魔ッ殺!魔法少女マジカル☆(キラー)緋流

陸原アズマ

第1話

「はっ……」


瞳を閉じると、暗闇が視界を包んだ。遠くから聞こえる、怒号と大勢の人間の足音が騒がしい。寂れた裏路地で体を丸めると、わき腹の傷が刺すように痛んだ。生まれてこの方、ここまで深手の傷は今まで負ったことが無い。ここに逃げるまでに血も失い過ぎた。


「ついに、僕の番」


死ぬのは怖くない。今まで人にしてきたことが、自分の身に返ってきただけだ。そのはずだった。なのに僕はどうして、こんなに必死に――


「あぁっ! それはっ! それだけはご勘弁をォっ…………!」


裏社会の取引や密売で下っ端が失敗でもしたか、幻聴かどうかも判然としない声がどこかから聞こえてきた。そろそろ意識が朦朧としてきた。体も目蓋も重たいが、最期に自分の視界に映るものを確かめるのも悪くないか、なんて思いながら目を開いた。


「そっ、そこのあなた!ええそう、そこで死にかけている、そこのあなたぁっ!!」


だからと言って、これは予想外だったが。暗殺だってしてきた手前、どんな状況でも今更うろたえることはないと言っても、死にかけているときに目の前でこんなものを見せられたら流石に信じられない。


『今まで見たこともないくらい顔が整っているイケメンが、動物の耳を頭から生やした極道のような恰好の男達に裏路地で囲まれている』状況、だなんて。


「イエスと! イエスと言ってくださるだけで良いんです! どうか!! 私を!!! 助けると!!!! 思って!!!!!」

「黙らんかいワレェ!?」


目が合ったサラサラストレートヘアのイケメンが、必死になって僕に語り掛けてくる。周囲の妙な男達に胸倉を掴まれてもみくちゃにされ、殴られながら。もちろん、幻覚だろうが。しかし、最期に見るものがまさかこんなものとは……だがどうせ幻覚なのだから、少々おかしなことをしたって構うまい。それに、一度くらいは人を助けてみたっていいだろう。


「分かった。イエスだ」

「そうです! 一息に、言っちゃってくださいええ一息に!!!…………え?」


手足を縛られながら騒いでいたイケメンは、突然静かになった。まるで拷問のようにボロボロのゴミ箱にイケメンを押し込もうとしていた男たちまで、こちらを凝視している。数人がかりでイケメンを押している手や、顔面を足蹴にしている足はそのままだったが。


「……私が申し上げたことですが、本当によろしいので? 良いんですか? 良いんですね? クーリングオフはできませんよ」


靴底が顔面にめり込んだままのイケメンは、真剣な表情で諭すように僕に語った。


「構わない」

「よっしゃぁ! 一名様、ご案内っ!! ご利用ありがとうございます!」


その言葉と共に指を鳴らしたイケメンが、次の瞬間光の洪水に包まれる。裏路地もそこにいた奇妙な男たちも、光と共にあっという間に見えなくなっていく。


「覚えときワレェ~……」


捨て台詞らしいおかしな言葉だけが、妙に耳に残っていた。




……頭がくらくらする。耳の真横で響いている甲高い声がやたらでかい。まるで手榴弾かと思うくらいには。


「ごめん下さ~い? もしもし? お~い?……あれ? やり方間違えたかな…………?」

「……っ」


いや、頭がくらくらしているのは単純に体を揺すられていたせいらしい。どうやら意識を失っていたようだ。体が前後に揺さぶられるまま、閉じていた目蓋をゆっくりと開く。


「おお! 良かった! 気が付かれましたね! いやー危ないところを助けていただきありがとうございました!!  私、ゴンザレスと申しますがところで契約者様、もとい緋流様には折り入ってお願いがございまして……」


これは一体どういうことだ? 気を失う前に僕が見た光景は、『今まで見たこともないくらい顔が整っているイケメンが、動物の耳を頭から生やした極道のような恰好の男達に裏路地で囲まれていた』という、十分に不思議な場面だったが……。


「ああ! 申し訳ありません、本来であればこの姿を確認してもらってから交渉して契約する流れが一般的でした故」


様子が変わっていないのは寂れた路地裏だけで、眼前には出っ歯で鼻が赤く、背中に羽の生えた兎のような生物がつぶらな瞳で僕を見つめていた。この唐突に出てきたよくわからない生物は一体何だろうか? もしかしたら、僕は死にかけて夢でも見て……いや、不思議なことに僕の傷はどうやら塞がっているようだった。


「ご安心ください! 私です! 先程助けていただいた! イケメンです!!」

「そうか」


しかし目の前の不思議な生物は一瞬だけ虹色に光輝いたかと思えば、瞬く間に先ほどのイケメンに様変わりした。……なるほど、流石に訳が分からなくなってきた。一体、どこからが夢だったのだろう?まあ、考えても分からないから、目の前の不思議生物なイケメンに聞いてみるとするか。




「つまり、君……ゴンザレスは、常に監視されていて」

「ええ、実はとある疑いを掛けられ、先程のファニーな集団である私の追っ……我がフェアリーランドの入国管理局の監視対象となってしまったのです…………」

「詳しくは言えないが、ゴンは自由を得る代わりにフェアリーランドから脱走してしまった妖精を捕まえなければならないと」

「はい」

「そこで、僕は命を救ってもらった代わりに現地協力者として必要な魔法少女になって、疑いを晴らすために共に戦ってほしいと」

「そうです! まあ、戦闘とか細かいことは、戦いながら覚えてもらえればと!」

「承知した」

「ありがとうございま……って、本当に良いんすか!?」


手渡された契約書を見ながら要約したところ、ゴンザレスが一人で百面相を始めたがどうかしただろうか。読み上げた内容に間違いはないと思うのだが。


「武器などは支給してくれるんだろう?」

「ええ、はい」

「なら何とかなるだろう。よろしく頼む」


まあ、これまでと同じで指令をこなせばいいというのであればできないことはない。それに、僕はすでに死んだようなものだ。魔法少女でもなんでもやろうじゃないか。

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