第33話 最終試合

「それでは最終試合! ユウヤ、イチカ、そしてシュウタロウの3人で優勝を決めるものとする!」


 審判が宣言すると、3人は位置につき、それぞれ部屋の角に立って軽く手足を慣らしている。特にユウヤとイチカはかなり張り切っている様子だ。


「よっしゃ、ウチが絶対優勝してやらぁ」


「待て待て、オレが勝つんだよ」


「じゃあ! この試合でこそ決めような、勝者ってやつを!」


「あぁ、負けねぇぞ」


 ユウヤとイチカは再び闘志を燃やして準備万全だ。まだ試合開始を宣言されたわけでもないのに、パンチやキックの練習を通して試合をシミュレーションしている。

 一方、対照的なのがシュウタロウだ。他2人と比べるとかなり落ち着いた様子で、彼なりのルーティーンなのか口元に手を当てて何やらブツブツと呟いている。


(アイツ、何喋ってんだ?)


 タケトシはその様子を疑問に感じたものの、それらしき答えが浮かぶこともなく、再びユウヤとイチカの方に視線を向けた。


「頑張れ! ユウヤも、あと奥野さんも!」


「おいおい、ワシにも応援してくれや」


「……あぁ、スマンスマン。頑張れよ」


(チッ、やっぱアイツ気にいらんわ)


 シュウタロウが不貞腐れているのを気に留めず、審判は高く旗を振り上げた。試合開始の合図である。


「はああああああああ!」

「うああああああああ!」


 まず動き出したのはユウヤとイチカだ。まるで三回戦と同じような展開、再びこの2人が激しい戦いを見せつけるか。そう思われた瞬間だった。


「さっさと終わらすか。腹減ったわ」


 シュウタロウもようやく歩き出し、攻撃し攻撃され、回避し回避される、そんな互角の戦いを繰り広げるユウヤとイチカの所へ進んでいく。


「七田くん、だっけ。余裕があるみたいだけど何か策があるのかな?」


「え? ああ、流石に何かあると思う、なぁ」


 カエデからの唐突な質問にうろたえるタケトシ。咄嗟に思いついた言葉で何とか返答するが、実際には何も理解できていない。だがそれも仕方がない。なぜなら、シュウタロウはそれほどまでにミステリアスで、かつ頭の切れる天才だからだ。


「重力、慣性、作用に反作用……運動の物理法則は、全てワシが統治する」


 シュウタロウが目をカッと開き、右手の親指をパチンと鳴らした。すると何が起こったのか、激しい肉弾戦を繰り広げていたユウヤとイチカが突然明後日の方向にパンチを勢いよく繰り出し、その勢いで2人は床に倒れてしまった。


「ぐぁっ! 勝手に体が違う方向に……」

「シュウタロウ……この前の技だろ、これ……ぐふっ」


「覚えてくれてたんか。嬉しいわ、姉ちゃん」


 シュウタロウの口元が少し緩むと、あわててそれを隠すようにコホンと咳払いをした。そして壁によりかかり、


「さぁ、ワシにも攻撃してや」


 と言った。それに対してユウヤも立ち上がり、


「なら見せてやるよ、飛びっきりの技をな!」


 と叫ぶと片手に風を作り出し、かなり大きくなったところでそれを握りしめた。


「ズバっと決めるぞ、タイフーン・ストレエエエエト!」


 大きく振りかぶり、風を凝縮した球を投げつけた。狙うはシュウタロウの体ど真ん中、もしこれが野球ならばデッドボール間違いなしだ。

 またまた必殺技をいきなり披露するユウヤを見てタケトシは驚いた。錬力術を普段はあまり上手く扱えないユウヤがいきなりその術を披露してばかりいる、もしかして、錬力術の扱いにかなり自信が付いたのだろうか? しかし、それにしてはタイフーンストレートはかなり遅く、むしろチェンジアップにすら満たない程だった。当然、ユウヤもそれに気付く。


(くそっ、老婆が言ってた力を引き出す云々、まだ完全ではなかったか……!)


 ゆっくりとだが、どんどんシュウタロウに向かって伸びていく風の半速球。シュウタロウは悠長にその球を眺めている。


「避けねぇのかシュウタロウ? チーム・ウェザーのヒビキっていうリーダー格に不意打ち喰らわせた技なんだぜ?」


 ユウヤも何とか揺さぶる。冷や汗を見せまいと急いで腕で拭い、鋭い目つきでシュウタロウを睨みつける。

 すると効果があったのか、シュウタロウはそれを避け、ユウヤとイチカからさらに間合いを取った。


「おっ、流石にビビったみたいだな。でも今の出力じゃアイツにとって、肩たたきくらいにしかならねぇだろうよ」


「……心理戦か、こりゃやられたな」


「おいおい2人とも……ウチを忘れてもらっちゃ、困るなあ!」


 イチカはようやく立ち上がり、2人の後ろを円を書くようにぐるぐると走り出した。ズタズタと音が響く中、まるでコマのように走り続ける。


「へへへ、これじゃどっちが攻撃されるかわかんねぇだろ!」


「一体何をするつもりなんだ、よくわからんけどその前にもう一度タイフーンストレートで……」


「へへへ、もう手遅れよ。だって、上をよく見な!」


「な、何っ!?」


 ユウヤとシュウタロウが頭上を見ると、火が輪を作りながら浮かんでいる。イチカの足元ばかりに気を取られていたが、その間にイチカは燃え盛る円を空中に作り出していたのだ。


「今即席で考えたんだけどよ、早速お見舞いしてやるぜ、鎖紅屡さーくる!」


 ドカカカカーン! 輪状の火が連鎖的に爆発を起こす。意表をついた攻撃を避防ぐことができるはずがなく……2人は爆発に飲み込まれた。


「へへ、やっただろ!」


 イチカが鼻をこすって立っていると、煙の中から倒れたシュウタロウが現れた。どうやら撃破できたようだ。

 しかし、それに対してユウヤの姿が見えない。間一髪避けていたのか、それとも透明になる技なのか、イチカが周りを見渡していると、背中にトントンと何者からか触られる感覚がした。慌てて後ろを振り返ると、そこには顔にすすを付けたユウヤが立っていた。


「くそっ、避けていたなんてな」


「ヘヘッ、オレ足速いんよ」


 ユウヤが後ろ向きにジャンプして一旦間合いを取る。そしてお互い構えに入ろうとした途端、武道室の窓がバリーーン! と割れた。そこに立っていたのは……見たこともない謎の人物だった。

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