第15話 水使いポワソ
もはや見慣れた電車に揺られてユウヤはS県Oエリアまで向かっていた。大きな湖が真ん中に位置しているこのS県では釣り大会なども定期的に開かれ、賑わっている。
ユウヤがうたた寝しているとあっという間に目的の駅に到着した。駅を出てコーヒーを片手に栄田に教えられた場所に向かっていると、後ろからユウヤを呼び止める声がした。
「あの、この顔に見覚えはないですか?」
ユウヤは振り返ると、そこには1枚の紙を持った170cmほどの女が立っていた。紙にはユウヤの似顔絵らしきものが描かれており、その下に補足で「ユウヤとかいうヤツ」と書かれている。黒ニットに黒いフレアパンツ、そして上から下まで全身に金や銀のアクセサリーを付けており、少し動くだけでジャラジャラと金属同士がぶつかり音を奏でる。
この似顔絵、まさかオレなのか? 疑いつつもユウヤは口を開いた。
「はい、そうですが……どなたです?」
すると女は鬼のような形相になり、ハイヒールでカタンカタンと甲高い音を立てながらユウヤの方へと向かってきた。
「やっぱりね! ヒビキの命令でお前を始末する!」
(こいつ、ヒビキの使いか!?)
ユウヤは構えをとった。栄田のもとで数日間修行はしたものの、やはりあの短期間では十分に鍛錬を積んだとは言えない。アパタイザーやスープとは比べ物にならないほどの殺気を感じる。ユウヤはゴクリと固唾を飲む。
まだ肌寒さの残る風が吹き、地に落ちた桜の花びらが2人の間を通り抜ける。ヒラヒラと揺れるズボンが静かになった瞬間、ユウヤは腕を引きながら女へと向かって駆けていく。
すると女はニヤリと笑い、拳を握りしめた。するとどこからか波のような音がかすかに聞こえてきた。周りはビルや施設ばかりで水なんてどこにも見えない。さらに不思議なことに、その波の音は人魚のような綺麗な歌声にも聞こえる。ユウヤは一瞬何かを感じ取ったような気がしたが、かまわず女に飛びかかった。
ザバアアアアアアン! ユウヤは跳ね飛ばされた。なぜかユウヤの服はびしょ濡れになっており、女の周りには巨大な水たまりが作られている。
(この女、栄田さんと同じ水使い!?)
驚いたユウヤを小馬鹿にしながら、女は自己紹介を始めた。
「アタイの名はポワソ! 本当の名前はヒミツ。アンタ、錬力値は100rってところかしら? それでよくアパタイザーとスープを倒したね。だがアタイは2500r、あいつらの2.5倍もあるのよ! さぁ、海のように広大な力の前にひれ伏しな!」
2500r? どういう基準で計上される数値なのか不明だが、単純計算でも2.5倍の力をこのポワソは持っているようだ。思い返せばアパタイザーは彼自身が作った武器を横取りして倒したし、スープも壁を筒状に作ることにより相手の技を跳ね返す、つまり自滅させたようなものだ。起点を効かせてこれまで勝ってきたが、単純に殴り勝ったワケではない。そもそも、ユウヤとポワソの間にはかなりの実力差があり、頭脳でその差を埋めることは難しそうだ。
だが、それでもやるしかない。ユウヤは深呼吸をし、タイフーンストレートをお見舞いしようと力を貯めた。どんどん、どんどん風の球は成長を遂げ、それを握りしめてポワソに投げつける。
「へぇ、やっぱりアンタ風属性なんだねぇ」
ポワソは全く避けようとせず、直立不動でタイフーンストレートを横腹で受け止めた。フレアパンツが激しくなびき、周りの花びらは高く舞い上がる。
しかしポワソはダメージを受けた素振りを全く見せない。
「もぉ、寒いじゃん。冬を思い出させないで?」
「こ、こいつ……」
するとポワソはユウヤの方へ人差し指を向け、クイックイッと動かした。もっと攻撃してきなよ、という意味だろう。
ユウヤはたまらず全速力でポワソに詰め寄り、風の力を込めた腕で目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出す。何発も何発もスタミナが続く限り繰り出す。しかしポワソは全く痛がりもせず、ついにスマホをポケットから取り出し、友人らしき人と通話を始めた。
「ハァ、ハァ……何だ、なぜ電話?」
錬力術を多用したユウヤはひどく息切れし、一旦ポワソと間合いを取る。一方ポワソは全くそれを気にせず通話を続けている。
「それでさぁー、あのクソ男マジセンスないですけど。せっかくデートしてあげたのに、何でデート先コンビニ?意味わからないんだけど」
『えー、何それウケる〜』
「しかも買ったのがフライドチキンとポテト! ダイエット中って何度も言ってるのに! ホント他の男と遊べばよかったわ」
『えー、逆にその子と付き合いたい〜』
「ハァ、ハァ……こいつ、何なんだ……グッ!」
視界がくるくると回り、そしてやや歪みだす。地面に手をつき倒れ込むと、ポワソはやっと通話を終えたようでスマホをポケットにしまうと、カタンカタンと音を立てながらユウヤの方に向かってきた。そしてユウヤと2,30cmというところまで接近してきたところで、ハイヒールで何度も何度も踏んできた。
「オラオラぁ! どんな気分だい?今からはこっちの番だからねぇ!」
「がぁ! ぐぉぁ! がはぁっ!」
ユウヤが悶絶する度にポワソは嬉しそうな表情を見せる。そしてキャハハと高笑いしたかと思うと、一旦ユウヤと間合いをとり、拳をまた握りしめた。再び、ザアアアアアと音が聞こえてくる。それもさっきの何倍もの大きさで。ポワソの腕を見ると、ぼんやりとだがとても大きな水の塊のようなものが見える。ポワソはとどめを刺す気だ。しかしユウヤはただそれを眺めることしかできない。
(オレの体、なんとか耐えてくれ……)
ポワソは腕を高く持ち上げた。それにやや遅れるように水の塊もついていく。太陽光と水が重なり、その一部が虹色に輝いた。
「じゃあね〜、ツイストパーマ似合ってたわよ。それじゃあ、バイバイ♪」
ニコニコしながらそう言ったポワソは腕をチョップするように振り下ろしてきたその瞬間だった。何者かが2人の間に割り込み、ポワソのチョップを受け止めた。
視界が戻ってきたユウヤはその背中をようやく認識できた。誰かは分からないが……黒スキニーに大きめの白Tシャツ、青いデニムジャケットに赤いスニーカー。それに腕には“チーム・ウェザーがどうたらこうたら……”と書かれたリストバンドをつけている。
(な、何年前のファッションだこれ!? しかも何だこのリストバンド!)
「邪魔すんじゃねぇよ、サム!」
「オーオー、いきなり始末しようとするなんてナンセンスよ。可哀想ね、ユウヤにはまだ素質があるだろうし、強くなってからボクが戦いたいデース!」
「その喋り方やめろ、鼻につくんじゃ!」
「まーまー、とってもいい場面で邪魔したことは水に流してほしいデース! フライドチキンとマンガ、奢りますから」
「アンタ! からかうのもいい加減にしな!」
サムという男とポワソが言い争っている中、ユウヤは何を見せられているんだという気分になった。今のうちに逃げようか、ユウヤは立ち上がり、そそくさとそこから立ち去った。
ある程度距離を取ったところで、全速力で栄田の言っていた場所へと駆け出した。かすかにポワソの怒鳴り超えが聞こえたが、ひとまず逃げることができた。
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