第121話 錬力術の発見 その1
西暦、2032年。社会はAIや自動化の波に飲まれつつあった。技術の進歩により、それまでは人間が担っていた仕事を、低コストで、かつ正確に行えるようになったのだ。
そんな中、生物の可能性について人知れず研究していた学者がいた。
彼は思った。もし、人間がアニメや漫画の世界のように、人体から自由自在に炎や雷などを起こすことができないか、それにより新たな技術革命を起こせないか、と。
彼は元々天才児で、周りから「不可能だ」と言われることをいともたやすく実現してきた。3歳の頃には数学、物理学、化学を全てマスターし、5歳の頃には将棋、オセロ、チェス、囲碁。これらの世界チャンピオンと対戦するようになり、どの競技でもその通算勝率は限りなく100%に近いものであった。彼が少しでも頭の中で妄想したことは、大抵の場合実現したのだ。
彼はもはや、自分の成長や成果以外に興味は無かった。そして万が一、自分の知らない事象や言葉に出会ったときは、「生まれて数年経っているのに知らないことがある」自分自身を酷く軽蔑した。
だがそのような性格ゆえ、彼は一人で過ごすことが次第に多くなっていった。読む本は大抵辞書、図鑑、哲学書。だが、大人になったある日「漫画」という存在に出会う。
『何だ、これは……?』
《二ヒャヒャヒャ! 我こそが魔王、そして全人類に魔力を与え、暴れさせた元凶! そしてお前もそうなるのだ、勇者よ!》
《させるか、平和な世界を取り戻すため! ボクはここまで歩いてきたんだ! さぁ、そのゴールゲートを作ってもらおうか!》
……彼は興奮した。気付けば、数十巻もあるその作品を徹夜で読み切ってしまった。多彩なキャラクター達が、各々の能力で戦うバトル漫画。炎に雷、水に氷、風に土。彼は本気で思った。いつしかこれを、現実のものにすると決めたのだ。AIやロボットが社会を牛耳る中、再び人類が輝ける世界を作り、その王者に君臨する、と。
『二ヒャヒャヒャ……我が未来永劫語り継がれる偉人になるまで……あと何ヶ月ぐらいかなぁ!』
彼はあくる日もあくる日も、研究を重ねた。時には自ら実験台となりながらも、魔法の実現のために研究を重ねた。
時には険しい山や谷に出かけ、自然と調和もしてみせた。もはや時間の経過も忘れてしまった時、彼は禁忌と邂逅する。
『ニヒャヒャ……今日も魔法のために研究だ!』
『お努めご苦労さま……と言うべきか? 少年よ』
『ん? 誰だい我を少年扱いする不届き者はぁ! 我は既にアラサー、社会を知らないキッズは成敗だ――』
『失礼……吾輩は1000年以上生きているものでな、キッズとかではないのだ。我が名はホリズンイリス……魔法とやらを研究しているなら辞めるべきだ、それは我らにのみ許される』
『や、やかましいぞ! その発言は科学の冒涜、お前みたいなキッズは、親の顔が見てみた――』
彼は腰を抜かした。その前に立ち尽くしていたのはまさに「神」。言葉では言い表せない、不思議なオーラに包まれた人間の形をした何かが、真っ直ぐ全てを見通すような目で静かに彼を見つめていたのだ。
『吾輩は偉大なる一族の子孫。そして、生きとし生ける、我らの模倣よ……我らを除く全ての生命や物質には、必ず限界が存在する。
どんなに硬いダイヤモンドだろうと、絶えられる圧力には限界がある。同じように、どれだけすごい偉業を達成できた人間も、いつかは滅びてしまう。それが限界、つまり終わりのラインだ。
それと同じく、お前ら人間にも踏み入れていいラインには限界があるのだよ』
『ま、魔法のどこが踏み入れちゃいけない領域だと言うのだ!』
『……いずれ分かるさ、それを実用化しようものならばな』
『ま、待つのだ! おい!』
彼の言葉に耳を貸すことなく、謎の存在は霧のように消えていった。恐怖すら覚えた、まるでこの風邪を引いた日に見る夢のような現実に。本能で分かる、「アカンやつ」と触れ合ってしまったのだと本気で彼は感じた。
だが、逆に彼はこの出来事から、さらに魔法の発見に力を入れるようになる。いや、逆に魔法に誘われてしまった、と表現すべきだろうか。彼は既に、常識では考えられない領域の魅力に取り憑かれていた。まるで磁石に磁石が引き寄せられるように、彼は魔法というまだ見ぬ存在を、求め彷徨うようになったのだ。
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