第11話 イチカのわからせ三番勝負 その2

 15分ほど経っただろうか。ようやくバイクが停車し、建物に目を向けた途端ユウヤは驚いた。そこにたたずんでいるのはごく普通の公園であった。それも大人が3人ほど座れるベンチと滑り台、水飲み場だけがある小さな公園だ。

 

「あの……ここが次の“戦場”なんですか?」


「そうよ、次の勝負はクイズだ! あのベンチの両端にウチらが座ってクイズに正解したらポイントゲット! 3ポイント先取した方の勝ち!」


「そ、そっすか……」


 見たところ、イチカはかなり熱くなっている。なぜクイズに対してこれほどまでに熱血なのかユウヤにとっては理解不能だった。イチカは自信とやる気満々に、ユウヤは少し引き気味にベンチに腰掛け、取り巻きの男が滑り台に座ってスケッチブックを取り出した。そして、早速問題を読み上げてきた。


「では第一問、チャラン! 1841年、水野忠政によって行われた改革の名前は何でしょう?」


(えー、習ったはずなんだけどなあ……)


 歴史が苦手なユウヤが答えを導き出そうと考え込みながらイチカの方を横目で見ると、イチカも答えを思い出そうと必死になっていた。それから2分ほど経ったが両者とも問題の答えを導き出せそうになかった。チョウが辺りを舞い、カラスが鳴きながら頭上を飛ぶ中、出題者である取り巻きの男も暇そうにしていると、イチカがテンション高めに立ち上がった。


「ヘヘッ、先制点は貰うぞ、答えは天保の改革だ! どうだ!」


「ピンポーン、イチカさん1点です!」


「どうよ、ウチ天才じゃね?」


 自慢げにイチカはユウヤの方を見た。ユウヤはやっちまったと少し悔しそうだ。ただ、ユウヤにとって先制されたことはどうでもよく、歴史という授業から離れて1〜2年程度で物事を忘れてしまっている自分へのショックの方が大きかった。嬉しそうなイチカはベンチに座り直し、準備オッケーの合図を出すと2問目が出題された。


「では第二問、チャラン! 光合成に欠かせない、ヒトなどの細……」


「ハイハイ葉緑体! どう?」


 農学部ナメんな、早く次の問題出せとユウヤは催促する。


「ゲ、ゲストさん正解です! これで両者ともポイントが並びました! それでは次の問題です!」


 イチカはつばを飲み込み、読み上げられる問題に集中しようとしており、一方ユウヤは指でトントンとベンチを叩きながら手すりで頬杖をついている。そして、やっと問題は読み上げられた。


「最近ニュースを騒がしている、錬力術の使用反対を掲げる……」


(チーム・ウェザーだ!)


 ユウヤはすぐに勘づいた。しかしそれはイチカも同じだったようで、2人は同時に答えた。


「「チーム・ウェザー!」」


「両者とも正解です!

それでは次の問題で勝ちが決まります! このH県において……」


 淡々と取り巻きの男が問題を読み上げていたところ、遠くの方で地鳴りのような音が鳴り響いた。ユウヤとイチカは立ち上がり、その音のする方向を見ると、空に大きな黒煙が舞い上がっていた。そして、恐竜の鳴き声のような轟音が鳴り響いた。


「これは!」


 イチカは何かを知っているような素振りを見せたかと思うと男たちに号令をかけ、それを聞いた男たちは急いでそれぞれのバイクに乗ってエンジンをかける。途方に暮れているユウヤをまたまたイチカはバイクに乗せ、急ぎ気味にスロットルをひねった。


「最近騒ぎが妙に多いんだよ! お前の件もそうだけど、アレはホントにやべぇ!」


「だからオレは街で暴れたりしてねぇって! でも、アレって何だ?」


「実はな。ここらを暴走しては様々な騒ぎを起こして人々の混乱を起こ……」


 その瞬間、真横からクラクションの音が鳴り響いた。イチカが驚いて横を見ると、“B”という文字が大きくペイントされたバイクを運転する謎の男が中指でこちらを挑発してきた。イチカは路肩にバイクを止め、何だよと男に言い返した。すると男もイチカの真後ろにバイクを止めてヘルメットを脱ぐやいなや、指をパチンと鳴らすと轟音が鳴り響いた。そして、男は口を開く。


「イチカさんよぉ! 最近調子乗りすぎじゃねぇのぉ?ここH県はオレ様の縄張りなんでねぇ」


「う、うるせぇぞ、轟音のB!」


「おーっとっと、その名前で読んでくれるとは嬉しいじゃないのぉ」


 “B”は高らかに笑う。それをドン引きしながら見ているユウヤにイチカは説明しだす。どうやら“B”は街を爆走しているだけではなくその道中で人の怒号、爆発音、銃声、そして謎の鳴き声……様々な音を鳴らしては周りの人々の騒ぎを起こす、いわゆる“オオカミ少年”らしい。


「街の人々はみーーんな! お前のせいで迷惑被ってんだ! さっさとやめねぇと、“わからせる”ぞ!」


「んー、じゃあ今度はホントのホントに大惨事起こしてやるわぁ!」


 “B”は近くの植樹に向かって手を突き出した。凄まじい高周波が鳴り響いた。あわててユウヤとイチカ達、そして周りの通行人は耳を抑えるが、その瞬間周りの窓ガラスは立て続けに割れ、歩道脇の植樹がバキバキと音を立てて真っ二つに折れ、倒れてしまった。


「な、何てことを!」


 イチカは拳を握りながら“B“を睨んだ。周りの人はパニックを起こし、逃げ惑っている。一方“B“は腹を抑えながら大笑いし、今度はユウヤとイチカの方へ手のひらを向けた。


「オレ様はなぁ、空気の振動、つまり音を錬力によって起こすのさぁ! 有名人の声から自然の音まで自由自在! オレ様の高周波に震えな!」


「お前ら、さっさと逃げやがれ! じゃないと許さねぇぞ!」


 そう言うとイチカは左手を太陽に重ねるように頭上に上げ、全身から凄まじいオーラを発生させ始めた。きっと戦うつもりだ。見たところ、イチカと“B”の間には何かしらの因縁がありそうだ。だが、“B”は明らかに危険人物で、取り巻きにとってイチカを放って逃げることはできなかった。それが自分たちも痛い目に遭ったり、またイチカにとって迷惑だったとしてもだ。それはユウヤも同様であり、彼も一歩後ずさることすらなかった。


「さて、オレも“街で暴れる”こと、許してくれよ。通行人に迷惑はかけないからさ」


 ユウヤは肩を回しながらイチカの横に立った。それを見てイチカも少し微笑みながら、


「別にただ暴れるワケじゃねえよ」


と返した。


 “B”は左手を突き出しながらも隙をうかがっている。平日の昼間、都会の一隅で戦いが始まった。

 先手を取ったのはイチカだった。一気に助走をつけ、“B”の元へと駆けていくと、“B”もそれに対し張り手をかますような動作を見せる。その瞬間イチカはかがみ込みながら“B”の懐に入った。“B”の左手の平の先にはいつの間にかえぐれた跡があり、そこから高周波が遅れて鳴り響いた。イチカはその音に動じずに地面に手をついて体を持ち上げ、燃え上がる脚で“B”の腹を蹴り上げる。


「見たか! これがウチの必殺技、武霊蒸ふれいむだ!」


「ハハハ! まぁ、ここらで有名なだけある……なら次はこちらの番だ!」


 “B”は指を鳴らすと、辺り一面に大量のカラスの鳴き声を響かせた。ユウヤとイチカは空を見上げたが、どこにもカラスは見当たらない。それにも関わらず空から、周りから、アスファルトから……煩わしいほどの鳴き声が街に鳴り響いたのだ。


「うるせぇ! な、何がしてぇんだ……」


 ユウヤはたまらず耳をふさぐと、別の鳴き声が空に鳴り響いた。甲高くもどこか轟くような鳴き声……空に覆いかぶさる大きな褐色の影、その正体は猛禽類、タカだった。タカはユウヤたちの頭上まで飛んでくると、まっさかさまにユウヤめがけて滑空してくる。


「あ、あぶねぇ!」


 ユウヤは思わず頭を塞いだが、あやうくその腕を鉤爪で抉られそうになった。追い払おうとするがタカは逆に腕に食らいつこうとしてくる。それを見て“B”はまた高笑いした。もはやタカとの戦いの最中であるユウヤを見かねて、イチカは今度は両手に火を灯して“B”に突進し、あと3歩、2歩というところで飛びかかった。“B”はひらっとその攻撃をかわしたが、続けてイチカは何度も何度も飛びかかっている。

 攻撃をかわされ続けるイチカだが、雄叫びをあげながら最後にタックルを仕掛けた。“B”は少しふっ飛ばされたものの平気そうだ。


「ウ、ウチの火突ひーともほとんど効かないなんて...」


「んじゃあそろそろこっちのターンだなぁ! もっと“波”みたいに曲線的に動いた方がいいんじゃねえか?」


 そう言うとまたまた“B”は手の平をイチカの方に向けた。タカを追い払おうと奮闘中のユウヤは慌ててイチカに避けろと叫んだ。しかしイチカは動こうとしない。正確にはスタミナが切れてしまっており、動くことすらままならないのだ。“B”はニヤリと笑い、今にもイチカを始末しそうだ。


 ユウヤはたまらずイチカの元へと駆けた。しかしタカもそれを追ってくる。いくら俊足のユウヤだとしても野生動物のスピードには敵わない。理性を持たないタカはユウヤの体を何処であろうと容赦なく攻撃するだろう。箇所によっては致命傷になりかねないし、なにより野生動物に背中を向けることはかなり危険だ。


 それでもユウヤはありったけの力をこめ、“B”にボールを投げるように解き放った。風の直球、タイフーンストレートが“B“めがけて唸りを上げて飛んでいった。

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