第5話 青天の霹靂
真銅とユウヤが現場に駆けつけた瞬間大音量かつノイズ混じりのアナウンスが構内に響き渡った。
《学生の皆さ...に緊急で案……ます! ただいま、キャンパス内に何者かが侵……し、建……などに無差別的に攻撃し……す! 直ちに学生のみドカアアアアアン!ザーーーー》
そのアナウンスも途中で爆音と共に途切れ、周りからはパニックになった学生の声が響き渡った。
「行きますよ」
「……はい」
真銅とユウヤの考えは一致していた。簡単に止めさせられるような相手ではないが、無差別攻撃を止めなければ本当に恐ろしいことになってしまう。だから、やるしかない。
急いで落雷があった場所に向かうと、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。キャンパスを華やかに彩っていた桜の木々は燃え盛り、道は黒く焦げ、周りの建物である2号館が火事現場と化し、そして何より攻撃を受けたであろう多くの学生が倒れている。
2059年4月某日。多くの学生がそれぞれの青春を歩み、未来に向かって歩む平和な日常は、この日壊れてしまった。当然、周りの学生は悲鳴を上げてパニック状態となり、あちこちを逃げ惑っている。
「何だよこれ……」
「ここまでされてしまうとは」
すると、そこに数人の学生が駆け寄ってきた。
煙やごった返している他の学生達で姿がよく見えなかったが……かなり近づいてようやく誰かわかった。カエデ達だった。
「ちょっと大丈夫だった!? すごいことになってるから慌ててきちゃった」
「ユウヤ探したぞ! 野球サークルのメンバー達はもう避難したらしい、お前も逃げるぞ!」
「……ごめん、俺することあるわ」
「何言ってるんだ! お前、まじで死ぬぞ!」
「……これ、ある意味オレが招いたことだからさ。でもオレさ、追い込まれたらすげぇじゃん? 先に逃げなよ、お前らこそ死ぬぞ」
「ユウヤ……」
「言っても聞かねぇよ、こうなったら……絶対後で来いよ」
そう言うとタケトシとカエデは地下駐車場の方へと向かって駆けていった。
「もしかしたら……ごめんな、ありがとう」
2人を見届けながらそう呟くと、“犯人”らしき者へと真銅とユウヤは向かっていった。そこには優雅にこの地獄絵図を眺めている男がいた。
「この悲鳴と日常が壊れる音! まるでオーケストラを聴いている気分です」
「この声、さっきの不審者!」
「……ほう、私に何か用ですか」
「自己紹介をいたします。私は“あのお方”のご意向で活動しております、東雲ヒビキと申し……おやおや、あなたは先程私に歯向かってきた方ですね……許さねぇぞ、ゴルァ」
ヒビキの先程までの物腰柔らかな口調と顔つきから豹変し、鋭い目つきでこちらを威嚇してきた。その様子はまるで夕立ちのようだ。
「さっきは不意をつかれて一時退散とさせられたが……二度目なんてねぇからな、“オレの顔は一度まで”なんだ」
「へ、へぇ。怖いじゃないの、ヒビキさん」
「“おヘソ取るだけ”じゃ許さねぇ。お前を焼き消し灰にする、迅速にな」
そう言うとヒビキは目で追うのがやっとな俊敏な動きでこちらに襲いかかってきた。鋭い。まるで雷のような眼光が確実にこちらを刺してくる。恐ろしさからか彼の体格よりも何倍も大きく錯覚した。その姿は獲物を狙う猛禽類のようだ。その刹那ユウヤは悟った。油断すると確実にやられる。急いで応戦しなくては……
「鳥岡君、早くしなさい!」
「ク、クイックモーションだぁぁぁ!」
ユウヤは慌てて力を貯めもせず風の球をヒビキに命中させた。しかしヒビキはびくともせずにそのまま突進し、ユウヤを弾き飛ばした。
「ぐぁぁっ!」
「さっきの威厳はどうした? もっと真剣になれよ、オレたちからすりゃお前は立派な賞金首だぜ?」
そう言うとヒビキは腕から雷のような光と放電音を放ちながら、ユウヤに向かって歩き出した。
「もう一度投げてこいよ、ライナーって言うんだよな、確か。強烈な打球をお前めがけてぶっ放してやる」
「や、野球知らねぇのか……それにしても強すぎる、火事場のオレでさえ歯が立たない」
「当然だろ? 一般人とオレ達は月とスッポンなんだ。それに、オレ達はヤキューとかいう人間の興行には無関心なんでね」
そう言うとヒビキはユウヤに向かって再び突進してきた。やはり速い。もはや音すら置きざりにしてもおかしくないほどに。正直、ユウヤの心の中は恐怖でいっぱいだった。それでも、ユウヤは恐怖とは逆にヒビキに向かって走り出した。
(せめて、他のみんなを守らなくては……)
「ほう、スピード勝負か」
ヒビキも負けじと走り出した。
「どちらも速い。だけど、鳥岡君より相手の方が一步、いや二歩は
真銅は雷と風が激突する様子をじっと見ていた。真銅はその勢いに圧倒されていたのだ。もちろん、本当にユウヤの命が危ない状況になれば、自分自身もすぐに応戦するつもりであった。
「ぶっ飛えええええ!」
ユウヤがパンチを繰り出そうとした。ヒビキがそれを避けようとしてかがんだその瞬間、ユウヤは足に精一杯の風を纏い、横蹴りを食らわせた。
その錬力を込めた蹴りがヒビキの横っ腹めがけて炸裂した。ヒビキは意表を突かれたのかカードすることすらできず、腹を抑えてもがき苦しんだ。だがすぐに立ち上がると、さらにユウヤへの殺気は増した。一方ユウヤもそれに怖気づかず、さらに攻撃を続ける。ユウヤは風の球を急いで作りヒビキに叩きつけようとしたが、ヒビキは今度はその攻撃を後ろへと弾き返した。そして間合いを取ったと思いきや、いつの間にかユウヤの腹に正拳突きと蹴りを合わせて5発食らわせた。
「んぐぁ!」
見えなかった。間合いを取ったと思ったその瞬間、痛みが同時にユウヤを襲ったのだ。全身をさすりながら顔をあげると、いつの間にか目の前にヒビキは立っていた。再び強烈な痛みが正確にユウヤの腹に命中し、そして腹を抱えながら倒れ込んだ。
そして、ヒビキは先程の落雷を自身の後ろに落とした。これからお前を仕留める、その合図なんだろう。ヒビキはニヤリと一瞬不穏な笑みを浮かべ、助走をつけてまたまた突進してきた。
(タケトシ、カエデ、サークルのみんな……親父にオカン……ごめん、勝てなかったや)
ユウヤは、静かに目を閉じた。その瞬間だった。
「チャコールバインド!」
真銅は寸止めでなんとかヒビキを抑えた。
「グッ……横のババァもこんなに能力使えるのかよ! それにしても、こいつなかなかに強ぇ……」
(この東雲ヒビキとかいうヤツなかなかの実力者、少しの間抑えるのがやっと……)
「鳥岡くん! はっきり言って今のあなたには勝てる相手ではありません! やっぱり今のうちに……避難しなさ…きゃあっ!」
真銅はヒビキに弾き飛ばされた。
「せ、先生!」
「このババア! お前もユウヤの後で始末してやる」
ヒビキは唾をペッと吐き捨て、ユウヤの方へと一歩一歩向かってくる。殺意に満ちた顔で、どんどんと。
(先生はオレを守ろうとしてくれた。ここでオレが諦めるなんて……せっかくなら、当たって砕けてみるか)
ユウヤは再び意識と力を体の前に集中させた。
(ん? あれは昼前の?)
ヒビキは講義中に襲いかかったときのことを思い出した。周りの物を大きく舞い上がらせ、気流がでたらめに乱舞しだす技……あれは確実に“あの技”だと。
(一か八か、これで決めるしかない)
「まぁ、ここで完全に始末されるんだけどな、お前」
ヒビキは2発、自身の背中の後ろに雷を落とした。それは死刑宣告にすら見えた。そして、左腕を光り輝かせながらゆっくりと近づいてきた。
「もし倒しきれなければ……」
ヒビキはどんどん近づいてくる。そして、腕の光も強さを増す。
「きっと、皆も一緒に天国行きだな」
ヒビキは立ち止まったかと思うと、再び突進してきた。
「いや、やっぱゴメンだ! こんな状況を招いたオレが対処しきれぬ罪で地獄行きなんてなぁ!」
「焼き焦がす、下民がああぁ!」
「ありったけを絞り切る! 時速250キロ、本気の本気の、タイフーン……ストレエエエエト!」
雷と風がぶつかり合い、爆発音とまばゆい光が辺りを包んだのだった。2人の姿は煙で未だに見えない。
「鳥岡君.....!」
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