第2話
僕たちは人気のない路地裏を飛び出した直後、人混みにあふれた大型ショッピングモールの近くにやってきていた。
「ここが現場のようですね!」
現在イケメンの形態をとっているゴンザレスは、人が多いこの状況でも非常に目立っている。しかもよく見ると、手には女児向けのコンパクト型のおもちゃのようなものを持っているものだからそれはもう、よく目立っていた。その上、そのコンパクトは妖精姿から人型になる前に、兎のような耳が生えている頭頂部の辺りからどこからともなく取り出されたものなのだ。そのせいもあるから、僕もコンパクトの方ばかり見てしまうのは不可抗力だ。
「緋流様? もしかしてこのコンパクトの出動要請の警報音、デカすぎましたかね? 耳大丈夫です?」
「……いや、大丈夫だ。というかその呼び方も目立つから、そんなにかしこまらなくて良い」
「でしたら、緋流さんと呼ばせていただきます!!」
なるほど、ゴンザレスはどうやら視線には極端に鈍感らしい。一緒にいると周りからの視線や騒めきが気にならないでもないが、僕もこれ以上は気にしないように努力をしようか。
「それでは、まずは」
まあ……そうは言っても、いつの間にか背負っていたやたらと大きなリュックサックからピンクの縞模様の棒が出てきたら気にしないのは、無理じゃないか……?
「このステッキの使い方をレクチャーしてもらうところからですね……」
取り出しただけで一仕事したような表情をしたゴンザレスと並んでいると、どうにも周囲からの視線が痛い。僕自身、普通とは縁遠い自覚はあるが、人の視線にも縁遠い日常だったので、現状は個人的にかなり落ち着かないのだが……というか、
「レクチャーしてもらうとは?」
「そのままの意味ですよ。はい、こちらのステッキをどうぞ。ほんとはこいつに頼りたくないんですが、マジカルアイテムだし使わないとそもそも変身ができないので仕方なく…………」
「ちょ、またこんなところで出すとか、相変わらず頭おかしーし。やりずらいっしょ、説明が」
「…………」
……ステッキとは、喋る物だっただろうか?
「全く、ステッキのお前がギャルっぽく喋る時点で世界観ぶち壊しなんですからね!! でも言ってもどうせ聞かないから、もう重要なところだけマジカルなら良いんですよ」
「でたよこのマジカルオタク……っと、あんたが今度のマスターね。よろ~」
そうか、世界観はともかく、ステッキが話すこと自体はマジカル?だから良いのだろうか。……まあ、もう良く分からないから、一先ずは考えずに彼らに従おう。だがその前に、一つだけ確認しておこうじゃないか。
「ああよろしく。でも流石にこんなに普通に話してて……大丈夫なのか?」
「大丈夫です! 周囲からは『腹話術をしている』という洗脳が自動的にかかるようになっておりますので!!」
……これで僕も、彼らと同じで目立たないという選択肢はないということが分かった。
「さあ! 早速ですが、ここは魔法少女らしく可愛らしく変身しましょう! さあさあ!!」
すでにここまで来たのなら、あとは言われた通り任務遂行することだけを考えるとしよう。だが、具体的に変身とは、一般的にどうやるものなんだろうか。
「……どうやれば良いんだ?」
「そりゃもう非常にマジカルな変身の呪文を……ああ、もし候補がないようでしたら私が考えたとっておきの呪文をですね……」
「早くしないとまずいんじゃね。何でもいいっしょ」
「じゃあ、変身」
「ちょっとスルーしないでください!?」
途端にステッキから虹色の光があふれだし、ゴンザレスの叫び以外が全て掻き消される。
「おーっ! なかなか可愛い! 良いじゃん! 良いじゃん! ほれ、鏡!」
一気に放出し、一瞬で収束した光はあっという間に消え去り、気が付けば全身がステッキと同じようなピンク色の衣装やフリルに包まれていた。僕の周りを飛び跳ねるように浮くステッキがどこからか呼び出した鏡を見なければ、僕自身もこれが自分だなどとはとても思うまい。
「本当に少女になるんだな…………」
「そこの説明聞かされてないとか、マジヤバいっしょ……」
「それは……その……色々事情があるんですよ!!! あ! ほら、コンパクトでのターゲットの位置の補足が完了しました! 早く行きますよ!!」
「テキトーすぎんだろ……」
先に飛んで行ってしまったゴンザレスに、慣れない飛行でどうにか追いつく。そこで今さらながら地上からの歓声やシャッター音が聞こえてきたんだが、大丈夫なんだろうか。
「よく考えたら、人前で変身していたが良いのか?」
「ああ、変身でピカッとなったときに、その光の影響で記憶が消されるので大丈夫です。ね、結構マジカルでしょう?」
そういうものなのか。まあマジカル……なら良い、のか?
「あ! いましたよ! 今回のターゲットです!! 緋流さんと会った時の奴らと言い、僕の他はファンシーが足りていないですね、ファンシーが!!!」
ゴンザレスが指さした先には、厳ついスーツやサングラス姿の男が一人立っていた。ゴンザレスと最初に会ったときに見た集団と同様、頭頂部から兎の耳のようなものを生やしたその男はどうやら何かを叫んでいる。
「俺は……」
「あ、今回は大した相手じゃなさそうだわ。緋流っち、魔力貰うね。はい、どーん」
しかし、何かを呟いていた男は、次の瞬間にはステッキが放った光線の餌食になった。どうやら、すでに終わったらしい。早いな。
「ちょっと、なんなんです、今のは」
「魔死軽☆衝撃波、とかどうよ」
「らしいぞ」
「なるほど、魔法だけに魔ッ殺!……って、ダメでしょおおおおおおっ!」
「早く済ませた方が良かったのでは? ダメなのか?」
「緋流さん!……あなたは魔法少女について何も分かっちゃいねーですよ。たとえどんな事情があろうと、魔法少女を名乗るなら最低限、守るべきもんがあんですよぉ……」
「そうなのか。それは一体……」
「そんなもん、ラブリー、プリティー、キューティーの三つしかないでしょうがああああ!」
「あー、また始まった」
うんざりしたステッキの言葉など耳に入らないかのように、ゴンザレスが持論を叫び始める。何を言っているのかは、相変わらず良く分からないが。
「これじゃあどれも足りてないでしょうがああああ!」
「そうか……なら、そいつの方で何かファンシー?な要素とかはないだろうか」
「無理無理。こいつの罪状は……不法滞在だってさ」
ビームを喰らって転がっている男は、どうやらフェアリーランドからの密入国者らしい。これはまあ…………ファンシーじゃないだろうな。
「そうか……」
「緋流さん。良いですか。様式美です。大切なのは様式美なんです」
「すまないが、実はそういった類のこと、僕にはよく分からないのだが……」
「そうおっしゃらずにぃ!」
「あー相変わらずこの妖精やかましいすぎるんですけどー?」
「はぁ~? 見掛け倒しでダメダメなステッキは黙っててくれますぅ~?」
正直、良く分からないことは多い。いや、分からないことしかない。だがまあしかし、暗殺しているよりは幾分かは楽しい……かもしれない。
魔ッ殺!魔法少女マジカル☆(キラー)緋流 陸原アズマ @ijohsha_s
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