第16話 悪霊の降臨
ユウヤは栄田が話してくれた占い師のところへとたどり着いた。どうやら古びたビルの地下でひっそりと営んでいるらしく、確かに階段のタイルには無数のシミが作られており、手すりもところどころ錆びている。
木目調の重いドアを開けると、その中には怪しい雰囲気の空間がユウヤを待ち構えていた。暗い部屋をいくつかのキャンドルライトが薄く照らしており、カーテン越しにはいかにも占い師という格好をした人が机に置いたゴムボールの前であたりめを食い散らかしている。
(何でイカ食ってんだよ……それに何で水晶玉じゃなくてその辺に売ってるボールなんだよ? あと本当に錬力術の実力者なのか?)
ドアのところで突っ立っているユウヤを占い師は手招きすると、それに誘われるようにユウヤの足は備え付けられたパイプ椅子へと動いた。
ユウヤが椅子に腰掛けると、占い師は早速ユウヤに話しかけた。
「ユウヤさんですわね? 栄田さんから話はお聞きしていますわ。変な夢を見たり、あとどうやら仲間も探してるそうで」
「それなんです……最近変な夢をよく見るんです」
「ほう……それではその正体を探すコホッ、探りますわ」
(絶対無理してお嬢様言葉にしてる……)
占い師は何度もわざとらしく喫煙者がむせるような咳払いをすると、声色を変えてゴムボールに唸り声を浴びせ始めた。水晶玉を撫で回すように手を動かし、やがてゴムボールを高く持ち上げ、キエエエエと奇声を上げて後ろに叩きつけた。ゴムボールはポヨンポヨン、トントントン……と音を立てて転がっていった。
「コホン、見えましたわよ。ユウヤさんに憑いてる悪霊が!」
「あ、悪霊!?」
「はい、その姿は馬のように見えますわ。それも翼のようなものも見えます。まるで空想上の生き物、ペガサスみたいですの」
「確かにこの前は馬っぽい形のモヤが出てきました……」
明らかに胡散臭い占い師ではあるが、見事にユウヤの夢に出てきた“悪霊”の形を言い当てたのだ。正直なところ、初めは半信半疑だったユウヤもいつの間にか占い師のことを信じきっている。
「それで、悪霊とオレが平常時錬力術をうまく使えないのとどんな関係が?」
「これは私見になりますが、悪霊と言ってもユウヤさんを苦しめようとしているようには見えませんでしたわ。どちらかというと、ピンチの時にものすごい力を与えてくれますが、同時に何かしらのデバフも“与えてしまっている”と言ったほうが正しいかもしれませんの」
「与えて、しまう?」
「ユウヤさんの場合、普段錬力術をうまく使えなくなってしまっている状態ですの。悪霊による影響で。しかし悪霊のおかげでピンチの時はものすごい力を発揮できるようになっているのだと思いますわ」
「め、迷惑なのかありがたいのか分からない……」
「まぁ、今日はこの辺にしてお開きにしましょう。今日、ユウヤさんが早く帰らないと、ユウヤさんに次々とよからぬことが降りかかってしまう予感がしますわ。仲間探しの件は明日以降電話とかで話しましょう」
「な、なら帰ります、ありがとうございました」
ユウヤは軽く会釈し、重たいドアを開けて階段を登ろうとすると、誰か分らないが階段の上でこちらを待ち伏せしている人が見えた。仁王立ちで腕を組みながらただじっとユウヤを待っている。
黒いニットに黒いフレアパンツ、そして全身に身に着けたアクセサリー……ポワソだ。
ポワソはそこら中を探し回ったのか汗だくだ。そして少し息切れしながらユウヤに向かって叫んだ。
「ハァ、ハァ、探したわよ、アンタのこと……」
「な、何でここにいると分かった!」
「アタイらの捜索能力、ナメてたらダメよ。さて……さっきの仕返し、してあげないとね!」
(ここで戦いはまずい……!)
ユウヤは全速力で階段を駆け上がり、ポワソを無視して走り抜けよようとした。ポワソはハイヒール姿で運動に適した服装はしていない。明らかに俊足のユウヤに追い付くことは不可能だろう。しかし相手はあのチーム・ウェザーの一員だ。錬力術に関してもかなりのものを持っているし、何より身体能力がずば抜けている。だからこそ今度は簡単にユウヤを逃がすことなく、すれ違おうとしたその瞬間に的確にユウヤの尻を蹴り上げた。
「ごはぁ!」
不意打ちを食らったユウヤはたまらず転ぶと、ポワソは大笑いしながらユウヤの背中を踏みつけた。鋭いハイヒールが容赦なくユウヤの背中を一突きした。
「ぐあぁ!」
「どぉ、屈辱かしら?今から楽にしてあげるからねぇ」
またまた、聞き覚えのある波の音が辺り一面に鳴り響く。間違いなくあの技だ。本当にポワソ、いやチーム・ウェザーはユウヤを始末する気なのだ。ポワソが上げた手は太陽に重なり、そしてユウヤめがけて直角に落ちてきた。ユウヤはひとまず勢いをつけて倒れたまま転がり、ポワソの攻撃を避けた。
ポワソの手はマンホールに直撃した。マンホールを中心として半径1.2メートルほどの範囲が水浸しになり、時間差をつけてマンホールに放射状のヒビが入った。
「あぶねぇ……あやうく大ダメージ食らうところだった」
「チッ……避けやがって! 痛えじゃねえか!」
攻撃を避けられたポワソは怒りをあらわにし、力任せにどんどんブンブンと腕をユウヤめがけてまるで嵐の雨粒のように何度も何度も振り下ろしてくる。ユウヤはヒョイッヒョイッと何とか攻撃を避けながら後退りする。なかなか命中しないことにしびれを切らしたのか、ポワソはかなり深く深呼吸してホースを持つような構えを取ったかと思うと、勢いよく水を噴射してきた。ユウヤは慌てて駆け足で反復横とびをするように左右に動き、時にかがんだり跳ねたりして噴射される水を避ける。それを追うようにポワソも水の軌道をユウヤにめがけて変えていく。その水は道路を信号で停車中の車の窓ガラスを次々と射抜いていった。
「なんだあの威力!?恐ろしすぎるなぁ!」
「ハハハハハ!もっと速くしないとそのうち当たっちゃうわよ?」
ポワソは周りへの被害をものともせず攻撃を続ける。やがて信号は青に変わりユウヤとポワソの横を車がどんどん走り抜けていく。それから間もないことだった。放水は進行中の車に当たったかと思うと、それからまもなくバリバリバリン!とガラスが粉々になる音と急ブレーキを踏む音が鳴り響いた。そしてその車は電柱に突っ込んでしまったかと思うと、それに連鎖するようにクラクションの音、そして車同士が激突する音が多重に鳴り響く。辺り一面は玉突き事故現場で埋まってしまった。
「さ、早速よからぬことが次々と起きてるじゃねえか!」
「さぁ、次はアンタが車みたいになる番だぁ!」
「チッ……足止めだけでもさせてもらうぞ!」
ユウヤは風の球をおおきく振りかぶってポワソに投げつけた。それも1回にとどまらず、ポワソの腹、肩、足元に頭上……至る箇所に向かって投げつけた。見事なことに、それらはすべてポワソに命中した。ポワソは耐性を崩し、後ろに吹っ飛んだ。すかさずユウヤはポワソに飛び込んでドロップキックをお見舞いし、さらに4発のパンチを食らわせた。
しかしポワソも飛び上がってユウヤを跳ね飛ばすと、回し蹴りをユウヤのみぞおちに叩き込んだ。ポワソは格闘技の経験でもあるのだろうか? 1発1発の攻撃が俊敏で、なおかつ鋼のような重みがある。腹を抑えながら何とか立ち続けるユウヤにポワソは憐れむような声で話しかけた。
「言ったでしょ? アタイは2500rもの錬力を持つ。対してアンタは……追い込まれてようやく本領発揮できてるって感じだけど、それでもせいぜい1500rくらい。アタイの方が全然格上なの」
「な、何でオレが追い込まれたら錬力術が格段に強くなること知ってるんだ」
「さぁ? どうでもよくない?」
ポワソはしらばっくれた。そして、今度は腰を落とし、両手を頭上に掲げて大きな声で力を溜め始めた。これでとどめを刺す気だろうか。
ユウヤはかなりスタミナを消費していた。追い込まれたユウヤでさえポワソには全く及んでいないのだ。ユウヤが諦めかけたその時であった。
不思議な光がユウヤを繭のように包み込み、辺りはまばゆい光に包まれた。眩しさのあまりポワソは腕で目を塞ぎながらユウヤに問いかけた。
「何よこの真っ白な空間? まさかアンタの大技?」
しかしユウヤの口から返答は無い。そして光が止んだかと思うと、ユウヤの体には変化が生じていた。透明がかった白銀の翼が一瞬現れては消えてを繰り返しており、それはところどころにシャボン玉の表面のように虹色の模様を有している。ただならぬ神秘的なオーラを放つユウヤはポワソを指差し、言葉を放った。
「ワタシからの忠告です。ひれ伏しなさい」
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