第111話 スナイパー、その名はナギサ
ヒビキとカナを先頭に、5人の列はダッシュで倉庫へと向かっていく。まだユウヤ達は弁当屋に変装しているが、アラートが鳴り響いている以上、傍からすればこの集団はかなり怪しいはずだ。多くの者は何だ何だと野次馬のように眺めに来るだけだが1人、見知らぬ声がユウヤ達を引き止める。
「あのぉ……見知らぬ人に、職場に来られると怖いんですがぁ……」
「……だ、誰だっ!」
ユウヤは後ろを振り返る。そこに立っていたのは紺色のワンピースに帯を巻き、まるで和服のように着こなす1人の女。体型は平均的だが、まるで重たいものでも背負っているかのように猫背である。それになぜか既に半泣き顔だ。
「私は雨谷ナギサですぅ……最近やーーーっと! クソみたいな評価基準を乗り越えてチーム・ウェザーの幹部になりましたぁ……だから、そこでなぜか先陣切っているヒビキさんみたいに部下はまだいませぇん……うぅ……」
「ナギサ……! よりにもよってこんな面倒な奴に見つかるとは……!」
「チッ、最悪だわ! いきなりボス級のお出ましなんて!」
「幹部!? 面倒な奴!? こいつ強いのか、ヒビキ」
「あぁ……今この瞬間、思い出した……! こいつは強い、それに……かなりの粘着質だ!」
「えぇっ、松ヤニ的な!?」
ユウヤとヒビキが話し合っている中、ナギサは何も持たぬ手で弓を引くような動作を見せている。そしてカナの声でそれに気付いた時にはもう既に遅し、水のように透き通った矢が大量にユウヤ達に向かって飛びかかってきていたのだ。
「おい、顔を伏せろっ!」
「うわっ!」
慌ててヒビキはユウヤの頭を鷲掴みにして無理やり押し下げた。すると頭上に鋭い何かが高速で突き抜けたかのような感覚を髪に受け、髪が何本か切られた感覚を覚えた。ユウヤがやや上目遣いで様子を確認すると、濡れてボロボロに切られた髪の毛がヒラヒラと目の前を待っているのが見えた。
「チッ、外しちゃいましたかぁ……それなら次の1発で全員お片付けしますよぉ」
「この技、もしや!」
ユウヤには見覚えがあった。水で矢を作る錬力術、栄田マスターの技「3本の矢」とそっくりなのだ。偶然なのか、あるいは何かしらの関係があるのか……そんなことを考えていたその時、2本目の矢は既に解き放たれていた。
「高圧洗浄機、ウォーターカッター……それらをさらに凌駕するこの矢で! 深淵に沈みなさい!」
「くそっ……避けるしかできねぇっ!」
ユウヤ達は慌てて真横に飛び込んで矢を回避する。その矢が貫いた背後の壁と柱を見ると、握り拳ほどの大きさの穴が開いているのが分かった。
「あ、あんなに細い矢であれほどの穴を……恐ろしい技ですわ」
「ああ、だが油断するな。
「あららぁ……その様子、完全に寝返りやがったみたいですね、ヒビキさん。私としたことが涙の雨を降らしてしまいそうですぅ……」
口先ではオドオドとした姿を見せているナギサだが、その内に秘められし殺気はまるでナイフのように鋭い。侵入者であるユウヤ達を、そしてまさに今明らかにチームを裏切っているヒビキを、そしてカナをタダで済ますワケがないだろう……そのような意思がその矢に込められている。
そのうえ、ユウヤ達には打開策となる技がない。まずユウヤが思うがままに矢の軌道を風で操るのは難しい。液体は簡単にその形状を変えられるからだ。つまり、矢が風を受けて数本の針のようになり、まるで散弾銃のように自分達に襲いかかるリスクがある。
メイはタロットカードを引くことで、その絵柄に応じた技を出せる。つまりは運ゲーだ、ここでそれに頼るのは恐ろしい。
真銅はどちらかと言うと搦め手タイプ、だが錬力術そのものに対してカウンターをすることはできない。
カナも水を操るというのはナギサと同じだが、言葉を選ばずに言うならば返り討ちにあうだけだ。例えば風呂桶に水を張って水鉄砲でそこを撃つと、その威力によっては桶の底まで撃たれた水は到達してしまう。つまり水で水は防げないのだ。
カナは自らの腕などに水の塊を装着して戦うスタイル。
だが、もしその「水鉄砲」がもし桶を簡単に撃ち抜くほどの威力を持っているならば……ああ恐ろしい。
頼みのヒビキもその意識はナギサの攻撃タイミングにばかり向いている、ここで反撃を両立させるのは難しそうだ。
「ほらほら、3本目ですよぉ……
「あの、おじさん……? ちょっと待ってくれ、そのおじさんってもしや栄田――」
「……!?」
ナギサは驚き、何かにびっくりするような動作を見せた。すると同時に、ナギサの腕周りから水が生み出され、床をバシャリと濡らしてしまった。そしてユウヤを睨み、再び弓を引き絞って口を開く。
「……生きて返しません」
ナギサはワンピースの袖をバタバタと、湿った雑巾を風で乾かすかのように振り出した。そして再び弓をこれでもかと強く引き絞る。
「さぁ、遺言はもう聞かないですからねぇ……!」
「……今!」
ヒビキは腕を振るいながら指を鳴らす。するとどこからか現れた雷がナギサの腕元でバチバチと弾け、そのままナギサをノックアウトしてしまった。
「きゃあっ!? 何するんです、ヒビキ、さん……!」
「……へへっ、アタイが代わりに答えてあげるさ。水は電気をよく通す、少しでも不純物が混じればねぇ!」
「……それ、私のワンピの毛玉じゃないですか……? 一体いつの間に取ったんですかぁ!」
カナが手にしているのは、ナギサの服から引っ張って取った小さな毛玉、それもなぜか濡れた状態のものだ。生乾きとか、乾燥し忘れなどではなく、本当にビショビショなのだ。
「へへへ……アンタがいつも着てるこの衣装、妙に濡れているなと思っていたのさ。アンタは水のエキスパートとしてここに加入したらしいけど、水の形状を自由に変えられても、その水の供給源は空気中でも人体でも、アタイのように川や海でもなく、自分の体から半径数センチに液体として存在するもののみ!」
「タ、タネがバレちゃいましたぁ……どうしましょう……」
「残念ねぇナギサちゃあん。タネが分かったならば、もうアタイが勝ったも同然! その服に隠した水よ、アタイのところへ集まりな!」
カナが水を鳴らした瞬間、ナギサの服はどんどん乾燥していく。いや、布が吸っていた水分が全てカナの手元に集められたと表現すべきだろうか。ナギサも負けじと再び矢を生み出そうとするものの、水量が足りないのかまるでごぼうの皮のようなものしか作り出せない。
「あ、ああ……」
「悪いけどここで気絶してもらうからね! いくよ、ヒビキ!」
「……まさか本当に繰り出す時が来るなんてな、それもこんな形で」
カナは集めた水をバレーボールほどの大きさにまで圧縮し、空中にトスした。そしてヒビキがその水のボールに雷を浴びせ、そのまま掛け声と共に思いっきりスパイクした。
「「飛んでけ、水泡・スパーク・スパイクッ!」」
「ひ、ひぇあああああああああああああ!」
雷を帯びた水のボール。それはナギサに直撃した瞬間弾け、痺れ、そして爆発した。
ナギサは倒れ、ただ天井を見上げてヘラヘラ笑うだけだ。
「……よしユウヤ、早く行くぞ。今のうちにな」
「え? ああ……でもその前に」
ユウヤはナギサが着用していた、いかにも怪しいヘアピンを手に取った。それは鉄などの金属で、かなり頑丈な作りになっており、これを付けるだけで疲れそうなほどだ。ユウヤはヘアピンを観察していると、ある文字を見つけた。
「……おい何してる、時間がねぇぞ時間が!」
「チーム・ウェザー……これも洗脳のために……」
ユウヤはそのヘアピンを踏みつけて壊し、先に進んでいくのであった。
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