第10話 イチカのわからせ三番勝負 その1
“スープ”との戦いを終えたユウヤは家に帰るや否や爆睡してしまった。タケトシを心配して駆けつけ、そしてスープと戦い、その後始末をしてかなり疲れてしまったのだ。ヒトデのようなうつ伏せ状態で2時間ほど眠った頃であろうか。外からブオンブオンと数台のバイク音が響き、そのせいで目覚めてしまった。
「頭痛てぇ……てかうるせぇなバイク、暴走族か?」
窓から外の様子を見ると、数台のバイクがユウヤの家の前に停まっていた。そしてリーダーと思われる先頭の女がインターホンを1回鳴らし、大声でユウヤを呼んできた。
「おいお前か! 最近街で暴れまくってるっていうヤツは!」
その取り巻きたちもそうだそうだと声を合わせて叫んでくる。ユウヤは目をこすりつつ窓を開けた。
「あの...なんですか?別に暴れてなんかないですが」
「こちとら多くの目撃情報耳にしてんだよ! 大学で、公園で、ついさっきは飲食店で! 迷惑じゃねぇか! 許さねぇぞ!」
こんな住宅街の真ん中で叫んでるお前らこそ迷惑だろ! そう思いつつも女達をなだめるようにユウヤは対応したが、それでもなおリーダーの女は続けてこちらに怒鳴ってくる。
大体、なぜこれまでに敵と戦った場所を知っている? まさかこいつもヒビキの使いなのか? ユウヤは疑心暗鬼になりながらも冷静に対処する。やがて女はユウヤにこっちに出てこいと言い放ち、しぶしぶ出てきたユウヤに対して食い気味に宣言した。
「おいお前! ウチは
そう言うとイチカは熱気を放ちながらユウヤに近づいてきた。
(こいつも錬力術で勝負を!?)
ユウヤも負けじと力を貯めようとするとイチカはユウヤの肩を掴み、「三番勝負」を申し込んできた。どうやらケンカなどではなく、平和的にユウヤに“わからせる”らしい。
「ウチの錬力は熱気! 冬は暖房いらず、アウトドアの時だって重宝してるんだぜ? さぁ、この闘志でお前に錬力使った暴走をやめさせる! あ、これヘルメット」
「べ、別に暴れてなんかないのに……」
「さぁさぁ早く乗れ! 力で勝るウチ達に逆らったら痛い目見るってこと、今から証明してやる!」
イチカはユウヤの言葉に耳など貸さず、無理やりバイクに載せて近くのバッティングセンターに運んでいった。到着するとたちまちイチカは勝利条件を説明してきた。
どうやら1プレイ20球でヒット性の当たりを多く放ったほうが勝ちらしい。ユウヤは野球サークル所属であるがいまいち自信がなかった。自分は追い込まれた時でないと本調子にならないことを自覚していたからだ。
それとは対象的にイチカはとても自信がありそうに見える。どうやらここの常連らしい。ユウヤは早く終わらせたいと思いながらバットを選んでいると、それに構わずイチカは打席に入った。
「さぁ、先頭打者ホームラン狙うぞ!」
イチカはスマホから球場で録音したのであろう雑音と声援混じりのラッパのBGMを流し、バットを構えてスイングしたが低めの投球に大きく空振りしてしまった。
「は!? 誰だよこの設定にしたまま帰ったヤツ!まるでスプリットじゃねぇか!」
(た、確かにそういう時あるけど……)憤怒し、さらに燃え上がるイチカをユウヤはジュースを飲みながら眺めていた。イチカはフルスイングを続けるが空振りばかりで、当たったとしてもボテボテのキャッチャーゴロばかりだ。
苛立ちを見せながらも次々と来る球にバットを振るも、どれも空を切るばかり。何度もボタンを押して投球位置の調整を直すが全く意味がない。そして、19空振りという結果になってしまった。
「まずいですよボス!」
「次が最後の球ですぜ!」
「イチカさーん!かっとばせーー!」
取り巻きがイチカをさらに応援しだした。イチカはその声援に答えるかのように自信ありげにバットを構え、深呼吸した途端思い切りフルスイングした。赤く染まったバットが空気を焼くほどの高速で動き、そして見事ボールにバットの芯が当たった。球は勢いをつけて飛び、ネット上部に付けられている的に向かって一直線だ。
結果は“ホームラン”だ。ファンファーレを流す円型の的には大きく焼き焦げたような跡ができていた。錬力術を利用しての一打だったのだろう。それを指差しながらイチカはユウヤに交代を告げてきた。
「さぁ、次はお前の番! かかってこい!」
(さっさと終わらせよう……)
コインを入れてボタンを押し、ユウヤは打席に立った。繰り返しになるが、ユウヤは野球サークル所属での成績はあまりよろしくない。
一打逆転という場面では長打を打てるし、守備面でも1アウト満塁などの場面では難しい打球でもダブルプレーをとれる。しかし普通の場面ではポップフライはたくさん打ち上げるし、エラーもたくさんしてしまう。
なので、最近は代打として出ることがとても多い。投手としてプレイすることもあるが、プレイボール直後からフォアボールを連発してしまいがちなので本人としてもあまり先発はやりたくないようだ。
ユウヤはダルそうにバットを構えて……まずはバントした。リズム感覚を整えようとしていると、後ろからはユウヤを嘲笑う声が聞こえてきた。腰がどうとかバットの持ち方さえいちいち弄ってくる。ユウヤはオープンスタンスに切り替え、つばを飲み込んでバットを構えた。
マシンは相変わらずストレートを投げてくる。ユウヤはボールに目の焦点を合わせ、一思いにスイングした。カキーンと快音が響き、ボールはまっすぐに飛んでいく。そして、投球部少し上の保護ネットに突き刺さった。
「どうだ!センター前ヒットだろ!」
「いや、今のはピッチャーライナーだ! ノーカンだ、ノーカウント!」
「ちぇ、次に決めるよじゃあ」
ユウヤは再び前を向いてバットを振り続けるが、今のが偶然だったかのように今度は一向に打球が飛ばなくなってしまった。足元に、後ろに、横にばかりボールが飛ぶ。
そうしてボールも残りわずかとなった時だった。このままではダメ、そう考えたユウヤはバットを振らずに構えたままになったかと思うと、意識を全身に集中させ始めた。それでもあと5球、あと4球...次々とマシンはボールを投げ続けてきている。
「どうした、諦めたか?」
イチカが馬鹿にしてくるが、構わず力を溜める。そして最後のボールに向けてその力を少しずつ放ち始めた。すると時速100キロ程の速度で飛び続けてきていたボールがタンポポの綿毛のようにふわふわ、ゆっくりとユウヤの近くまで浮かんで移動して来、そしてユウヤの前に到達したかと思うとそのボールはホバリングを始めた。
「へへ、これなら簡単にかっとばせるぜ」
「おい、ルール違反だぞ! ずるいじゃないか!」
「お前もさっき使ってただろ錬力術! お互い様だ!」
ユウヤは目の前のボールに力をこめて思いっきりフルスイングした。ボールは凄まじい勢いで飛んでいく。そしてイチカがやったようにホームランの的へとボールを突き刺した。
「やった! これで引き分けだ!」
「……仕方ねぇ。でも次は負けねぇからな!次は“知識“の勝負だ!」
悔しさを滲み出させながらそう言うとイチカはバイクのエンジンをかけ、再び“戦場“へと向かっていった。後ろには取り巻きたちがバイクの列を作ってついてきている。バッティング勝負で負けたのがよほど悔しかったのか、イチカは何度もユウヤに次は勝つと宣言してきた。
「次はクイズで勝負! 知性も持ち合わせてねえと肉体ばっかり鍛えていてもいざという時やべぇからな! 次はウチが勝って頭のいいウチらの言うことの方が正しいって見せつけてやるかんな!」
「は、はぁ……そうですか」
ユウヤは腕時計を何度もチラチラ確認しながら、イチカのバイクに乗って次の目的地へと向かった。
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