第104話 苦肉の封印

 新幹線に乗車した2人は、それぞれ離れた席にあえて座ることにした。お互いに、周りに怪しい人がいればメールでやりとりしてその様子を報告すると共に、チーム・ウェザーから敵と見なされているであろう2人がまとまって座っていると目立って仕方ないからだ。


 新幹線はとても快適だ。座席の座り心地もいいし、電車特有の左右の揺れのようなものもあまり感じない。飲み食いするのに気負いする必要もない。ユウヤは買ってきた駅弁に早速食らいついていた。


「うおお、肉も結構入ってて美味しい」


「でしょでしょー、オレも好きなんだよそれ」


「アハハ、ですよねぇ。肉しか勝たんっすよね――」


 ユウヤは隣の座席を見るが、誰も座っていない。たしかに声が聞こえてきたはずだ、後ろ、前、斜め、色々な方向を見渡してみるが声の主らしき人が誰もいないのだ。


(い、一体誰が……!)


 ユウヤは立ち上がり、怪しい人がいないかもう一度確かめてみる。だが、この車両には誰も怪しい人はいない。そもそも謎に空いているし……


「うひひひひ。誰が話しかけてんだ、って思うよなぁ。だが、チーム・ウェザーとホリズンイリス族に逆らうってことぁ、それなりの代償を背負うってもんだ」


「……その声! まさか!」


 ユウヤはその声の正体に気付いた。時々夢に出てくる馬達、それもヤバい方の馬……ケルピーだ。

 ペガサスの力は既に制御できているし、ユウヤに記憶は無いがペガサスはユウヤを操ったとしても街中で暴れたりはしない。だがケルピーはそう甘くはない。アズハとの戦いで、ユウヤを突然乗っ取り暴れまわろうとした黒馬、それがケルピーだ。


 なぜ今いきなりユウヤに、それも現実世界で語りかけてきたのだろうか。思わずユウヤの顔がこわばる。もしここで意図せず暴れてしまっては大変なことになる。無関係の人も乗車しているし、事故に繋がっては恐ろしいどころじゃない。一刻も早く打開しなければ、ユウヤは決断した。


「くそ、突然のピンチってやつだ……こうなったら先生に先に報告を、意識を……取られる前に……」


「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 早速意識を奪えそうだ、ありがてぇぜ!」


 ユウヤは目をこすりながら真銅にメールを送ろうとする。1文字1文字、ぼやける視界の中で頑張って文章を書く。多少の誤字は仕方ない、とにかく今の状況を伝えなければ……



”先生へ


 2号車にいます。いま、ケルピーにからだ乗っ取られそうです助けてどうすればいいですな? とりとかより“



「送信、っと……早く来て、く、れ……」


 ユウヤはせめて「自分が動き出してしまう」のを遅らせるために、持ってきた荷物を自分の体に重し代わりに乗せる。相変わらず、どこからかケルピーはユウヤをからかってくる。


「無駄無駄、そんなことしてもぉ! その荷物、せいぜい7キロくらいだろ? 俺達の力、どんだけあると思ってんだ」


「うるせぇ……1秒でも稼ぐためだ……」


「おいおい! すでに眠くて脱力しちゃってんじゃねえかぁ……それじゃあ、お前の体で暴れてやるとすっかあ」


「やめ……ろ……」


 ユウヤの視界は、真っ暗に閉ざされてしまった。だが、ひとりでにユウヤの体は動き始める。


「へぇ、やっぱり動きやすいな。ちょいと小柄だが……暴れてやるのに必要な分は満たされてる」


 ユウヤ、いやケルピーは乱暴に立ち上がり、まずは標的を探そうと車両を移動する。面白そうなヤツはいないか、ニヤニヤと半笑いになりながらずんずん足を進める。


「ひひひ、早速見つけたやい……ドレスなのかカジュアルなのか微妙な服装の女がよ」


 ケルピーは1人で乗車する女に距離を詰める。そして両手に力を溜め、女に最接近したその時だった!


「鳥岡君、ちょいと我慢してください!」


「なっ! なぜだ、なぜ故こいつの名前を知っている!?」


「詰めどころか最初から甘々でしたね、聖霊さん……! 痛手になりますが、こうなっては仕方が無い!」


「……その石!」


 ケルピーが接近した女。その正体は真銅だったのだ。あらかじめユウヤからこのことを連絡されていた真銅は、このような状況になることを既に読んでいたのだ。


「聖霊、Z≮%◣さん……残念ですが、しばらくの間貴方には眠ってもらいます」


 真銅は懐から小さな石板のようなものを取り出し、ユウヤの胸に押し当てる。


「や、やめろ……! それだけはまずい!」


「鳥岡君の体を使い暴れまわろうとした罰です。そもそも彼には、既に扱い慣れている他の聖霊が――」


「うるせええええぇぇ! ならこいつに取り憑いた聖霊、まるごと道連れだあああああ!」


「そ、そんな! しまっ――」


 ユウヤの体からカラフルな光が漏れ出す。まるで黒い光のような影のような、そんなものに引っ張られるかのように。真銅は慌てて石板をもう片方の手で塞ぐが、その手をすり抜けて光は石板に入っていく。そして、光が止まったかと思うと、ユウヤはバタリと倒れてしまった。


獄霊石ごくれいせき……聖霊の活動を一時的にストップさせる石。敵に襲われた際の切り札を失うことになりますが、暴走する可能性を考えるとやむを得ません」


 真銅は石をバッグの底にしまい、ユウヤを少し離れた座席に座らせ直した。









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