第47話 曇天裂く産声

「へへへ……倒したのか、ヒビキを」


 疲労からか、思わずユウヤは膝をついて倒れた。イチカとカエデが駆け寄ってくる。その表情は、まるで晴天のように輝き、同時に天泣のように涙を流している。


「やったなユウヤ! ……おめでとう」

「ユウヤ! すごいよホントに!」


「え、あ、アハハハ! いやーそれほどでも……」


 ユウヤはまんざらでもない顔付きだ。祝福モードに3人が突入している中、なぜかメイだけは参加してこない。


「おーい! メイさんもおいで、写真とろー!」

「……まだ終わってませんわ」


「「「え?」」」


 メイがユウヤ達の向こう側を指差す。誰かまだいたのか? そう思って振り向いた瞬間。無数の雷鳴とともに、嵐のように落雷がそこに降り注いだのだ。


 黒い煙の中から現れた姿。間違いなく東雲ヒビキそのものであった。


「まさかこんな演出に騙されるとは! ずっと笑い堪えていたこっちの身にもなってくれ」


「ヒ、ヒビキ! なぜそんなにピンピンしてるんだ!」


「なぜって? オレも聖霊宿りし者だからさ」


 そう言うと、ヒビキが両手の指を鳴らした。その瞬間眩い閃光がヒビキの体から発生し、なんとその周りに稲妻が現れたのだ。そして、まるでフラフープのようにヒビキの頭の周りを回転し、渦を巻くようにツノのように変化していった。


「キャッ! 何あれ、姿が変わった!」

「おいおい、なんだか、ヤベーんじゃないのかこれ!」

「……! あれは!」


 カエデ達はその姿に驚いている。メイは何となくその変化の正体を知っているようだが、普段あまり見ぬ光景に動揺している。


 聖霊と聞いてユウヤが思い出すのは、サムの言葉だ。


『聖霊を宿した者は同じく聖霊を宿した者でないとかなり不利を強いられることになりマス』


 そう。サムやヒビキの言葉がハッタリでないならば、こちらもあのペガサスを呼び出さなければ太刀打ちできない、ということになるだろう。しかし、その発動方法は分からない。

 一体どうやって戦おうか。策を練っていると、ヒビキが口を開いた。


「もしかしたら既に見たかもなぁ! ポワソやネンミとの戦いの中でな」


「……あぁ見たさ。苦しそうだったよ」


「だろうなぁ! あいつらは聖霊の器としては粗悪品! このオレと違ってな」


「……なぁ、どうやってその姿になった? どうやってあいつらをさせた? どうして自ら異形へ変わろうとする、教えろ!」


 ユウヤが選んだ策は、まさかの「質問」であった。本当は悔しいし、恥ずかしい。だが、そうでもしないと全滅は必然的になってしまう。カエデ達が巻き添えになることだけは避けるための、苦肉の策だ。


「なぁ、聞いてるかヒビキ! それとも、黙秘しますってやつかぁ?」


「……まずは自らを追い込む、または追い込まれることさ。本能が危険を察知すれば、そのうち力が湧き出るようになる」


「……へぇ、なるほどなぁ」


「……なぜそんなに余裕そうなんだ?」


 ヒビキは豆鉄砲食らったかのような顔をしている。

 そう、ヒビキは知らないのだ、ユウヤも聖霊を宿していることを。

 そう、ヒビキはそこまで頭が回っていないのだ、ただでさえ窮地では錬力術の出力が上がるのに、さらに聖霊の力を発動させることができれば……とてつもなく強くなれるかもしれないことを。ならば!


 ユウヤは何かを思い立ったかのように、ゴールキーパーのように腕を広げて大の字を作り、自信満々に宣言する。


「オレも追い込まれてこそ、錬力術を本領発揮できる体質でね。その追い込まれた際の異形モードとオレの火事場の馬鹿力、どっちが上か決めようじゃないの!」


「……へぇ、ならば本領発揮する気力すら出ないほどに追い込んで、あとはじわじわと苦しめてやらぁ!」


 ヒビキは暴れ馬のようにドタドタと大きく足上げて走ってくる。相変わらず速い、いや、あの姿になってからスピードがさらに増している! そうユウヤが認識したのもつかの間、気付けばその鋭い角で突き刺されていたのだ。思わず患部を抑え、うずくまるユウヤ。

 しかしそれを気にも止めず、別の方向からさらにヒビキは突進攻撃を続ける。ヒビキはまるでビリヤードの球のように、縦横無尽に駆けてはユウヤの急所を狙って攻撃してくる。


 ……痛い。もし地獄が実在するならば、それは今のこの状況なのかもしれない。ユウヤはこれまでに経験したことのない程の痛みを全身に味わっている。

 しかし、全く反撃しようとせず、ただただヒビキの攻撃を受け続ける。


「そろそろくたばれ、ユウヤアアアアア!」

「ぐぁっ! そろそろしてくれ……」


 まさに修羅場。カエデは流石に耐えられなくなり、2人の間に割って入ろうとする。


「ユウヤ! もう止めて、死んじゃ――」


「おいバカ! さっきあのゴリラがやられたの見てねぇのか、同じことになるだけだ!」


 それを止めるのはイチカだ。もちろん、イチカだってこの状況を見ているのは辛い。できることならヒビキを始末したい。だが、動かなかった。全員の実力差を自覚した上で、被害が最も少なくなる方法を選びたかったからだ。

 ユウヤを助けても、自分たちがやられてしまうという結果がプラスされるだけだ。ならば、少なくとも今は見ているしかない。


「ハッハッハ! 3年間リュックの底でもみくちゃにされた紙みてぇな有様だぞユウヤ! さて、これで魂を、あの世で焼却されてき――」


 ヒビキが最後の一撃を繰り出そうとした瞬間だった。ユウヤの体が眩い繭に包まれ、宙に浮き始めたのだ。

 明らかに異様な光景に、カエデ達もヒビキも目が釘付けになる。


「え、あれって……まさか、死んじゃったの!?」

「んなワケねぇ! そうだろ、ユウヤ!」

「いえ、あれは恐らく、ヒビキと同じもの……」


「……まさか! アイツ、聖霊を!」





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