第6話 百戦錬磨のカフェマスター

 ユウヤが目を覚ますと、そこには心配そうにこちらを見ている顔があった。それはカエデとタケトシだった。


「よかった、生きてたんだね……!」


「無茶しやがって! ホントよかった……」


「そうなのか……それにしても、なんでオレここに?」


「運ばれてきたんだよ、先生に。あと今回の事件を受けて当面の間授業はしばらく休講、その後もリモートなんだとさ」


「そ、そうなのか……ならあいつらにリベンジに行けるな、って痛え!」


 ユウヤが起き上がろうとすると全身に痛みが走った。袖の隙間からは腕の大きな傷が顔を見せており、胴体や足は服で隠れているものの、火傷や打撲の跡が所々に作られていたのだ。これらの全身の傷はヒビキとの戦闘がかなり激しいものであったことを物語っていた。


「無理しちゃだめだよ! 待って、治してみるね。“アロエ”」


「あ、ありがとう……マ、マシになったヨーグルト」


「ん? ヨーグルトって言ったか?」


「いや、忘れてくれ。スベったし」

 

 ユウヤは心配をかけまいとジョークを交えながら感謝の言葉を口にしたが、心の中ではヒビキに対する怒りの炎が燃え上がっていた。

 ある日突然大学生活を壊されたことはもちろん、周りを見渡してみると無差別的に攻撃を受けたであろう学生たちが痛みに苦しんでいるのが目に耐えなかったのだ。また、それと同時に自分自身への怒り、後悔があった。


 なぜ自分は負けてしまったのか。なぜ自分は土壇場でしか高出力の錬力術を扱えないのか。ユウヤは傷が癒えたら、再びヒビキを探し出してリベンジするつもりだ。再び友達に心配をかけるようなことはしたくないが、それでも、そうでもしないと気持ちの整理がつきそうになかった。


「ごめん。今度あいつ探し出すつもりなんだ。こんなことされて黙ってられるか?

 それに朝の授業であんなこと俺がしなければ……ここまで酷くならなかったのかも」


「ユウヤ……」


 タケトシは暫く何かを考えるような顔になると、こう口を開いた。


「分かった。でもまずは普段の錬力を鍛えるべきだと思う。俺に知り合いがいるからさ、今度の日曜、駅前集合で。月村さんは巻き込みたくないからさ、安全なところにいてほしい、です。それじゃ」


 カエデはうんと小さく頷いつつも何かを考える素振りを見せながらユウヤに私も行くとタケトシにバレないように小声で告げた。ユウヤは少し驚いた表情になったが、5秒ほどしてありがとうと小声で返し、互いにグータッチを交わした。



 約束の日はすぐに訪れた。ユウヤとタケトシが合流して歩き出そうとしたその瞬間、2人を呼び止める一人の少女の声がした。

 その声の主はカエデだ。タケトシは好きな人と会えたという嬉しさと、まさか一緒に打倒ヒビキを一緒に目指すのかという心配が入り混じった顔を見せ、一方ユウヤは来てくれたか、とニヤリと笑った。


「ま、まさか呼んだのか」


「いや、自らさ」


「待たせてごめんね、一緒にヒビキ倒そう!」


 ユウヤとカエデはタケトシに連れられ、“知り合い”のいるところへと向かった。どうやらタケトシが幼い頃通ってた武道塾の師匠らしい。

10分ほどだろうか、歩いたところに建っていたのはカフェだった。


「ここが道場?カフェにしか見えないけど」


「け、兼業なんです。カフェのマスターと武術の師匠」


 自信満々にタケトがドアを開けると、カランカランという音と同時におしゃれな空間が広がっていた。部屋に漂うコーヒーやパンケーキの匂いは食欲を強烈に、かつ優しくそそる。


「いらっしゃい。話は聞いておりますとも」


 シャツに黒いベスト姿、スラックス姿のおじさんがカウンター席へと3人を誘った。そのシャツからは、かなり鍛えてるであろう発達した筋肉が顔を見せており、ユウヤは思わずその腕に見とれた。


「私は栄田と申します、以下お見知り置きを。あ、これサービスです」


 栄田は3人にコーヒーを振る舞った。少し苦味を抱えつつもほのかな甘味と旨味か後から突き抜けてくる。苦いものが苦手で飲むのを躊躇っていたユウヤも気付けば1杯飲み干していた。


「これは皆さんをイメージしてブレンドしたコーヒーです。今は苦境に立っていたとしてもいつか大成できます。ではその第一歩を、どうぞこちらへ……」


 栄田はカウンター裏の食器などを収納している棚を引っ張り出し、そこに隠してあったドアを開けた。どうやら隠し部屋があるらしい。

 3人が栄田に連れられて部屋に入ると、そこには無数の傷が付きつつも頑丈そうな壁に囲まれた武道部屋が広がっていた。

 ユウヤがその部屋に釘付けになっていると、気がつけば栄田はシャツをおもむろに脱ぎ、左足を包帯で厚くぐるぐる巻きにした道着姿で仁王立ちしていた。


「カフェのマスターは仮の姿、武道も心得ております。さて、まずはユウヤ君。私と一戦交えましょう」


「ならば、一瞬で畳み掛けるぜ!」


 ユウヤは突風の如き自慢の足で駆け寄り、栄田と間合いを詰めた。そして右腕に力を集中させ、アッパーを繰り出すと見せかけ回し蹴りを食らわせた……と思いきやそこに栄田の姿は無く、ユウヤが辺りを見渡しているところで肩をツンツンとつつかれた。

 俊敏。1つ1つの動きに無駄がなく、そして全てが計算しつくされたかのように先回りをされる。


「確かに速い。だけど、隙が丸見えですよ!」


  栄田は叫ぶと同時に矢のように鋭い水を体の上に3つ浮かべ、一度にユウヤに向かって放った。その矢は鋭角の軌道を描き、ユウヤの肩、肘、膝に突き刺さった。


「ぐぁっ! なかなか効くぜ……」


「水は時に優しく、そして時に荒れ狂う……! 油断してると足元救われますよっ!」


 そう言うと栄田は水で剣のような形を作り、ユウヤに向かって構えた。そして獲物を狙う獣のようにじっとユウヤを見、その刹那、鋭い眼光とともにユウヤにその剣で斬りかかった。


「諸刃の剣!」


「う、うおおっ!」


 ユウヤは慌ててジャンプして避けようとしたが、その避けた先には先程の矢が待ち構えていた。


「三本の矢、これでチェックメイトです!」


「よ、避けられない!」


 再び矢がユウヤに突き刺さった。


「そこまで! 勝者、マスター・栄田!」


 審判が栄田の勝利を告げた。


「なかなかの才能をお持ちのようですね、ユウヤ君。なにより動きが速い。ですが、今のあなたは猪突猛進……短期戦に持ち込もうとする癖を治すべきかもしれません」


「ありがとうございます」



「さて、次はタケトシ君。久しぶりですね、こうやって勝負するのは」


「へへ…そうですね。最初から本気で行きます、火山弾ガトリング!」


「これは……あの技でしょうか」


 タケトは力を貯め、20個ほどの燃える石を火山が噴火したように栄田に無差別的に放った。


「ふぉぉっ!」


 全てとまではいかなかったが、多くの石が栄田にヒットした。タケトシは自慢げにオレの技はどうだとでも言いたげな顔だ。


「やはり威力はあります。しかし、既知の技に無対策だとお思いですか? 防御は、最大の攻撃でもある……今のダメージを跳ね返します!」


 栄田はタケトシがやったのと同じように石を作り出し、タケトシに向かって解き放つ。


 なんと、それは全てタケトシに命中した。そして無常にも審判は栄田の勝ちを宣言した。


「タケトシ君も昔よりかなり強くなっていますが。1つのことに拘りすぎるといけませんよ」


「は、はい。ありがとうございます」


「……どうです? お嬢さんもやってみますか」


「お、おねがいします!」


 カエデも一戦交えることにした。タケトは心配そうに、そしてユウヤは楽しそうにカエデと栄田の戦いを観戦している。

 栄田とカエデは位置に付き、再び審判が始めを宣言した。


「今回は私から行きますよ! 三本の矢!」


 またまた、栄田の周りに3本、水の矢が浮かび上がる。しかしカエデも動じたりせず、じっと矢を観察し、こう叫んだ。


「ヒイラギ!」


 するとカエデを地面から床を突き破って現れたトゲトゲとした巨大な葉がカエデを包み、飛んできた矢をすべて防いだ。


「なかなかですね」


「今度はこっちから。ホウセンカ!」


 カエデの周りに小さな種が無数に現れた。そして弾け飛んだが、1つも栄田に当たらない。


「どういうつもりだ?全く命中してないぞ」


(いいえ...何かあります)


 栄田は真剣に1つ1つの種の軌道を目で追っている。弾け飛んだ種は部屋中をビリヤードの球のように跳ね返っては垂直方向にある天井、壁や床に向かって飛びかかりは跳ね返りを繰り返す。

 そして、すべての種が全方位から同時に栄田を狙って飛びかかり、爆発した。


「「「やったか!」」」


 3人は勝利を確信した……が、煙が薄れると栄田は平気そうに立っていた。


「工夫しましたね、お嬢さん。名は?」


「月村カエデです」


「カエデ君。今の技はこのような閉鎖的な空間では実に強い。ですが……」


 カエデは何かを察したような顔を見せると、その瞬間栄田は見るからに大技を繰り出そうとしていた。


「行きますよ!背水の……」


 すると、部屋の外から複数の怒号と女性の悲鳴が聞こえてきた。


「な、何だ!?」


「これでは“花に嵐”、ですね。申し訳ありませんが稽古は一旦中止です。何者かが騒ぎを起こしているようです」

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