第32話 第三試合 ユウヤVSイチカ その2

 2人の動きはだんだんと鈍くなってきた。最初は動きを目で追うのがやっとであったが、今では誰が見てもユウヤとイチカの動作を理解することができるだろう。だがそれも当たり前だ、あれほどまでに激しく動いていたのだから。


 有名な童話に、『北風と太陽』というものがある。大昔にイソップが作ったとされる物語の1つである。

 ある旅人がいた。その旅人の服を脱がした方が勝ち、そんな勝負を太陽と北風は行うことにした。初め、北風は思いっきり強風を吹かせ、無理やり服を飛ばそうとした。しかし旅人は服をぎゅっと抑え、力技でねじ伏せようとした北風の作戦は失敗に終わる。

 次に太陽はカンカンと旅人を照りつかせることにした。どんどん、どんどん旅人をあたためる。すると旅人は暑い暑いとその服を脱いでしまった。そして、北風と太陽の戦いは太陽の勝ちに終わった、そんな話だ。


 ユウヤとイチカ……彼ら、彼女らはそれぞれ風と火の属性の錬力術を得意とする。当然、それはそれぞれの戦闘スタイルに現れており、2人とも術を活用して試合を繰り広げている。

 だが、この試合では2人ともまるで“北風”だ。力と力、剛と剛のぶつかり合いである。滑り出しはかなり勢いのあったユウヤとイチカだが、まるで1つの風が巻き起こっては吹き終わるように、一気にスタミナを使い果たしてしまっているのだ。


「ハァ、ハァ……そろそろ決めるぜ、ユウマ」


「ユウマじゃねぇよ、ハァ、ハァ……」


 戦況は互角といったところだろうか。どちらが勝ってもおかしくないし、どちらが先にダウンしてもおかしくない。タケトシとカエデも、その様子を見守る。


「どっちもかなりしんどそう……」


「ま、まぁあんなに飛ばしてたらな、スタミナ切れてもおかしくない、と思います」


「試合終わったら私のアロエで回復しなきゃ、スタミナも回復するのかわからないけれど」


(はぁ、優しいなぁ。やっぱ好きだ)


 ユウヤとイチカは何とか距離を互いにとり、壁に手を付きながら相手の隙を伺いあっている。

 しっかり、しっかりと相手を観察し、そして、ついに両者同時に最後のスタミナを振り絞って駆け出した。


「ウチが勝つ! 喰らええええええええええ!」

「うああああああ! トドメだあああぁぁぁ!」


 2本の腕が交差する。そして、2人は互いにすれ違い、そのまま微動だにしない。先程までの盛り上がりは消え去り、静寂な時間がチク、タク、と流れる。


「やったか!? どっちが勝ったんだ!?」


「ユウヤかな? それともイチカさん?」


(……アホぬかせ、そんなもん相打ちしかないわ)


 タケトシとカエデは固唾を飲み込んだ。一方シュウタロウは壁によりかかりながらその様子を見ている。その結末は……


「……ふぁっ!」

「……ぐおぅっ!」


 ユウヤとイチカは同時に倒れた。どうやらお互いに最後の一撃を当てていたらしい。シュウタロウの考え通り、この試合は相打ちで終わったのだ。


「そこまで! この試合、両者とも引き分け!」


 審判が告げた。


「ハァ、ハァ……ユウ……ヤとの“勝負”、結局引き分けだったな……」


「……ヘヘ、こりゃ今度に持ち越しだな」


 ユウヤとイチカはグータッチを交わしたその時だった。審判が再び口を開けた。


「引き分けによる特別ルールにより、20分後からユウヤ、イチカ、シュウタロウの3人で試合を行う!」


予想もしていないその宣告にイチカは驚きユウヤに質問する。


「さ、3人!? そんなルール作ってたのか……ハァ、ハァ……」


「い、いや……オレじゃない」


「えぇっ! じゃあ誰が?」


「……ワシや」


 横から割って入ってきたのは、なんとシュウタロウだった。ユウヤは思わず立ち上がり、どういうことだと聞くと、シュウタロウはニヤリと不敵に笑った。


「……だって、両方と戦いたかったんや。だからもし引き分けたらそうしてくれって審判に頼んどいた」


「い、いつの間に……」


 何者なんだ、シュウタロウは。思わずあっけに取られていると、後ろのドアからコンコンとノック音が聞こえたかと思うと、冷水をトレーに乗せた少女が笑顔で歩いてきた。


「み、皆さん! お疲れ様です、これ飲んでください!」


「ん? どこかで見たような……ってあの時の!」


「あっ、覚えてくれていたんですね……! 嬉しいです!」


 ユウヤはそれが誰かすぐに勘付いた。この前、タケトシとカエデと一緒にマスターに稽古を付けてもらったときに強盗に襲われていた少女、色川ヒカリだったのだ。


「皆さん、かなり頑張っているようですから……水分補給も、してほしいです」


 ヒカリはまずユウヤとイチカにコップを差し出した。


「あぁ、ありがとう! 動いた後の水は格別だぁ」


「おっ、気が利くじゃねーか! ありがとな」


 ただの冷えた水。そのはずなのに、汗を書いた後だとそれは何十倍も美味しく感じる。喉を水が通ると、たちまち爽快感が全身を駆け巡る。

 次の試合は決勝戦。さぁ、張り切っていこう!

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