第67話 もう一匹の馬
「これが……処刑宣告だ」
ユウヤが宣言した瞬間、四方八方からダムのような勢いで水が集まり、そしてアズハを瞬く間に飲み込んでしまった。アズハは急いで水をあの世に送ろうとするが、その水流に負けて霧は大きく広がりすぎてしまった。
「ダメ! 早く霧をしまわないと、アタシ自身が……!」
まるで掃除機が紙くずを吸い込むように、霧はアズハを飲み込みだした。アズハは気が動転しながらもなんとか霧に抗う。
「ダメ、ダメ、ダメダメダメダメダメ! 早く解除しなくちゃ、出ていけデュラハ――」
「……遅せーよ」
アズハの姿と声は、空気に混ざるように消えていった。ユウヤはそれを見届けるやいなや、雄叫びを上げると先程までアズハがいたはずの虚無に向かって攻撃を始めたのだ。しつこく虫を踏み潰すように、何回も、何回も空気を殴り、蹴り、切り裂き、踏みつける。
「くたばれ! くたばれくたばれくたばれ! くたばれええええ!」
まるで彼にだけアズハが見えているのだろうか、罵詈雑言を吐きながら暴れまわる。
流石に体力が落ちてきたのか、動きが鈍くなる。それでもなお、空気に向かって攻撃を続けていくが、やがて意識が遠くなり、バタンと地面に倒れた。
「……また、ここか」
ユウヤが目覚めると、やはりそこは周りに何もない空間。だが、今回見られるのは、何だか深海のように暗くて何だか重い場所ということだ。
その空間をユウヤが歩いていると、暴れる2匹の馬が目に入った。片方は見慣れたペガサス、そしてもう片方は漆黒の馬である。その2匹は何やら喧嘩をしているようようだ。
「テメェ! 早く出ていけ、ユウヤはオレの物なんだよ!」
「アナタ……やめなさい! 忠告です!」
「あ、あの……」
ユウヤが気まずそうに声をかけると、その2匹は同時にユウヤの方を見てきた。そして同時に返答してくる。
「この黒い馬は危険です! 『消えなさい』と念じるのです!」
「こいつよりオレのが強えーよ! むしろこいつの消滅を願え!」
「そ、それより状況を教えてく――」
「この黒い馬はケルピー! あなたにいつの間にか入り込んだ聖霊で、こうやって食い止めていなければアナタは暴走していました!」
「オレはお前の憎しみに答えてやっただけだ! お陰でスッキリしたろ? そんだけの話だ!」
「ケ、ケルピー? えーっと、昔やってたゲームに出てきたぞ、確か……凶暴で水中でも活動できるお馬さん!」
「わきまえろその口をぉ! お馬“様”と呼べ、お馬様と!」
ユウヤには付け焼き刃程度の知識しか持ち合わせていない。ファンタジーにおけるドラゴンが火を吹いて飛ぶとか、クラーケンが船を沈めてくるとか、その程度だ。
だが1つ言えるのは、2匹の
「それでさ、ケルピーの力を借りるとどうなるんだ?」
「あぁ! スポーツとかする時、ダメダメなプレーが出やすくなる! その程度のデメリットでものすごい力を得られる、そこの▼∅ρξ>以上のな!」
「人間の前で名前を語るんじゃないですよ、Z≮%◣」
「な、なんて?」
「どうしても、人間の発音では表せないんです。強いて言うならば私は『ゥ゜ンクゥェ゛ア゛ユュス』とかでしょうか」
「わ、分からね……ってそれどころじゃなくて!」
ユウヤは突然重大なことを思い出した。幻想的な空間のせいで忘れかけてしまっていたが、正気に戻ったユウヤにとってイチカの安否は最も重要なことなのだ。慌ててユウヤはZ≮%◣に聞く。
「なぁ、あの後イチカどうなった!? 死んでないよな、な、な!」
「あぁ? お前ゲームにフェニックスって出てこなかったのか? あいつは……」
「うぅっ! 眩しい!」
Z≮%◣の声が遠くなると同時に、ユウヤは現実へと戻された。起き上がると、そこにはボロボロになりながら電柱にもたれかかっているイチカがいた。
「イチカ……! イチカ、大丈夫だったか、イチカ!」
「まぁ、何とかな……ウチ、助かったみたい」
「イチカ……良かった!」
ユウヤは思わずイチカの両肩を掴んで涙を流す。
「おいおい、泣いてんのかよ! フェニックスは不死鳥、ウチも蘇ったのさ!」
「心配させやがって! 本当に……バカヤロ……」
「へへっ……ユウヤって恥ずかしがりだよね、意外と。そういうとこ、結構好きだ――」
「ん? 今なんて……」
「い、今のは口が勝手に! くっそぉあの鳥野郎! ウチをまだ操ってるつもりだなぁ! 許さねぇ、“わからせる”から出てこい!」
復活したイチカとユウヤ。それを“異界”から聖霊は見守っていた。
「……なぁ、▼∅ρξ>」
「どうしました?」
「あの女に入り込んだフェニックス、∞Λ∂Ρだよな」
「……あぁ、あの問題児ですか」
「あいつが与えるデバフって……」
「えぇ。好きって気持ちを抑えられなくなる、とかですね。恋の心までもが燃え上がっちゃうそうで」
「へぇ、甘酸っぱいねぇ」
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