第62話 儚い命

 イチカが気付いた時にはもう遅かった。吹雪が球の周りを吹き荒れる、そんな速球がイチカめがけて突っ走って来たのだ。


「よ、避けられ――」


 ドオオオオオオオオン! 雪崩が起きたかのような音が響き渡り、イチカはに閉じ込められて声すら閉ざされてしまった。


「イ、イチカアアアアアアア!」


「アハハハハ! よくやったわよ、優秀な子!」


「アリガトウゴザイマス、アズハサマ」


 アズハが自分によく似た雪だるまを撫で回しているのを尻目に、ユウヤは必死に雪を掘る。両手で必死に、雪を掘り返して掘り返して、イチカの無事を確認しようとする。


「イチカ、イチカ! 返事してくれ、イチカ……!」


 だが返事は帰ってこない。


「無視するなよ、イチカ! イチカ……!」


「ムダよ。そのバカ女、せいぜい800rくらいの実力でしょう? 一般人が4人で、“神”に勝てるとでも?」


「バカ女だと? ならば自らの正義のために悪を正当化する、お前らはバカ未満だあああああ!」


 ユウヤは激昂する。だが、アズハに殴りかかる暇はない。いち早くイチカを介抱しなくては……


「絶対助けてやるからな、イチカ。だから死ぬんじゃねぇぞ!」


「だから死んだっての。解説してあげると、アタシの錬力の大きさは4400r。バカ女の11倍、錬力術勝負では勝てっこない」


「……それは違う! なぜならオレはこれまでずっと格上を倒してきた! 錬力術がうまく使えないってコンプレックス抱きながらも、起点を活かしてな!」


「何が言いたいのかしら? 理解に苦しむよ」


「……“神”ってよく分かんねぇけど! 常識とかそんなの打ち破る、それを見してやらああああ!」


 雪を掘り続けると、少しずつイチカが現れてきた。希望が見えてきながらも、さらにしっかりと雪を取り除いていく。が……


「……嘘だろ」


 イチカはすっかり冷たくなっていた。まるでこの雪と同化したかのように、「永遠に温まることはなく、そしていつか崩れていく運命さだめ」という牢獄に閉ざされたのだ。


「……イチカ! 何でだよ、イチカ! イチカ! イチカアアアアアア!」


「あらあら。せっかくなら一緒におねんねさせてあげようか?」


 アズハはユウヤを徴発する。それを見てユウヤはさらに怒る。全身の血が逆流し、血管がピキピキと音を立て、眉間にシワがより、握り拳に力が入る。そして、「アズハを消す」という言葉しか脳裏に浮かばない。


「……消す」


 ユウヤの体が眩しい白色の光に包まれる。まるで地上に太陽が落ちたかのようなその現象は、余裕を見せているアズハまでもを驚かせる。


「……あの光は!」


 光の中から現れたのは、翼と馬の尾を持ち、並ならぬオーラを放つユウヤであった。


「……さぁ、クソ女。オレの錬力なんとやらを計測してみな?」


「……嫌よ、なんで従わないといけ――」


「計測してみな?」


「はい……約20000rです……!?」


(なんで!? なんで今アタシ喋ったの!?)


 戸惑うアズハにさらにユウヤは続ける。


「そしてヒビキの錬力は?」


「普段は5000r。聖霊ユニコーンの力を解放すると18000rに……!?」


(おかしい! まるで!)


「お前が心酔するヒビキより強いこのオレが、その模倣品を今から消滅させてやる。ほんの数秒でな」


「……黙れ、黙れ黙れえええええ! いるわけない、よそ者でヒビキくんより強い人なんて! いるはずがないのよおおおお!」


 アズハは雪を拾っては槍に変えて投げてくる。まるで戦場のようなこの中で、ユウヤは一歩も動こうとしない。

 それどころか適当に槍を1本キャッチし、雪だるまに向けて力強く投げてしまった。


「マ、マズイ! コノワザノ、イリョクハタカイ――」


「……威力は高い、だから空いたな。風穴がまるっきり」


 雪だるま《偽ユウヤ》の体には、ドーナツのように大きな穴が開いた。そして、その雪だるま《偽ユウヤ》はドサドサっと崩れてしまい、動かなくなった。

 それを見届け、次はお前がこうなるんだぞとアズハを指差す。が、駆け出した瞬間全身の力が抜け、翼と尾はポロポロと剥がれ落ちて元のユウヤに戻ってしまった。


「……ここまでか、オレも完全じゃないみたいだ」


 ユウヤは反動からかかなりパワーダウンしてしまった。だが、アズハが睨みつけているのは偽者の方だった。



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