第7話 正義とは何ぞや?
栄田に連れられて慌ててカフェに戻ると、そこにはプロレスラーのような覆面マスクを被った男2人が1人の少女を人質に金品を要求しており、手元には鋭利なナイフがギラリと光る。
男に挟まれた暗い銀髪の少女は目に涙を浮かべて恐怖に震え、男は早くしろと怒号を上げ続けている。それを見た栄田は耳元で3人に話しかけてきた。
「いいですか。決して貴方達はなにもしないでください」
「は、はい。わかりました」
「何のんきに話してんだジジイ? 俺たち、タダモンじゃねえぞ」
男はナイフを少女に突きつけた。
先程までコーヒーやランチを楽しんでいた客からは再びどよめきの声や悲鳴が上がり、店内に響くジャズ風の音楽とは対照的に緊張感と恐怖感がカフェを包む。
「やめて、ください……」
少女は自由に動くこともできず、今にも涙が溢れそうになっている。
「うるせぇ、さっさと金よこせ、金!」
「……やれやれ」
栄田は呆れ顔を見せながら棚に掛けていた黒帯を腰に巻いた。その瞬間、栄田の顔つきは真剣なものに変わった。
「少し貴方達には大人しくなってもらいます」
栄田は拳を鳴らし、軽くストレッチを行う。
「なんだぁ? 老いぼれがよお……鍛えてるようだけど、ムダな真似はよせ?」
男二人は顔を合わせてニヤリと笑い、手に持っていたナイフをおもむろに床に叩きつける。そして2人の手の平からは火の玉が現れ、宣言した。
「「俺達は泣く子も黙る強盗だ! さぁ、このカフェと女の命が惜しくば、有り金全てよこしな!」」
「本当に面倒な人達ですね」
栄田はやや面倒くさそうに指を鳴らしたかと思うと強盗2人の周りに水が現れ、体操のリボンのようにヒラヒラと舞い始めた。2人の強盗は何だこれと嘲笑するような顔で話し合っていたが、水のリボンはだんだんグルグルと荒く、そして目まぐるしく渦を巻く。
強盗やユウヤ達が茫然としているとその渦は突如ロープの堅結びのような軌道を描き、そしてだんだんと凝固し、やがて硬く冷たい氷の拘束器具へと変貌した。
「何だこれ! 動けねぇ」
「それに、腕まで凍っていくぞ!?」
「“油断大敵”です。ナメてると痛い目に遭うんです。今のうちに降参しませんか? 念のためお聞きします」
栄田は強盗達に近づきながら問うた。強盗はやや怖気づきながらも、「するワケねぇだろ」と答えた。
「そうですか、わかりました」
そう言うと栄田は強盗達の横を通り過ぎては玄関横の椅子に腰掛けた。2人の強盗は一瞬戸惑いを見せたが、挑発をされているように感じ、激昂して飛びかかろうとしたが、氷の拘束器具のおかげでたちまち転んでしまう。
強盗は両手を床につき立ち上がろうとした瞬間、断末魔を上げるやいなや眠りにつくかのように再び、静かに床に崩れていった。
ユウヤ達も周りの客も何が起こったのか理解できずにいた。手足が凍ったかと思いきや、何もせず突然強盗2人が気絶した、これを瞬間的に理解できるだろうか。ただ唯一分かったのは、栄田が只者ではないということ。そして栄田はただ一言、こう口にした。
「おやすみなさい」
再び強盗の方へ目を向けると、息はしているものの全く動かず倒れたままだ。どうやら気絶しているようだ。
「流石、栄田師匠だ。常人では決して目で追えない速さで敵を仕留める」
タケト師は“師匠”の戦いっぷりに感激していた。
「あれは私の必殺技、“黄昏時”です。すれ違い際のほんの一瞬に錬力を用いて剣を作り、相手を斬り落とすようなイメージです」
「す、すげぇ」
ユウヤとカエデは感心するあまり言葉を失う。
そんな会話を続けていると、人質に取られていた銀髪の少女が申し訳無さそうな顔で頭を下げてきた。
「あ、あの!すみませんでした」
「謝ることないですよ。無事で良かったです」
栄田はニコッと少女に笑顔を向けた。
「……ありがとうございます!」
少女の暗く曇った表情にやや陽光が射したように見えた。そして、少女は自己紹介を始めた。
「私、色川ヒカリっていいます。今、初めて私のために動いてくれる人を見て……しかも、マスターの必殺技かっこよくて! 力になりたいんです! だから、できればここで働きたいです!」
「なるほど……」
栄田は少し考えるような素振りを見せると、ヒカリのお願いを受け入れた。
ヒカリからは、恩返しがしたいだけではなく私も働く中で栄田に色々と錬力術も教わりたい、私も強くなりたいんだという意図が見えた。
栄田はどこか嬉しい気持ちになった。自分に憧れてくれているという感覚が、まるで孫の成長を見守るような気持ちにも似たものだったのだ。
「それでは、今度面接を行いましょう。ユウヤ君達もぜひまた来てください。あとこれ、お土産です」
栄田はクッキーを3人に手渡した。3人はお礼を言いドアを開けると、カランカランとお洒落な音がお見送りをしてくれた。
帰りの電車内では授業の話で持ちきりだった。
キャンパス復旧や安全確保のため当面オンライン講義ではあるが、この授業がどうだとかあの講師がどうだとか、普通の大学生と何ら変わらない話で大盛り上がりだ。
ただ、3人の心の中では打倒・ヒビキの闘志の炎が熱く燃え上がっていた。絶対強くなって再び挑み、決着をつけてやる。3人の目標は一致していた。
ユウヤはタケトシ、カエデよりも遠くの駅の近くに家があり、順々に2人が降りていった後はスマホを見ながら目的地への到着を待っていた。周りにもほとんど乗客はいない。
すると、ユウヤのスマホにメッセージが入ってきた。送り主は友達のアキヒコだった。
“ユウ、急にすまん!
さっき公園で、サングラスに顎マスクの怪しいチビが鳥岡がどうのこうのって電話で話してた!明らかにユウのことだわ……
多分ユウのことを恨んでいる人が何人かいて、「ご命令」「チーム・ウェザー」「鳥岡の野郎」みたいな単語並べてた!
くれぐれも外出時は気をつけて!何かあれば言ってこいよ!”
「何だ、これ?」
ユウヤが呆然としていると、隣から聞き慣れない声で「どうやら、禁忌に触れたようだね」と声がした。
驚いた鳥岡はその男から距離をとったが、その男は相変わらず意味ありげな言葉を並べた。
「キミはヒビキ様に歯向かった。それは紛れもない重罪だよ」
「一体何だ、なぜそのこと知ってるんですか」
「そりゃあ、ボクはそのことで出張させられているからね。具体的にはキミを消すため」
「……誰だ、お前!」
「僕はアパタイザー。本名じゃないけどね。ここじゃアレだからさ、一旦次の駅で降りてすぐの公園でお話しようよ。さもなければカエデとタケトシがどうなるかな」
「……何で知ってんだよ! わかった、電車降りりゃいいんだろ!」
ユウヤとアパタイザーは公園のベンチに腰掛けた。ユウヤは依然としてアパタイザーのことを警戒している。一体何者なんだ?アキヒコが言ってた“オレのことを恨んでいる人”はこいつなのか?なぜ友達の名前を知っているんだ? 下手に動いたら、壊されるのは大学だけでは済まないかもしれない。
「キミにはね、1つ提案があるんだ」
アパタイザーは笑顔で人差し指を立て、ユウヤに見せつけた。
「何だ、提案って」
「ヒビキ様に降伏してさ、錬力術排除に協力してよ。例えば車とか銃とかってさ、認められたり限られた人しか使用を許されないじゃん、だって危ないもん。錬力術も同じ。“正しく力を管理できる者”だけがそれを利用できるべきじゃない?」
アパタイザーの顔は満面の笑みだ。一切の悪意を感じないし、心からこれが正しいと思っての発言なんだろう。確かに、先程のカフェに入ってきた強盗、彼らも錬力術を使っていた。悪用する者がいるのは事実だ。
ただその無邪気な態度や言葉がユウヤの神経を逆撫でしていた。大学を壊し、無差別的に攻撃を仕掛けたのが“正しく力を管理している”だと?どう考えてもヒビキは“力を利用した事件を起こした側”だろ?
ユウヤはアパタイザーを睨み、拳にも力が入る。眉間にシワが寄り、肩が震え、息も荒くなっていた。しかし、それでもなおアパタイザーは続ける。
「なんで怒る? ボクたちは正義なんだ」
「……オレたちはヒビキに、そしてお前らに日常を壊された」
「だーかーら! それが正義なの。受け入れられない、っていうのならそれ自体が悪……潰すよ、キミ」
「……来いよ」
のどかな公園で、1つの戦いの火蓋が切られた。
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