第66話 堕

「さぁ、今度はこっちの番。対戦ゲームはターン制が好きでね、アタシ」


「ほう? やってみろよ、ほら」


 地に足をつけ、フェニックスはアズハを挑発する。フェニックス、不死鳥は文字通り「死なない」というイメージが強い。どんな技を喰らっても負けることはない、そう踏んでいるのだろう。だが、ユウヤはそれを受け入れられない。


(あのワガママバード、その体は別人イチカのものだってこと分かってんのか!? 絶対借りたシャーペンの消しゴム躊躇なく使うタイプだろアイツ!)


「……なら、後悔しないでよねぇ!」


 アズハは霧を変形させ、何やらブラックホールのように禍々しく黒い剣を作り上げた。そしてそれを握ると、剣をブンブンと振り回しながらイチカ、いやフェニックスに向かって駆け出す。


「アハハハハハハハハ! 地獄へ送迎してあげる!」


「おいおい、何だよ動き! ウケ狙いならやめときな、そらっ――」


 フェニックスはその剣の軌道を難なくかわそうとする。持ち手に香水が吹き付けられたその剣はイチカの体の前をギュウウウと通るが、漆黒に彩られたはずの剣に、まるでドクロのような妖しい顔が反射する。


(、明らかにオレのことを睨んでいた、鬼のような形相で!)


「あらあら? 外しちゃったみたい、ねっ!」


「うおっと!」


 アズハは再び剣を振るう。今度も余裕を持って躱そうとするが、イチカの服を若干剣の先端をかすらせてしまった。幸い傷はつかなかったが、まるで睡魔のようなものがフェニックスに襲いかかり、意識を奪われそうになった。


「うっ……まるで意識そのものを鷲掴みにされたみたいだったぜ」


「おい!? イチカの体ってこと忘れてねぇよな!」


「だーいじょうぶ! オレ、死ぬことないんだってば」


(……お調子者どころじゃねえなあ)


「何をそこ2人で喋ってるワケ? 一緒に死にたいならそうしてあげるけど?」


 アズハはユウヤ達の方へと剣を向ける。すると、イチカの体はむしろ自信満々にその刃に向かって飛び立った。


「……急遽タイトル変更! 今からは『本気で敵を泣かせてみた』だあああああ!」


 イチカから生えた翼が完全に巨大な炎と化した。やがてその炎は手足にまで侵食し、まるで火だるまのような状態だ。

 だが、イチカの顔に苦痛という感情は伺えない。むしろ、今から巨大なターゲットを仕留められると言わんばかりのワクワクとした表情である。


「さぁ、永遠に炎を見してやるぜ? はあああああああああ……」


 唸り声が響くとともに、その炎は勢いをつけてアズハを包みこむ。そして剣だけでなく顔を包む霧ごと焼却するのように激しく燃え上がった。


「ハハハハハハハ! 苦しめ、苦しめ! その不思議な霧ごと燃やしてしまえば後はこっちのもんよ!」


「ぐ……あああ……」


「燃えろ、溶けろ、崩れろ! はああああああああああ!」


「……はぁ、学習能力ないのね、アンタ」


「えっ!?」


 炎の中に消えたはずの霧が再び現れ、炎をすべて飲み込んだ。先程と同じようなパターンである。アズハは呆れた顔で口を開く。


「……じゃあね、バカ女。“エアロゾル・デスサイズ”」


「へぇ、いいだろう受けてや――」


 アズハの霧が広がった瞬間、フェニックス、いやイチカはそれに飲み込まれ、やがてその中から炎に包まれながら地に落ちた。まるで空で寿命を終えた鳥のように。たまらずユウヤはイチカに近寄るが、意識は、ない。


「イ、イチカアアアアアアア!」


「おおっと! そのあたりにもアタシの霧、広がってるんじゃないかしら? それとも、さっきのガキンチョとそこのバカ女みたく死にたい感じだ?」


「……何度も何度も、人の命を奪いやがって」


「ハァ? 何言ってんの? 数十年、その時を早くしてあげただけじゃ――」


「……今度はお前がそうなるんだよ」


 ユウヤは迷わず力を開放する。深海のような暗い陰が渦潮のようにユウヤを包み、そのまま波浪のようにアズハに向かって飛び出した。


「あ、あれは――」


 ドカアアアアアアン! アズハは吹っ飛び、電柱に叩きつけられた。電柱にはヒビが入り、その破片がアスファルトに降り注ぐ。


「お、おかしい! ヒビキくんの腕輪に隠したカメラには……まるでペガサスみたいなのが……」


 アズハが目を細めながらその光を見ていると、中から翼ではなく魚の尾を生やし、たてがみを流した、憎悪に満ちた顔のユウヤが姿を現した。

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