第9話 曇りのち晴れ

 その頃、タケトシはアルバイト先のレストランに向かう最中であった。タケトシは不審な手紙のことが気になりつつも原付に乗っていつも通りの道を走る。

 途中赤信号になりバイクを止まらせると、ミラーに忍者のようなコスプレをした男がバイクにまたがっているのが見えた。


「何だこいつ、コスプレしてるのか?」


 タケトシは特に気にせず青信号になるのを待っていると、そいつが何やらこちらに向かってヘルメット越しに叫んでいるのが見えた。その声は段々と大きくなり、ついにタケトシの耳へと届いた。


「タケトシ殿。そうでござるね?」


(うわ、なんでこいつ名前知ってんだよ!)


 タケトシは気が動転しそうになりながらも、信号が青になった途端急いでスロットルを力強く握り、一気に距離を保とうとした。


「怖すぎだろ、今日は別ルートで行こう……」


 タケトシはわざと遠回りをしながらバイト先に向かおうとする中、なんも負けじと忍者も追いかけてくる。道路の角を何度も曲がりながらジグザグと走るのを続けていると、やがて忍者はこちらを追うのを諦めたようで、ミラーに忍者の姿は見えなくなっていた。


 その後も念のために遠回りをしていたせいでタケトシは何分か遅刻してしまいながらもなんとかアルバイト先に着いた。慌てて着替えを済ませてホールに入ると、レジすぐ横の席に座った黒ずくめの服装の男が注文を入れる。


「担々麺と七味唐辛子。あと微糖のアイスティー、同時にいただけますか」


 タケトシは言われた通り席に注文の品を運ぶと、たちまち黒ずくめの男は唐辛子を担々麺にこれでもかと振りかけた。かなりの辛いもの好きなのかなと思った瞬間、男は担々麺を口に書き込み、むせながらもジュースを飲んで話しかけてきた。


「圧倒的な辛味にこの甘みでは、全く太刀打ちできまぬな、ハッハッハ!」


(何だこいつ……)


 タケトシは苦笑いをしながら話を合わせていると、男は目の色を変えて立ち寄ってくる。


「貴殿がしていることもそういうことなのですぞ、タケトシ殿。まさか圧倒的な力を持つ我々、そしてヒビキ殿に逆らおうとするなんて」


「……な、なぜそれを!」


「ユウヤ殿にも当てはまりますが……パンドラの箱を開けてしまった貴殿らはもう、終劇なんですからな!」


 そう声を荒らげた男は深呼吸しながら両手を忍者のように組んだかと思うと、「臨兵闘者皆陣烈在前」とつぶやきながらタケトシに攻め寄る。


「お客様、なにを!?」


 タケトシは攻撃を避けて避けつつも少しずつバックヤードに距離を詰めていく。そしてやっとスタッフオンリーのドアにたどり着き、店長に助けを呼ぼうとした途端男は手刀を鋭い角度でタケトシの喉めがけて振るう。タケトシはそれを慌てて避けようとかがむが、目の前には既に足払いが飛んできていた。


 脛に攻撃が直撃したタケトシはうめき声を一瞬上げたが、かまわず男は勢いをつけてタケトシにタックルする。ドアは勢いをつけて開き、倒れたタケトシに追撃する。


「ぐはぁ!」


「おっと、名を名乗るのを忘れていましたな。拙者、スープと申します。本当の名は明かしませぬが」


「い、一体何なんだ……助けを呼ばないと」


 周りの客は何だ何だとこちらを眺めている。そんな中タケトシは少しずつ立ち上がり、誰かに助けを求めようと立ち上がったが、なんと気がつくといつの間にかスープはタケトシの目の前にいた。


「拙者は“風”の錬力使い……特に空気の流れを自由に読み、そして操る。相手の動きを読み、そして自身動きも俊敏ゆえ、今のような動作も得意分野でござる!」


 スープは親指で右を指し、ニヤリと笑った。するとカタカタカタと音を立てながら皿が数枚、UFOのように飛んできた。そしてスープは皿を持ち、腕にうなりをつけて下に叩き落した。当然、皿は粉々に割れる。

 さらにスープはその破片を1枚1枚拾いながら指にかけるように持って、いきなりタケトシに向かって一度に投げつけてきた。


「これが拙者の手裏剣でござる!」


 タケトシは腕を組んで身を守ろうとすると、シャツとズボンを切り裂き皿の手裏剣は軌道を変えてそれぞれ飛んでいき、壁、天井に激突して落ちていった。タケトシが腕を見ると、幸い体に大きな傷はできていなかったが数か所、制服に大きな穴ができた。


「バイク通勤だから厚手のTシャツ着ているおかげで怪我はないが……油断できねえな、こいつ」 


 タケトシがエプロンを脱ぎ捨てて臨戦態勢に入ろうとすると、背後からシュウウウと音を立てながら“白い何か”が回転しつつ飛んで来、タケトシの背中に突き刺さった。

 驚いて体制を崩すと、スープはその姿を見て笑い声を上げた。「空気の流れを操るのを忘れたか」とでも言わんばかりの表情でどんどん近づき、背中を勢いづけて5回踏みつける。


 助けを呼ぼうとしたが、無常にも他にホールのスタッフはいなかった。それにキッチン場は調理の音でこの騒動の音などかき消されているだろう。うめき声を上げてうずくまるタケトシに、スープは皿の破片をクナイのように持ち、心臓の方を向けてこう言い放った。


「それでは、さよならでござる」


「……火山弾ガトリング!」


 燃え盛る石が床を突き破り、火山の噴火のように勢いよく現れた。そうしてスープめがけて飛んでいくが...すべて明後日の方向へと流されてしまった。スープはついに爆笑した。


「だから、拙者に飛び遠具で勝とうなんて10年は早いでござるよ? それではお命、いただくでござるよ」


「もうダメだ……ユウヤ、月村さん、師匠、親父におふくろ、それに皆。今まで、ありがとう……」


 タケトシはゆっくりと目を閉じ、今までお世話になって人たちのことを頭に浮かべた。


 時間がスローモーションに流れる。1秒が1分、1分が1時間、ゆっくりと白い刃がタケトシに向かう。防壁シールディングをしてもいなされて攻撃されるだけだろう。なぜなら“空気の流れを操る”ことができるから。相性が悪かった、なにより触れてはいけないものに触れてしまった、それだけの話だったのだ。どんどんと白い刃が近づく。再び、タケトシの視界は黒くなった。



 その瞬間、スープの「どわぁ」と声が聞こえると共に、風を切り裂くような音が響き渡った。


「タケトシ、大丈夫か!」


 目を開くと、そこには心配そうにこちらを見ているユウヤの姿があった。


「ユウヤ……なぜここに!」


「ん? 何となくだよ何となく。でもどうやら……ピンチなこの状況、これで打破できそうだな」


「ヘヘへ……“この前”とはまるで逆だな」


「何がだよ、今回は一緒に戦うんだよ」


 ユウヤはタケトシに手を貸すと、目の前のスープに目を向けた。スープもかかってこいと手招きをすると腕を体の後ろで組みながら仁王立ちしだした。まるで攻撃をしてこいと言わんばかりだ。ユウヤは真っ先に風で攻撃を仕掛けようとしたが、タケトシに引き止められた。


「待て、お互い中遠距離からの飛び道具系の攻撃はすべていなされる。それにヤツの身体能力はかなり高い。まるで忍者みたいだ」


「何だそれ、相性最悪だな……じゃあ、近距離戦で勝つしかねぇ!」


 ユウヤは助走をつけてスープに飛びかかると軽く避けられ、すかさず風の力を腕に込めて素早くアッパーを顎向けてしかけた。


「やった! 当たったぞ!」


 しかしスープは全くのノーリアクションであり、スープの姿が消えたかと思いきやその影はユウヤの後ろを陣取っていた。


「フフ……それはただの残像」


 そうつぶやいたスープは再び皿の手裏剣を勢い付けて投げてきた。ユウヤは両手から風を放ってそれを投げ返すと、スープは腕をはらいそれらを下に叩き落した。そして粉々になった手裏剣はゴリゴリと音を立てながら踏み潰された。スープは鋭い眼光を2人に向けてきた。その殺気立ったスープの目を見てユウヤに緊張が走る。窓の外からカラスの鳴き声が聞こえた。


「では、そろそろ決着を」


 スープは目を閉じ、ウアアアアと唸り声を上げながら小さな竜巻を2つ発生させた。皿の破片や野菜カスなどのゴミが巻き上げられ、激しく乱舞する。


「オイオイ、やべぇぞこれ」


「……タケトシ、いいこと思いついた。防壁シールディング、筒状にあいつの周りに作れるか」


「わかった、やってみる」


 タケトシが床をつき破り地面をむき出しにさせながら、歪な土壁を少しずつ筒状にスープを囲むように少しずつ、静かに建てていく。スープは未だに力を貯めており、かなりの大技であることがうかがえる。“チャンスは一度しかない”それはユウヤとタケトシの共通認識だった。


 そうして、ついに筒の土壁が完成した。


「いくでござるよ、忍法! ってなんじゃこりゃああああ!」


 スープが竜巻を解き放とうとした瞬間にそれは土の壁で跳ね返り、スープに激突した。スープはグルグルと勢いよく舞い上がって天井に強く激突し、そして床に叩きつけられた。スープは……気絶している。

 めちゃくちゃ、ぐちゃぐちゃになった辺りを見渡し、ユウヤとタケトシは顔を合わせて苦笑いした。


「ヘヘヘ、今度はオレがめちゃくちゃにしちゃった」


「じゃあまた、片付けますか……おっ、外見てみろよ。晴れてきてるぞ」


「うおっ、明るいな」


 窓から外を見ると、そこには一筋の陽光が雲の隙間から射していた。


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