第19話 ぼくヒーローになりたい!

 一方タケトシはアルバイトに励んでいた。いつの日が月村さんを遊園地デートに誘って、仲良くなっていい感じになったら告白しよう! それがアルバイトへのモチベーションとなっていた。


 今日はこの前のように客に襲撃されるということもなく、いつも通りに仕事をこなしていると、一番奥の角の席から注文ボタンが押された。タケトシはその席に向かうと、メガネをかけた大人しそうな少年がメニュー表を指さしながら待っていた。


「お客様、注文はお決まりですか?」


「あ、あの。これ、これください」


「まぜそば1つですね〜少々お待ちください」


「……あ、あと!」


 何だ、追加オーダーか? タケトが立ち止まると、その客はタケトの目をじっと見て口を開いた。


「店員さん、もしかして悪の組織と戦ってる?」


「なななな、何で知ってるの!?」


 タケトシは驚いた。もしやこの子もチーム・ウェザーの一員なのだろうか? 見た目は大人しそうだが実はものすごい能力を隠し持っているのか? 思わずタケトは固唾を飲んだ。


「……だってこの前、忍者みたいな口調の人と戦ってるの見てた。ボクここによく食べに来るから」


「そ、そうなんだ。ありがとね」


 どうやら敵ではなく、この前の戦いの時のお客さんのようだ。ひとまずタケトは胸をなでおろすと、厨房にオーダーを伝えに行こうとした。すると大人しそうな少年は彼なりにできる限りの力を絞り出すかのように声を大きくして言った。


「そうじゃなくて! ……ボク、ボクも戦って強くなりたいの。だからお願い、仲間にして!」


「そ、そう言われても……」


 タケトシは困った。客をスカウトして戦わせるわけにはいかないし、何よりまだまだ子どもだ。しかし少年の眼差しには恐怖や苦しみに立ち向かわんとする強い闘志がメラメラと燃えているようにも見えた。まさかこの少年の学校や友達などがチーム・ウェザーに襲撃されたのか?ラッキーなことに店内はさほど忙しくはなく、タケトシはせめて話だけでも聞くことにした。


「どうしたの? 何があったんだい?」


「悪の組織、例えばニュースでよく見るチーム・ウェザーとかいうヤツ、ボクが倒したら皆から認められると思ったから。そしたらまた学校に行けるようになると思って……」


「!?」


 チーム・ウェザーはちょうどタケトシ達が立ち向かっている組織だ。どうやらこの少年はニュースで見たチーム・ウェザーという“悪の組織”と戦うことで同級生から認められたいらしい。


 確かに、教室に不審者が現れて、それを倒すことでモテモテになる妄想は男の子なら多くの人が経験したことだろう。しかし現実でそれが起こるとそれどころではないし、実際リサトミ大学に現れた“不審者”はそれにより牙を剥き、キャンパス中を破壊した。

 少年に悪気があるようには見えないが、タケトシは少年の頼みを断った。


「……悪いけどさ、ああいうのには関わらないほうがいい。何してくるかわからないから」


「……でも、でも! そしたらボクはきっといじめられなくてすむんだよ!せめて強くなるだけでも、お願い!」


「もしかして、今学校お休みしてるのかい?」


「……うん。それに親も共働きで家にいない。いつも机にはお金が置かれてて、それで今日もここに食べに来た」


「なるほどなぁ……」


 せめて筋トレなどでも付き合ってあげるべきだろうか? そう考えていると、外から怒鳴り声が聞こえてきた。


「オイ! 岩田タケトシが働いてるってのはこの店か!」


 ズンズンと足音を立てながら入ってきたのは腕にタトゥーを入れ、眉をこれでもかと薄く剃った男だ。身長も180センチほどあり、ガタイもかなりいい。その姿はまるでプロレスラー選手だ。

 タケトは何だ何だとその男を見ていると、男はテーブルを次々と蹴飛ばしてタケトに向かってきた。


(何でオレはバイト中に何度も何度も災難が降りかかるんだ……)


 他の客が男に怯える中、タケトシは少年をかばうように前に立ち、男を睨みつけた。


「何だ、オレに用か?」


「おめぇ、スープを倒したらしいなぁ。オレ様のコードネームはアミ! オレ様はヒビキの野郎には従わず個人判断で動いている!」


「スープといい……フランスのフルコース料理みてぇな名前しやがって。アミューズからとってんだろ?」


「まぁヒビキはカッコつけだからなぁ。どちらにせよ、お前はオレ様に料理されるんだけどなぁ!」


「他のお客に迷惑なんで……ここは引き返してくれるか」


「そうはさせるかぁ! ウガアアアアアア!」


 アミは突如雄叫びを上げた。するとタケトが身につけているベルトが突如ブルブルと震えだした。


「なななな何だこれれれ!? マッサージチェアみたいにブルブルルルルルルルルル」


「ギャハハハハハハ! 震えてまともに喋れてねぇじゃねえか! そのうち恐怖でさらに震えるんだけどなぁ!」


 アミは手を強く叩いた。するとベルトの金具部分がタケトの身から離れ、アミの手元に渡った。それについていくかのように周りの客席からネックレス、メガネ、スプーンなどが1つのボールのように集まる。

 そしてアミはその塊を握りしめると、たちまち斧のような形に変化した。


「お、オレのベルトと他の金属類が集まって斧になったぞ!?」


「オレ様の錬力は金属の変形! さぁここで調理されちまいなぁ!」


(店員さん、このままじゃ危ない!)


 少年は立ち上がり、タケトをかばうように前に立った。


「ボ、ボクがお前の相手だ! 悪はこのボクが許さないぞ!」


「や、やめろキミ! そいつは危険だ!」


 少年は勇ましくアミに立ち向かっている。アミは少年をバカにするように笑うと胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「ホーラホラホラ、ヒーローごっこの時間だぁ。必殺技出してみろよ、オラオラ」


「……なら、この前バイク乗りのイチカお姉ちゃんに教えてもらった技だ!」


(イチカ? 何かどこかで聞いたような)


 タケトにはイチカという名前に反応した。もちろん、アミが少しでも少年を攻撃しようとする素振りを見せれば真っ先にアミをぶっ飛ばそうと必殺技を出す準備もしていたが、この状況下でもなぜか安心感があったのだ。だからこそ、ヒーローになりたいというタケトをまずは見守ることに切り替えたのだ。


「イチカぁ? お友達かなぁ? さぁ出してみろ、その技」


「……熱気を込めて、喰らえ! 発火飴ハッカアメ!」


 少年の身体から赤色の小さな玉が飛び出した。しかしその玉はアミに命中することなく斧の先端に当たって消えていった。


「ハ、ハッカ飴ェ? どこ狙ってんだ、ガハハハハハハ!」


(そうだ、この子は恐らくまだ錬力術をうまく扱える年齢ではない……やはりオレが手出しするべきだったか!)


 アミはハッカ飴という名前に大笑いしているが、アミが手にしている斧に異変が起こっていた。段々と斧の先端が赤く染まっていき、どこからかジュウウと音が聞こえてきたのだ。その変化にアミが気付いた時にはもう遅かった。


「あ、熱ぃぃいいい!」


 アミは急いでトイレに走っていった。トイレからはものすごく激しい流水と音と、「あのガキイイイイイ!」という声が聞こえてきた。タケトはトイレのドアの前に立った。するとすぐにアミが鬼のような形相で出てきたが、タケトを見つけた途端尻もちをついた。


「さてお客さん、覚悟はいいですね?」


 タケトシはニヤリと笑い、ポキポキと拳を鳴らした。するとアミは生まれたての子鹿のようにガクガクと震えながら立ち上がり、


「ご、ごめんなさいいいいいい!」


 そう叫びながら逃げていった。しかしタケトシはただで逃がそうとは考えていなかった。小さな子どもに手を出そうとしたこと、それを彼の良心が許さなかったのだ。


「させるかぁ!火山弾ガトリング!」


「ぎ、ギャアアアアアアアア!」


 アミは特撮番組のように爆発し、炎が舞い上がった。少年はタケトシにありがとうと告げると、タケトシはニコッと笑顔で返した。


「ありがとね、キミのお陰で他のお客さんに被害が出なかった」


「ボク、勝ったの? 悪いヤツに勝てたの?」


「あぁ、キミは立派なヒーローだ!」


 少年は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。タケトシもその笑顔で、チーム・ウェザー討伐に向けた勇気を貰えたのであった。

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