第18話 気合のシュウタロウ
ユウヤがポワソと戦っている頃、イチカは行きつけの運動公園に来ていた。イチカは体を動かすために、そして子ども達が遊んでいるのを見守るために週に3回ほどのペースで通っているのだ。
ただ……今日公園に来たのはそれだけが理由ではなかった。いつも運動公園の隅で瞑想をしているとある男と会うためだ。
イチカがハンディファンを片手に公園を歩いていると、早速目的の男が桜の木の影で目を瞑りながら仁王立ちしていた。白いシャツと黒いデニムに黒いスニーカーとありふれた服装だが、遠くから見てもわかるほどのかなりの高身長だ。男は風が吹いて桜の花びらが舞う中、ただじっと精神統一をしている。
風が花びらを運びながら男の前を通過しようとしたその時だった。男は目をかっ開き、気合を入れた。
「ヤアァッ!」
するとふわふわと風に乗っていた花びらがひらひらと下に落ち始めた。風の流れを無視して落ちる花びらは傍から見れば異様なものだよう。しかしそれを見てイチカは感心した。花びらが綺麗な円形を描いていたからだ。
「すげぇすげぇ! 前からこっそり見てたけど流石だなぁ!」
イチカは拍手をしながら男に近づいた。男は再び目を細め、イチカの方に振り向いた。
「普通に気付いてましたわ、チラチラこっち見てくんのを」
「悪ぃ悪ぃ、それ錬力術だろ? かなりの練度じゃねえか?」
「まぁ物の動きを操るだけで火とか水とか出せるわけやないし……それに上には上がおるねん、ワシなんてまだまだペーペーや」
そう言いながらも男はどこか照れるような仕草を見せた。イチカはそれを見るとはにかみながら男の手を握った。
「ウチはイチカ!
「……ニュース騒がしとるあいつらか」
「そうなんだよ! さっきの見て本能で確信したんだ、アンタ絶対強いんだって! だからついてきてほしい、頼む!」
イチカは両手を合わせて頭を下げた。男は10秒ほど悩むような姿を見せ、少し口元を緩ませた。
「わかった、わかった。力を褒められたこと、実は結構嬉しかったさかい、姉ちゃんにその恩返しするわ」
「……ありがとよ、これでチームが強くなったぜ!」
子どものようにはしゃぐイチカに男は微笑むと、少し目を開けて自己紹介を始めた。
男の名前は七田シュウタロウ。大学1年生の18歳。ファッションが分からずありきたりな服装になってしまうのが悩みで、ダサいと思われてないか心配するあまり自ら人に関わりに行くのが得意でないことを気にしているが、照れ屋な部分がかわいいとして隠れファンも実は多い。
関西に来たのは3年前で生まれは北陸。少しでも周りに馴染もうと関西弁を話そうとするが逆にコテコテのエセ関西弁になってしまっている。
イチカはそんなシュウタロウを勇者御一行などという名前のグループに誘い、ユウヤにも強そうな人を捕まえたとDMを送った。
仲間が集まっていくのを実感したイチカは嬉しそうな表情でいると、どこからか子どもの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「ウワーン! 何か襲ってくるよー!」
「助けてー! ママー!」
「何だ? 何の騒ぎだ!?」
「……この辺り、やっぱり治安悪いなぁ」
子どもたちがイチカとシュウタロウの方に逃げてくると、それを追いかけてきたのは……雪だるまの着ぐるみに身を包んだ謎の人物だった。デフォルメされたかわいい顔をしているが、着ぐるみの中からは何やら男の声が聞こえる。
「ガハハハ!やっぱ道行く人にイタズラしかけんのは面白いわぁ。さて、ちょっと暴れるかぁ」
すると雪だるまの着ぐるみはウオオオオオと唸りを上げた。すると近くにあった噴水の水がバキバキと凍り、やがて噴水全体を凍らせた。春真っ只中の公園に巨大な氷のアートが生まれてしまった。
噴水の縁に腰掛けて休憩していた人たちも驚いて噴水から離れ、何が起こったんだと皆ザワザワし、ちょっとした騒動になってしまった。
「うわ、噴水を凍らせたぞあの変人! ちょっとウチの熱で溶かしてく――」
「まぁ待ってや、ああいう錬力術を悪用する
シュウタロウは目をぐっと閉じ、深呼吸をした。熟睡しているかのようにピタッと止まって動かないシュウタロウの背中にはチョウが止まっている。
そしてシュウタロウは目をいきなり見開き、気合を入れた。
「ヤアァッ!」
すると雪だるまの男は突如バランスを崩し、まるで砂浜から海に戻ろうとする魚のようにケンケンと飛び跳ねてそのまま噴水にダイブしていった。
「な、何だこれ!? 体が勝手に! おい糸目ノッポ、お前の技か、これ……ってうわああああああ!」
パキパキ、ザバアアアアン!
水面の氷を突き破った雪だるまはそのままプカプカと水面に浮いてきた。そして大きな頭を脱いだかと思うと、中からは頭に小型カメラを巻き付けた金髪の男が登場した。
「チッ、せっかく“ドッキリ動画”撮ってたのによ、台無しじゃねえか」
たしかによく見ると着ぐるみにも小さなカメラのようなものが付いている。金髪の男はカメラをチェックし、舌打ちを交えながら言った。
「あーあー、やっぱり台無しじゃねえかよ! 防水カメラは壊れなかったが企画は台無しだ!」
「錬力術で人に迷惑をかけるなんて、ドッキリにしても悪質やで、ほんま」
「あぁ? 仕返しにお前の顔全世界に発信してやる!」
「いい加減うるさいなぁ……こっちの方がバズると思うで、知らんけど」
シュウタロウは再び気合を入れると、また金髪の男に向かって気合を入れた。すると再び金髪の男は噴水に向かって足が動いた。
「と、止まれオレの体! ってぎゃあああああああ!」
ザバアアアアン!
またまた噴水にダイブしていった。周囲は笑いの渦に包まれた。
「見ろよあいつー! 噴水に突っ込んでいったぞ!」
「水泳の練習じゃねー?」
顔を見られたくないのか、金髪の男は赤くなった顔を急いで隠すように雪だるまの頭を乱雑に被り直し、叫び声を上げながら公園奥のトイレへと向かって逃げていった。
「ご、ごめんなざいいいいいい!」
「ギャハハハハハ!ざまーみろ雪だるま!」
「ママ見てあれー!雪だるまが逃げていったー!」
「ゆ、ユウタロウまじで強えーな!」
「ユウタロウやなくてシュウタロウや! まぁあれくらい朝飯前やな」
「これだけの強者仲間にできたら、ユウヤのやつ絶対喜ぶぞ……あ、そうだ! せっかくだしちょっと遊びに行こうぜ! もっとシュウタロウのこと知りたいし!」
「いいやん、ちょうど今日は全休の日やし。どこかに行こうと思ってたんや」
イチカとシュウタロウはバイクに乗って、近くのショッピングモールへと走っていくのであった。
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