2章_4 潜入編

第101話 潜入トレーニング

「先生……これ、何ですか?」


「これは……チーム・ウェザーの拠点に侵入する際の練習です! 物音を立てれば、それだけで侵入がバレてしまうかもしれませんから……その練習です」


「……こ、これでその練習を!?」


 山から帰った翌日。真銅が急遽レンタルした大学の会議室にユウヤは呼ばれた。ダンボールや机、椅子が迷路のように複雑に並べられたその部屋は、まるで学園祭の出し物の準備をしているかのようだ。


 大学がオンライン授業期間で安心した。こんな様子を同級生にでも見られてしまっては、変なウワサがついて回るのは避けられない。だが、それにしても……


「こんなので練習になるのか……?」


すら、クリアするのに苦労してしまっては命取りですから……それに、やらないより全然いいでしょう」


「そ、そうだけどそれにしても……」


 あっけに取られるユウヤを気にせず淡々と真銅は訓練の説明をする。即興で作ったであろう誤字だらけのプリントと通るコースの説明のようなものをユウヤが眺めていると、早速スマホでライトを付けるとともにアラームを鳴らした。


「はーい、まずはこの机の下を潜りながら進み、向こう側にある食券を取り、同じルートを帰ってきてくること。

 ただし、この壁に見立てたダンボールには所々穴が開いています。このライトでその穴から鳥岡君を私が見つけたり、トラップに引っかかったりすればゲームオーバー、ご飯の奢りはお預けです」


「なるほど、食券を……って!」


 リサトミ大学の食堂は食券制である。ライス並盛大盛りとか、味噌汁豚汁ジュースなど細かく自分で組み合わせ、まとめて印刷されたものをおばちゃんに渡せばその通りにご飯が食べられるのだ。


 ユウヤは2回生にして食堂の法則を理解している。椅子に置かれた食券。色は黄色、それは人気メニューの「リサトミ大定食(大盛)」を表すものだった。

 さらに、右下に小さく印刷された「ミ、サバ、レタ、ジユウタン」という羅列。これはそれぞれ味噌汁、鯖焼き、レタスサラダ、あと自由な炭水化物を選べる、というものだ。


「浮気したミサ、バレた定食……! これは取るっきゃないな……!」


「う、浮気……?」


「ご飯でもうどんでもラーメンでも! 好きなものを選べる当たりの日替わり定食、それが『浮気したミサ、バレた定食』! その日の気分で炭水化物系を選べることから浮気と呼ばれてます、リサトミ大学用語っすね」


「ほ、ほぉ……それではの食券チャレンジ、スタート!」


「へへっ、ミサちゃんはいただきますぜ」


「どんな言い方ですか……」


 ユウヤは張り切って机に潜り、匍匐ほふく前進で進んでいく。真銅は振り子のようにスマホをゆっくりと動かしてユウヤを探ろうとする。段ボールに開けられた小さな穴から、その光が時々入ってくる。


「うお眩しっ、でもここが奴らの拠点の中で、この光が奴らの監視の目だとしたら……既にバレててもおかしくないもんなぁ……」


「ほらほら、早く進む進む。もし後ろから監視員とかが来てたらどうするんですか」


「うっ……この体勢結構痛いのに」


 ユウヤは少しずつ、物音を立てないように前へ進んでいく。手作り感溢れた段ボールの筒の中を、ゆっくりゆっくり進んでいく。


「うぅ、“怪我上がり”なんだからもうちょっと易しくしてくれても……って! 二手に道が分かれてるぞ?」


 3メートルほど進んだところで、段ボールの道は2本に分かれてきた。その真ん中には「地図を見て進め」と書いてある。


「俺地理苦手だったのになぁ……うーん、多分右かな」


 ユウヤは自分の勘と地図を信じて、時々光に照らされないよう止まりながらに進んでいく。今のところ罠のようなものは仕掛けられていない。相変わらず匍匐前進を進めていると、0.5畳ほどの小さな個室のようなところにたどり着いた。お疲れ様、という置き手紙と一緒に毛布や缶ジュースも置いてある。


「なになに……『チェックポイント』かぁ、ちょっと休もう」


 ユウヤが横になりジュースを開けようとすると、ひとりでに缶ジュースの影が動き始めたのだ。一瞬理解が追いつかなかったが、壁を見るとその穴から、真銅がこちらを照らしているような動きが一瞬見えた。


「ピ、ピンチだっ! 見つかったら負けなんだ、やべぇやべぇ」


 ユウヤは慌てて毛布に包まる。手足もしっかりと中にしまい込み、光から逃げようとする。


 明らかに一筋の光が中に入っている、毛布を照らしている、ユウヤを見つけようとしている。


(早く出ていってくれ、食券はオレのものだ……!)


 それから30秒ほど経つと、光は消えて元の静かな部屋に戻った。それを確認して安堵したユウヤは、先に進むのを再開した。


 そこから6メートルほど進んだところだろうか、小さな箱のようなものが中に設置されていた。箱の隅には、マジックで「107講義室 備品」と書かれている。

 ユウヤはそれを手に取って真銅に渡そうと段ボールから脱出すると、その瞬間真銅はチリンチリンとカウンターベルを鳴らす。


「はーいアウト! 見つかっちゃいましたね〜」


「えっ!?」


「その箱は私が仕掛けたトラップです。実際には107講義室の備品なんて持ち歩いてません。これが本番で、この箱が拠点に仕掛けられた本当のトラップだとしたら……今頃どうなっているでしょうね」


「し、しまった……」


 完全にハメられた。ユウヤは親切心で訓練を中断し、真銅に備品を渡そうとしたが、実際は真銅が仕掛けた、ただの罠だったのだ。

 しかし、チーム・ウェザーの拠点に侵入している時は罠に引っかかり「しまった」なんて言っている余裕は無い。時に現実は無常で残酷なものになるのだ。 


「本番はやり直し、なんてできませんから。だからこそ今のうちにある程度罠に慣れておきましょう、ほら続きから進んでください」


「は、はい……」


 その先にはスライムやゴキブリのおもちゃがぶち撒けられていたり、後ろからラジコンの車で追いかけられたりと様々なギミックがあった。真銅曰く、それらは毒、番犬や害獣、そして監視者としてチーム・ウェザーの拠点に仕掛けられていてもおかしくないらしい。


 つまりスライムを踏んづけたということは猛毒に触れ、ゴキブリのおもちゃにびっくりしたということはネズミなどに驚いて大声を上げてしまったこと、そしてラジコンの車がお尻にぶつかったということは、監視者に捕まってしまったことだと真銅は言う。


「ラジコンの車が、敵……ならば!」


「と、鳥岡君!?」


 段ボールが突然、強風にあおられているかのようにバサバサと動き出す。そして若干くぐもった掛け声が、段ボールの中から聞こえてきた。


「敵ならぶっ飛ばす、タイフーン・ストレエエエエエト!」


「あ、待ちなさい! そんなことしたら――」


 バサアアアアアアアアアアアン! まるで丸ごと洗濯してしまったかのように、紙屑となった段ボールが教室中に降り注いだ。まるで茶色い雪でも振ったかのような有り様だ。


「あっ……またやっちゃった、教室で……」


「掃除……しましょうか」


「はい……」


 またまた、ユウヤは室内タイフーンストレートの代償を背負うことになったとさ。ちゃんちゃん。

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