタと駆け出し、通行人に無差別に襲いかかり始めた。


「グアアアアアアアアアア!」


「う、うわあああああ! 何だこいつ、やべグハァッ!」

「ひぃっ! や、やめてくれ、やめてウアアアアッ!」

「うわーん! 助けて、ごめんなさい、ギャアアア!」


 老若男女、関係無し! 理性の欠片すら感じさせないその姿はまるで飢えた獣。目に見える全てを屠るかのような勢いで、ただ真っすぐ駆け抜けていく!


「くっそーあの野郎! ウチが成敗してやる!」


「イチカ、ちょ、ちょっと待て――」


 イチカはその場でUターンして急いで男を追いかける。まるでトランプピラミッドが崩れるかのように次々と人が倒れていくのを食い止めようとアクセル全開で追いかけるが、洗脳装置の付加効果によってか、なかなか距離を詰めることができない。


「くっそぉ、追いつけねぇ……あの速さ、まるでダチョウとかと同じじゃねえのか!? でも、こんな所で火の錬力術を、しかも遠距離から使うなんてできねぇし……」


 イチカが葛藤する間にも、男はどんどん被害者を増やしていく。10人、20人、既に30人には到達しただろうか? それでも全然男に追いつくことができないので、ついにイチカはある程度静かでひらけた広場にバイクを停め、クラクションを鳴らして男の気を引くことにした。


「おら、おらおらおらぁ! ウチが相手してやんよぉ!」


「グオ、グオオ……何だ、小娘……グオオ……オレに食われてぇのかぁ……?」


「だーかーら! ウチが相手する、つってんだ! わからせてやる、現実をなっ!」


「面白れぇ、なぁ……ならば……痛い目あわしてやらあああああああああ!」


 男はクマのような勢いで真っ直ぐイチカに向かってくる。男の体型は平均的な成人男性といった感じではあるが、その何十倍も恐ろしく威圧感のあるオーラがその身を包んでいる。


「グオオオ……オレ……術は…………獣のパワー!

 何だかよく分かんねぇが……買った腕輪を付けてから、力が湧き出るのさ……グアアアアアアアア!」


 男はだんだん自我が崩壊し始めている。それを察したイチカは、既に戦う準備ができていた。


「なら、それを壊して楽にしてやんよ! くらえ、火突ひーと!」


「いくぞ……グオ、グアアアアアアア!」


 イチカと男の体が激しくぶつかり合う。ラグビーか、アメフトか、相撲か……強大なパワーとパワーのぶつかり合いは、辺り一面に衝撃波を起こしてしまいそうなほどだ。


(くそっ! ただでさえ、元々のフィジカルも相手の方が上だと言うのに……! なかなかまずいぞ、これ……!)


「どう、したぁ……? さっきまでのやる気は……どこへ……グアアアアアア!」


「こ、こいつっ!」


 イチカは頭上から振り下ろされてきた、鋼のように硬くなった腕に巻かれた洗脳装置目掛けて、手元に熱気を込めて掴みかかる。


「重てぇっ! バイク起き上がらせるよりきついぞこれっ……!」


「グァァ……どうしたぁ? 勝てないと自覚し、力の源であるこの腕輪が欲しくなったのかぁ……?」


「その逆だ……! 悪魔の囁きよ、燃え尽きやがれええっ……!」


 イチカは少しずつ洗脳装置にダメージを与えていくが、なかなか男の洗脳が解けることはない。男も腕を掴まれていることにだんだん苛立ち、イチカを振り払う。


「ぐああっ! この野郎……って!」


「グエエ……人間、全員滅する……」

「全ては……コウキ様のため!」


 イチカの背後には、この男と同じように、怪しいアクセサリーを身につけた何者かが既に立っていた。

 

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