第17話 恐ろしい力

「な、なんだその姿!?」


 ポワソは驚きを隠せない。それも当然だろう。ユウヤの神秘的な姿だけでなく、そこから発せられる声は耳ではなく脳に直接伝わって来るような感覚がし、また柔らかくも威厳のある口調、そして何より溢れ出す神々しいオーラ……一瞬ですべてが大きく変化したのだから。それでもポワソは固く拳を握り、ユウヤを睨みつける。


「もう一度忠告します。はやくひれ伏すのです」


「う、うるせぇ! アタイのインファイト戦法に砕け散れぇ!」


 ユウヤはポワソに再度命令したがポワソは全く従う素振りを見せず、体をひねって勢いをつけ、叫び声を上げながら腰を回しながら全力でパンチを繰り出した。そして追撃するように膝蹴り、アッパー、右フックなどをとにかく浴びせ続けている。


「オラオラオラァ! どうよ、どうよアタイの攻撃は!」


 強気な口調とは裏腹に、ポワソの表情からは必死さが垣間見える。まるで家の前を通りすがる車に吠えかかる猛犬のように、強大な相手に果敢に攻めかかり続けて……懸命に、必死に攻撃を続けるが、ユウヤはノーリアクションだ。


「何で何で何で! 何で効いていないのよ!」


 どれだけ攻撃してもやはりユウヤは痛みすら感じていないようで、無表情でただポワソを見つめ続ける。ポワソは一度間合いを取り、助走をつけて再び殴って、蹴って、パンチして体当りしてを繰り返す。やがて先程ユウヤに繰り出した“波音を響かせるチョップ”を3発繰り出したがそれでもユウヤはびくともしない。

 

「アタイの技が効かないなんて……そんなわけないじゃん!だってアタイは……!」


 ポワソは妥当・ユウヤを諦めることができない、いや勝負に勝てないということが許せなかった。たとえ相手が誰であろうと勝つことが絶対であるし、それがポワソの自尊心を一番満たすことができるのであった。

 その根拠となる出来事はポワソが12歳の頃のことだった。


ーーーーー

『えいっ! ロングシュート!』


『また負けたー! カナちゃん強いよー!』


『へへへ、ありがと!』


 時は2051年。当時はチーム・ウェザーという名をニュースなどで見ることは無く、ポワソ、いや海田カナは友達に囲まれた、どこにでもいる普通の元気な小学6年生だった。

 カナは地元のサッカークラブチームに所属していた。大エースとしてチームを優勝に導き続け、いつしか“不敗のカナ”という異名を轟かし、女子プロサッカー選手候補としてメディアからも注目されていた。


 しかし、ある日その名声は朽ち果てることとなる。事件はカナのU-12クラブチーム引退試合となる冬の試合で起こる。決勝戦、試合開始のホイッスルが鳴るとともにカナは先陣切って駆け上がってはどんどんシュートを決め、前半だけで3点差をつけることができた。


 これから後半に差し掛かろうとしたとき、その合間の時間でカナは相手チームが何か作戦会議をしているのを見かけたが特に気にせず水分補給をしながらベンチで体力を回復させていた。


 そして後半戦開始。カナはいきなり相手のボールを奪い相手ゴールに向かってどんどんドリブルするが、視界の外から現れた小学1年の相手選手がボールを奪い返すためにタックルを仕掛けてきた。その力は想像以上のもので、思わずカナは倒れ、その際足をひねってしまった。


 カナはすぐ立ち上がろうとするが足に燃えるような激痛が走り再び屈んでしまう。だがファールは宣告されない。悶絶するカナを見かねた監督は選手交代を告げた。ベンチに戻ったカナは涙目でベンチを殴った。


『何でよ……! 何で最後の試合で……!』


 カナが離脱したフィールドは悪夢そのものだった。先程までの順風満帆な試合運びが嘘のように次々と点をとられ、後半開始10分で同点に追いつかれたのだ。


『まずい、まずいよ……!』


 しかし無情なことに、相手チームはさらに追加点を入れていく。4点、5点、6点……。最終的なスコアは3-12。大差で負けたのだ。

 帰りのバスの中でカナは号泣していた。前半戦ですぐに離脱した自分自身に腹がたった。消化不良で終わってしまったことが悔しくてたまらなかった。そんな時、バスのどこからかカナを攻撃する声が聞こえてきた。


『何だよ……普通にタックルされただけで!』


『3点入れてあとはサボりかよ!』


『もしかして既に強い私立に入学決まってて、このチームの勝敗なんてどうでもいいんじゃない?』


(え、何でよ……)


 カナは周りからなぜか勘違いされ、根拠のない悪い噂が流れた。そして一緒に遊んでいたはずの友達も離れていき、記者からインタビューされることもなくなった。カナは独り、部屋に閉じこもった。

 これまで一緒に戦ってきた絆なんて最初から無かったのだと。結局、強い駒としか見られていなかったのだと。そして、結局勝つことそのものが正義なのだと。


 その後も脚の痛みは消えなかった。通院しても原因は依然として不明……不完全燃焼のまま時は流れ、カナが大学生になった時、ある日の帰り道知らない人に話しかけられた。


『アナタ……脚を怪我しているようですね』


『な、何よ気持ち悪い』


『アナタを怪我させた方、錬力術であなたを怪我させたんです。アナタを怪我させてプロからの注目を自らに向けるため、意図的に』


『な、何よ! 通報しますよ、この不審者!』


『……封印』


『え、何で!スマホが動かなくなった!』


『恐ろしいですよね、錬力術。これを今やみんな利用できる、これってダメだと思いませんか?』


『……』


『でもね、逆にこうすることもできるんです』


 群青色の妖しい光がカナを包んだ。驚いたのか一瞬カナは意識を失ったが、すぐに気がつくと脚に異変が起きていた。


『……え!? 脚の痛みが治った! 嘘でしょ!? しかも何だか、どこか力が湧いてくれるような!』


『アナタには力を与えました。その力で“平和維持活動”をしましょう。私についてきてくれますか、カナさん』


『……はい!』


 カナ、いやポワソはとある人物により脚を治癒してもらったどころか強靭な脚力、そして錬力術のスキルを与えられた。今ではヒビキの部下、そしてチームの一員として日々活動している。最も、ヒビキへの好感度はあまり高くないようだが……

 

 錬力術で人生を壊し、プロへの道を奪った他人と力をくれたチーム・ウェザー。カナは今や、ポワソとして毎日生きているのだ。

ーーーーー


 抗い続けるポワソにユウヤはしびれを切らしたのか、ポワソの目をじっと見続け、一度叱責する。


「……いい加減、ひれ伏しなさい!」


「ひ、ひゃぁ!? なにこの感覚……!」


 何が起こったのか、意に反して操られるかのようにポワソの腰はゆっくりと地に落ちていき、やがて膝立ちの状態になった。ポワソも何とか抗おうと腕や膝を動かそうとするが、金縛りにあっているかのように動けない。


「意外と素直ですね。気に入りました、今回は助けてあげましょう」


 ポワソはユウヤに怯えていた。明らかに違うキャラクターを演じているとか、これが本性だとかそういうものではなく、何か恐ろしい変化が起こっていることを改めて察したからだ。

 ユウヤはフワっと宙に浮遊し始めたかと思うとポワソにかなり至近距離まで近づき、肩を掴む。そして何やら呪文を唱えるとポワソも風船のように宙に浮かび始めた。


「な、何これ!? 体が持ち上がっていく!」


「貴方には一度お帰りいただきましょう」


「な、何が起こってるのこれ! せ、説明しなさ――」


 ポワソはだんだんと姿が薄れていき、やがてその場から消え去ってしまった。それを見届けるとユウヤに生えてきていた翼はポロポロとこぼれ落ちるように、また真っ白な空間も煙のように消えていった。そうして、ユウヤは気を失い、冷たいアスファルトに横たわってしまった。



 それから、30分ほど経った頃だろうか。


「うぅ……オレ、一体どうなって……」


 ユウヤが目を覚ますと、先ほどの占い部屋に横たわっていた。どうやら占い師が助けてくれたらしい。占い師はユウヤの目が開いたのを見届けると安心したのか、椅子に腰掛けて様々な質問をしてきた。


「騒がしいと思ってドアを開いたら戦いの真っ最中で……こっそり影から見てましたわ。まさかあれがチーム・ウェザーの?」


「はい……しかもアイツはかなり強くて、なぜ生きているのか正直わからないくらいです」


「そうでしたか……白くて眩しい霧みたいなのが広がってましたので何事かと思いましたが、なぜか“押し返される”ような感覚があって階段前から動けませんでしたの。しかもその時ユウヤさんに翼が生えていまして、本当にびっくりしましたわ」


「つ、翼?」


 ユウヤは戦いの途中からの記憶が全く残っていなかった。翼が生えてきたことも、謎の力を発揮していたことも、そしてポワソを撃退したことも。

 ユウヤは、自分が土壇場では強大な錬力術を使えることを自覚している。しかし、自我やその時の記憶を失ったりした経験はこれまでになかった。何が何だか分からずじまいになったユウヤを見かね、占い師はユウヤの頭に手をかざして叫んだ。


「チェック・タイム! 記憶を読み取りますわ……ふむふむ。わかりました」


「な、何がです?」


「私は山浦メイと言いますわ。ユウヤさん、あなたの旅に加勢しましょう」


「だ、だから何を見たんですか! ねぇちょっと!」

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