第12話 イチカのわからせ三番勝負 その3
タイフーンストレートは“B”に命中した。しかし“B”は少しよろめいているものの平気そうだ。ユウヤ自身には手応えがあったが、“B”の体が頑丈なのか、もしくは、まさかユウヤの体がこの状況を追い込まれているわけではないと認識しているのか……
その瞬間だった。ユウヤは背後からタカに嘴で突かれた。今度はユウヤがよろめくと、タカは容赦なく追撃し、ユウヤの背中に深く傷を作った。ユウヤはうずくまり、何とか“B”を見上げている。
「く、くそ……」
「ヘヘへ、獲物が自ら飛び込んでくるなんて嬉しいじゃん」
“B”は指を鳴らしてカラスの鳴き声を止めると、タカは羽音を響かせながらどこかへと帰っていった。そして“B”はゆっくりと見せつけるように右手を持ち上げ、ユウヤの方へ向けた。左手と右手がそれぞれイチカとユウヤに向けられた状態だ。
「オレ様はな、“今から相手をボコボコにできる”って瞬間が大好きなのさ。そいつの命乞いをまもなく聴けると思うとたまらんからなぁ! この前喧嘩売ってきた野郎の泣きじゃくるあの声、目覚ましに設定してるぐらいさ」
「ク、クレイジーなヤツだ……」
「じゃあ、致命傷になっちゃうまで残り10秒、9、8!」
ユウヤがドン引きしているのには目もくれず、“B”は突如、指折り数えながら高らかにカウントダウンを始めた。
周りを見渡すとイチカの取り巻き達が心配そうに、時々声援を送りながらこちらの戦いを見守っている。通行人も足を止めてこちらを一瞬見てはいるものの足早に去っていく。面倒事になりたくないのだろう。それはもちろん正解だ。
きっと“B”はゼロを宣言したあと、無差別的にイチカやユウヤを、そして周りを攻撃するつもりだから。
「7、6、5!」
数字が減るのと共に、ますます“B”は嬉しそうな表情になっていく。平日昼間、都会。辺りにはたくさんの人が行き交っている。“B”は正直何を考えているのかわからない。このまま止めることができなければ、無差別的に通行人や街を攻撃し、大惨事になるかもしれない。
ユウヤの背中の傷がうずく中、イチカはかなり息が上がっており錬力術を使うことはで難しい。戦闘に手出しをしてこないことからも、取り巻き達は常日頃から錬力術を使ったり鍛えたりしているわけではなさそうだ。助けを呼んでも当然間に合わないし、何とかユウヤがやるしかない、いややらなければならない。
5、4、3秒前……どんどんカウントダウンが進んでいく。ユウヤは背中の痛みに耐えつつ力を溜める。イチカも何とか力を振り絞ろうと息を切らしながらも熱気を放ち始めた、そんな時だった。
「おねえちゃん! がんばれー!」
「まけないでー! イチカちゃんー!」
ユウヤが振り返ると、ランドセルを背負い黄色の帽子をかぶった子ども達が精一杯エールを送ってきた。恐らく下校中にここを通りかかったのだろう。
「お前、暴走族じゃねえのか? なのに何故子どもに……」
「失礼だなテメェ! ウチらは別に走り屋とかじゃねぇよ。ただ街を見回って事件とか起きてないかボランティアでパトロールしてるだけさ」
「ご、ごめんなさい……」
“
“B”は子ども達の声援に苛立ちを隠せていない。眉間にしわが寄り、歯を食いしばりながら舌打ちし、立ったまま貧乏ゆすりまでしている。さらにブツブツと何か文句を言っており……カウントダウンはいつの間にか中断されていた。
子ども達の応援もあり、イチカはようやく立ち上がり臨戦態勢に戻った。息も大分回復したようで、自信満々に“B”に向かって宣言した。
「おい轟音のB! ウチは
イチカは凄まじい熱気を放っている。まるで太陽が地面に降り立ったように……そして一歩一歩、“B”に向かって歩いていく。
「く、来んじゃねぇよ……さもなくばオレ様の爆音を喰らいやがれぇ!」
“B”は両手に力を貯めて何度も何度もイチカに解き放つが、その度イチカは舞い上がった砂煙からその影を現す。そしてもう一歩でぶつかる、それほどの距離まで近づいた途端ニヤリと笑いながら息を吸った。そして、思いっきり腹を蹴り上げ、目にも止まらぬ速さで数十発のパンチを繰り出した。
「これがウチの最強必殺技、
「オ、オレ様が無様な姿を晒す、なんて……」
“B”は倒れた。薄ら笑いを浮かべ、空をポカーンと眺めている。それを尻目にイチカはユウヤに握手を求めてきた。
「スマン! ウチ、勘違いしてたみたいで……こういう状況に遭遇してたんだろ? きっとお前も」
「オレもすまねぇ、暴走族なんて言っちゃって」
「そ、それだけは許さん! 絶対に!」
2人とイチカの取り巻き達が顔を合わせて笑い声を上げていると、後ろからイチカを呼ぶ声がした。振り返るとそこに立っていたのはさっきまで応援してくれていた子ども達だった。
「おねーちゃんとおにーちゃん! ありがとう!」
「ふたりともかっこよかったー!」
ユウヤが食い気味に前に出て手を振る横でイチカはフッと笑みを浮かべ、ピースのハンドサインを子ども達に送った。子ども達が手を振りながら帰っていくのを見届けると、ユウヤのスマホに一通の電話が入ってきた。
「もしもし、鳥岡ですが」
「もしもし、鳥岡君ですね? 真銅です」
「あ、お疲れ様です……」
「鳥岡君。明日鳥岡君と面談を開きたく電話をいたしました。貴方も何となく察しがついていると思いますが……ヒビキ率いるチーム・ウェザーについてです」
「なるほど、時間はいつ頃ですか?」
「14時からです。可能ですか?」
「はい」
「それでは、よろしくお願いします」
そう言うと真銅は電話を切った。会話内容を聞いていたイチカは食い気味にユウヤに問いかけた。
「な、なぁ! 今チーム・ウェザーって言ってたか?」
「ああ。実は最近色々と、ね」
「そうか……ウチらも実は最近、大学でその団体名を名乗るヤツらに攻撃されてな、テバキサ大学、ってとこに通ってるんだけど。確か錬力術基礎って講義で――」
「オ、オレと同じ!」
どうやらチーム・ウェザーは他の大学もターゲットとしていたらしい。ユウヤと共通していることとしては錬力術の講義を開いているということだ。経済学、経営学、物理学……学問の1つとして定着した錬力術だが、チーム・ウェザーはそれを完全に潰そうとしている。
イチカはユウヤの腕を握って目を見つめると両者は同時にうなずいた。そして、何かあったらお互いに情報を共有することを約束し、連絡先を交換しあった。
「じゃあ、何かあったらウチに連絡してくれ! ウチも何かされたら言うからさ」
「オッケー。お互いにね」
「おう! ……あとさ、いつかまた“三番勝負”の続きやろう、ねっ!」
「ああ。楽しみにしとく!」
イチカとユウヤの間にはいつの間にか友情と信頼が芽生えていた。二人は笑顔でグータッチを交わし、ひとまず家に向かって帰った。お互いの安全を祈りながら……
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