第112話 ヒビキvsナギサ、デッドヒート

「ふぅ……意外とすんなり勝てたな」


「安心してる余裕は無い! ほら、見てみろ」


「……ん? あれ、倒したはずなのに――」


「……残念でしたねぇ、私は洗脳されて動いていたのではないんですぅ……」


 ユウヤ達が振り返ると、そこには壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がるナギサの姿があった。常に悲しそうな顔をしていたナギサだが、今は人が変わったように不気味な笑いを浮かべている。


「私は自らの意思……チーム・ウェザー、そしてあのお方の理念に共感してこの組織に入りましたぁ……残念ながら、そこにいる反逆者達ヒビキとカナと同じ手は通用しないのです!」


「お、おい! こいつも何か姿を変えれるのかよ!?」


「……ああ、チーム・ウェザーに属する者は大体、コンパウンドが可能だ……暴走して身を滅ぼす者もいるがな」


「……ヒビキ、トラウマだからアタイの前でその話はやめてちょうだい」


 ナギサは自らの心臓に手を当て、まるで自らの中に閉ざした何かを生み出すようにいきみだした。その表情も不気味な薄ら笑いから苦悶の表情へと移り変わり、やがて青い光に包まれた。その光は太陽の如く眩しく、それでいて深海のように深みのあるものだった。やがてその光の中から降臨したのは、多くの触手を生やした、まるで巨大なイカのような姿のナギサだ。


「……ハハハハ、キャーッハハハハハハハ! さてぇ、どのザコからぁ、分からせてやろうかしらぁ!」


「ひ、ひぇっ……! わたくし、イカとかタコとか苦手ですのに……」


「……てかキャラが大きく変わったぞ! まさかこれ暴走ってやつじゃねえのか!?」


「……カナ、ユウヤ、そのお仲間。ここはオレに任せて行くんだ」


「……え?」


ナギサの場合、『戦い方』を知らなければ必ず負ける、いわゆる初見突破はほぼ不可能だ。

 それに……もうすぐ、騒ぎに気付いたここの戦闘員共がここに来る。ここは俺に任せてくれ、足手まといになりたくないならな」


「ちょ、ちょっと待ちな! それってアタイをナメてんのかい? アタイだってそれなりにやれ――」


「……いいから行け! それとも死に急ぎてぇのか!」


 ヒビキは指を鳴らす。その瞬間空で雷鳴が響き渡った。ヒビキの表情は「本気」そのものだ。本当に自分1人で戦うつもりだ。だが、それはただ自分がカッコつけたいなどでは無かった。カナを、そしてユウヤ達をここで庇うためである、カナもそれをすぐに察した。


「分かったよ……ほらいくよ、アンタ達!」


「……おう!」


 カナに引っ張られるように、ユウヤ達は倉庫へと走って向かっていく。それを見届けたヒビキは、大きく跳躍すると共に自らの体を輝かせ、勢いをつけて床に着地した。その光は鋭い角や尾に変化し、まるで雷のようにゴロゴロと音を立てており、そして何より眩く輝いている。


「もー、その姿を見せるってことはぁ……かなり焦ってんでしょ、このザァコ」


「……話している余裕があるのか? ナギサ」


「……へぇ?」


 ナギサが触手をふと見てみると、いつの間にか1本が丸焦げになっていたのだ。攻撃された覚えなどまったく無い。それを見てあたふたするナギサを見てヒビキは爆笑する。


「アーッハッハッハッハッハ……あぁ〜もう腹痛ぇわ! だが感謝しな、力の差ってやつで状況を理解させてやる」


 ヒビキは目にも止まらぬ速さで駆けだし、ナギサの目の前で跳躍する。ナギサも負けじと触手でヒビキを捕まえようとするが、ヒビキはそれを足場にして複雑にあちこちを跳ね回る。まるで縫い物をするかのように触手と触手の間を動き回り、ナギサの体力と冷静さを奪おうとする。


「逃げ回ってばっか、ホント意気地無しな男ねぇ……」


「逃げ回る……? どうやら本当にお前は頭が悪いみてぇだな! 触手を見てみやがれ!」


「……絡まってる」


「あぁそうさ! これでお前は手も足も出ない、一気に勝負をつけてやる……億雷鉄砲おくらいでっぽうっ!」


 散弾銃のように、無数の雷が辺りを駆け巡る。それは段々と絡み合い、DNAのような二重螺旋の束となりナギサに襲いかかる。

 ナギサも触手を使って身を防ごうとするが、複雑に絡めてしまうという失態を犯しているせいで間に合いそうにない。


「……無様だぜ、その醜い姿も今の状況もな」


「そんな――」


 爆発。非情なことに、雷はすべてナギサに襲いかかり、そこからは大きな黒煙がもくもくと立ち上がる。それを確認したヒビキは先に倉庫へと向かったユウヤ達に合流しようとしたその時だった。


「うご、けねぇ……!?」


 そう。ヒビキはその場から全く足が動かなくなっていたのだ。まるで強力な接着剤でも付いているかのようだ。靴を脱ぐことも試してみたが結果は変わらない。「接着」は靴裏だけでなく、足全体にまで侵食していたのだ。早くその場から脱出しようと試行錯誤していると、黒煙の中から笑い声が聞こえてきた。


「アハハハハ、ほんとウケる! 人のこと馬鹿だ馬鹿だって……『馬鹿って言う方こそ馬鹿』って本当のことみたいねぇ!」


「……その声は」


 間違い無かった。黒煙の中からはススだらけのナギサが現れたのだ。


「ヒビキくんさぁ、さっき私の触手、たーくさん蹴ってたよね? タコやイカの足ってヌメヌメしてるんだよ? それをイメージして私が最近生み出した防御技よ」


「……まさか新技を生み出していたとは……ぐっ!」


「もー、最後まで話聞いてよ……それは触れてから数十秒後にその面を溶接レベルでくっつける! そして数十秒経ったお陰で、ほーらこの通り! 絡まってた触手もここまでもとに戻りましたぁ」


 押し入れで放置していた充電プラグのように複雑に絡まっていた触手。完全にではないが、ほぼその絡まりもほどけかかっていたのだ。


「だがどの触手も先端が絡まりあったまま……それでどう動くってんだ」


「……ホント馬鹿。私はあえてこの形にしたのよ、アンタを叩き潰すためにねぇ!」


「なっ……」


 触手を絡め合って作った巨大な槌。それが勢いをつけ、身動きの取れないヒビキに向かって振り下ろされていた。


「遺骨は海に撒いてあげるねぇ、バイバーイ!」


「……っ!」








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