廃校奇譚

@Hoshikawa_Ginga

廃校奇譚

 日没からそれなりに時間が経ち、もうすっかり辺りが暗くなった頃。俺達四人はとある高校の校門の前にやってきていた。


「ほんとにやる気か? やめとけって」


 俺の忠告をよそに、首謀者の佐々木裕二と三井佳奈は心底楽しそうに辺りを見渡している。


「大丈夫だって。とっくに廃校になってんだから」

「たぶん電気も通ってないっしょ」


 この学校は俺達が通っている高校じゃない。同じ区内にある、今年廃校になったばかりの別の学校だ。正確には、他所の高校と合併したのでこの校舎を使わなくなった、ということらしい。


 裕二と佳奈の懐中電灯が校門の周りを照らし出す。今年三月の卒業生が最後ということで、敷地はまだそこまで荒れていなくて、校舎もまだそのまま残されている。


 解体工事の予定時期がまだ先なのか、それとも校舎は別の用途に使う計画なので残されるのか。一体どちらなのか俺は知らないし、そもそも興味もない。


「裕二と三井はどうしようもないとして。お前は誘いを断るってことを覚えた方がいいと思うぞ」

「でも佳奈ちゃんだけだと心配だし……」


 首謀者二人をどうこうするのは諦めて、四人目の方に目を向ける。雨崎光。不真面目を絵に描いたような裕二と佳奈とは正反対な、真面目で大人しいタイプの女子だ。


 俺と光は幼稚園の頃からの幼馴染で、小学校は同じだったがそれぞれ別の中学に進学した。そして俺は進学先で裕二と腐れ縁になり、光はまだ普通だった頃の佳奈と友達になり、四人とも同じ高校に入学して今に至る。それが俺達四人の関係である。


 裕二と佳奈は割と放っておいて良い気がするのだが、光をここに残して帰るのは多分マズい。かといって強引に連れて帰るのも無理そうだ。


「しょうがない。お前らが変なことしないように見張っとくか。にしても、何でこんなところで肝試ししようって言い出したんだ?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。俺達もつい最近聞いた話なんだけどな? この学校、らしいんだ!」


 そりゃあ、そんな噂があるから肝試しの舞台に選んだんだろう。


「誰もいないハズの校舎の窓からぼんやり漏れる明かり!」

「解体工事の人が作業してたわけじゃなくて?」

「廊下の窓に映る人魂!」

「外の光が反射してるんじゃないのか?」

「肝試しに来た奴が廊下で目撃した謎の人影!」

「他にも不法侵入者がいたんだろ?」


とりあえず噂の内容を片っ端から否定してみる。これで興味を失ってくれたらよかったのだが、案の定、裕二の態度はこれっぽっちも変わらなかった。


「廃校舎なのに電気がつくか? それに、肝試しに来てたんなら懐中電灯くらい使うだろ。真っ暗闇の中をうろうろしてたんだから普通じゃねぇって」

「私が聞いた噂だと、どっかの教室だけが眩しく光ってたって話だったなぁ」

「それこそ誰かが蛍光灯つけただけだろ。だいたい、どうやって校舎の中に入るんだよ。都合よく鍵が開いてるわけ――」


 中に入れないことを証明しようと思って正面玄関の扉を動かしてみると、まさかの展開が起こってしまった。正面玄関の扉が鈍い音を立てて開いたのだ。


 これには俺だけじゃなくて裕二と佳奈も驚いた様子だったが、すぐに笑いながら中に入ろうとした。


「やった、ラッキー! ほら、光も行こ!」

「わわっ……」

「あ、おい! ……ったく」


 光が佳奈に連れて行かれてしまったので、しょうがなく俺も後を追う。


 校舎内は当然のように真っ暗で、一人一つずつ持っている懐中電灯の明かりがなければ足元の様子すら分からない。暗闇に目が慣れればもう少しはマシなんだろうか。


「おい、見ろよこれ」


 裕二が見つけたのは、廊下の床面に残された赤い靴跡のような汚れだった。ただの足跡にしては明らかに不自然だ。廊下の途中からいきなり現れているし、数歩分だけ続いていきなり途切れている。


 何ともまぁ。塗料をつけた靴を直接押し当てるなり、数歩分だけ履き替えて歩くなりすれば簡単に作れる痕跡だ。


 けれど裕二と佳奈の二人は、本気で心霊現象だと思っているのか、それとも分かった上で面白がっているのか、二人してより一層テンションを上げていた。


「やっぱり何かあるんだな、ここ!」

「足跡、あっちに向かってるね! 行ってみよ!」

「おいおい……」


 二人について行こうとしたところで、光がいきなり俺の腕にしがみついてきた。


「……大丈夫か?」

「うう……相馬は怖くないの?」

「怖いぞ? おかしな奴が物陰に潜んでるかもしれないしな」


 俺が怖いと思っているのは幽霊やら何やらのことじゃない。俺達よりも先に校舎に忍び込んでいたかもしれないのことだ。


 開いていた昇降口の鍵。廊下の赤い靴跡の仕込み。噂になっている人影。普通に考えれば、誰かがこの校舎に出入りしていると考えるのが自然だろう。


 問題は、その誰かが俺達にとって危険かどうかだ。


 鍵は学校関係者や工事関係者の締め忘れで、足跡は昼間に入り込んだ誰かのイタズラで、人影は単なる裕二と佳奈の同類……というパターンが一番安全ではある。けれど、この想定はどう考えても楽観的過ぎる。


「にしても、廃校の割には意外と綺麗だな」


 ドアの小窓に懐中電灯の光を当てて、教室の中の様子を確認してみる。さすがに机と椅子は片付けられていたが、思っていたより荒れていない。


「しっかり確認しなくていいよぉ……」

「何もないって分かった方が安心できるだろ」


 こんな調子で一階の廊下を何事もなく歩き終えようとした矢先、先を行っていた裕二が驚きの声を上げた。


「うわぁっ! い、今! 今の見たか!?」

「いきなり大声出すなよ。光が心臓麻痺でも起こしたらどうすんだ」

「そ、そこまで弱くないってば。びっくりしたけど……」


 裕二は興奮を抑えきれない様子で、懐中電灯の光を廊下の奥に向けた。


「さっき見えたんだよ! ぼんやりした白い人影が!」

「マジでマジで!? ちょっと見てこよ!」


 佳奈が興味津々にそちらの方へ駆け寄る。裕二もそうだが、好奇心は旺盛おうせいなのに警戒心はどこかへ置き去りにしてしまったらしい。


「階段だ! 裕二、夏原、階段!」

「校舎なんだから階段くらいあるだろ」

「そうじゃなくって! 階段に!」


 さっさと来いとジェスチャーで要求されたので、光を腕に抱きつかせたまま、廊下の奥の階段の前まで移動する。


 ――なるほど確かに。佳奈の壊滅的語彙ごい力だけではよく分からなかったけれど、実際に見てみると何が言いたかったのか一瞬で理解できた。


 階段にも例の赤い靴跡が残されている。まるで白い人影とやらが靴跡を残して二階へ行ったとでも言わんばかりに。


「白い人影ってのがほんとにいたんなら、階段を登っていったのか、それとも……」


 懐中電灯で周囲を照らしてみるが、ここにあるのは昇り階段と中庭か渡り廊下に繋がる扉だけで、人が隠れられそうな場所はどこにもない。


 その扉も外側から南京錠か何かで施錠されているらしく、内側からは戸を開くことも鍵を開けることもできなかった。


「相馬。二階にも行ってみようぜ」

「ったく。何かあったら光だけ連れて全力で逃げるからな?」


 赤い靴跡の誘導に従って階段を登る。何事もなく二階にたどり着いたと思った直後、奇妙な音がどこからか聞こえてきた。


 ピアノの音だ。音楽として成立していないデタラメな音が数秒だけ流れ、すぐに元通りの静けさが戻ってくる。


 光は怖がって余計に力を込めてしがみついてきて、裕二と佳奈は怖さと好奇心が混ざった顔できょろきょろと辺りを見渡している。音の発生源はすぐ近く。二階の廊下に出てすぐの音楽室のようだ。


「ちょっと待ってろ」


 怖がる光をなだめて腕から離れさせ、音楽室の扉の小窓から懐中電灯の光を注いで中の様子を確かめる。


「無人みたいだな。鍵は……開いてるみたいだ」


 警戒しながら扉を開け、中の様子を直接うかがってみる。部屋の作りは音楽室らしい防音仕様だが、椅子のような備品は他の教室と同様に全て片付けられている。


 それどころか、音楽室の定番といえるピアノすら撤去済みだった。


「ピアノもないのに音がしたのか!?」


 裕二がわざとらしく驚いているが、もちろんそんなことがあるわけがない。怪談話の幽霊だって、ちゃんと現物のピアノを鳴らして怖がらせる程度の分別はあるのだ。


「んなわけあるか。どこかにスピーカーなり何なり隠してあるか、もしくは普通にだろ」

「アレ?」


 懐中電灯の明かりを天井すれすれのところに振り向ける。俺が照らしたのは、いわゆる校内放送用のスピーカーだ。


「けどよ、他のとこからは聞こえてこなかったよな。こういうスピーカーって狙った教室だけに流せたりするんだっけ?」

「さぁ? そういう仕組みになってるところもあるんじゃないか? もしくは廃校なのをいいことに改造でもしたか」

「うーん……ていうか! そこだよそこ! 廃校なのに電気通ってるわけねーじゃん!」

「確かめてないだろ? まだ後片付けとかの作業が残ってんなら、電気くらい使えるようにしててもおかしくないと思うぞ。蛍光灯は付いたままだし、スイッチでも入れてみたらハッキリするだろ」


 そう言って蛍光灯のスイッチを探してみたが、何故かどこにも見当たらない。普通は壁のどこかに備え付けられているはずなのに。


「ひょっとしてこれの後ろじゃない?」


 佳奈が首を傾げながら、部屋の入口付近を懐中電灯で照らし上げた。


 見ると、大きくて重そうな棚が扉のすぐ隣に置かれている。確かに普通の教室なら蛍光灯のスイッチはあの辺りにあるはずだ。


「完璧に塞がれてるな。てことは、やっぱり……ん?」


 ふと視線を動かしてみると、棚の隣の床に棚を引きずって動かしたような跡と、折れ曲がったA4サイズのプリントらしきものがあった。


 俺は何となくそれを拾って懐中電灯で照らしてみた。日付は去年の春頃。閉校のための色々な作業を優先するという理由で、毎年恒例のとある学校行事が中止されることを告知している。


 恐らく学校中に何枚も張り出されていたプリントで、こいつは何かの拍子に棚の後ろに入り込んで回収されなかった一枚だろう。


「なるほど……もしかしたら」

「次はどうする? このまま上に行くか? それとも二階の廊下も通ってみるか」

「んー、私は二階も見たいかな」

「……っておい、完全に遊び感覚だな」


 そもそも裕二と佳奈は肝試しのためだけにここに来たのだから、遊び感覚なのは当然といえば当然ではある。


 二人の行動には正直呆れ気味だったが、今更引き返すわけにもいかない。俺は光を連れて二人の後をついて行くことにした。


 その矢先、佳奈の懐中電灯が教室の扉の小窓を照らしたかと思うと、先を行く二人が同時に悲鳴を上げた。


「うわあっ!」

「きゃあっ!」

「どうした!?」


 悲鳴の理由は駆け寄ってみてすぐに分かった。小窓の向こうに真っ白な頭蓋骨が浮かんでいる。光は悲鳴にもならない声を漏らしながら、あわあわとこの場から逃げ出そうとした。


「が、がい、がいこ……」

「落ち着けって。ここは理科室で、あれはただの骨格標本だぞ?」


 光を引き止めながら、改めてガイコツを懐中電灯で照らす。頭蓋骨は宙に浮いているわけではなくて、扉の近くに置かれた骨格標本の頭がちょうど小窓の高さに位置しているだけだった。


「……ほんとだ、よかったぁ……」


 ほっと胸を撫で下ろす光。佳奈は何が面白いのか骨格標本を指さして笑っている。そして裕二は好奇心丸出しといった様子で俺に話しかけてきた。


「何かさっきから謎は全て解けた!って顔してるよな」

「まぁな。どこの誰の仕業かは知らないけど、わざわざこんな手間の掛かる仕込みをしてる理由なら何となく」

「マジか? どーいう理由なんだ?」

「肝試しが終わったら教えてやるよ」


 俺としてはさっさと切り上げて欲しくてこう言ったのだが、裕二達は予定通りに肝試しをやり終えるつもりしかないらしく、これからどんなルートで校舎を巡るのかを話し合い始めた。


 結局、このまま廊下を直進して二階を制覇、階段を登って三階に行き、反対側の行き止まり――つまり音楽室の真上の教室をゴールにするということで決まったようだ。


「んー……何も起こんねぇな」


 三階の廊下の途中まで来たところで、先頭を行く裕二が不満そうに呟く。今のところ、俺達を脅かすようなは理科室の骨格標本を最後に出てきていない。


 俺の予想が正しければ、この学校の仕掛けはまだまだ準備中で、三階までは手が回っていないのかもしれない。ひょっとしたら三階は最初から範囲外ということだってあり得る。


 それと気のせいか、ずっと怖がってばかりだった光も少しずつ落ち着きを取り戻してきたような気がした。


「ん? なぁ、相馬。あの教室おかしくねぇか?」

「おかしいって何が……ああ、言われてみれば確かに。ドアの隙間からちょっと光が漏れてるな」


 真っ暗な廊下の奥、ちょうど音楽室の真上に位置する特別教室の扉の周辺が、ぼんやりと明るさを帯びている。


「なるほど、仕掛け人はあの部屋かな」

「よし、行ってみるか!」


 裕二が歩きを早めようとした直後、俺達の真横の窓が急に明るくなった。全員の視線が自然と窓へ向く。けれどすぐにそれを後悔することになった。


 不自然な光を背景に、人が落ちていく。俺達の学校とは違う制服を着た女子生徒。頭を下に、こちらを向いて、目を見開いて落ちていく。


「いやああああっ!」


 光の悲鳴が廊下に響き渡る。俺は真っ暗に戻った窓を開けて身を乗り出し、校舎の下に懐中電灯を振り向けた。


 地面には何の痕跡も見当たらない。窓の真下、グラウンドの隅には数台の車が停められているが、屋根に何かが落ちたような様子は全く見当たらなかった。


「やりすぎだ、くそっ!」


 うずくまって怯える光を抱き起こし、廊下の奥へ早足で向かっていく。


「お、おい相馬、どこ行くんだよ」

「決まってるだろ。タネ明かしだよ」


 奥の教室の扉から漏れていた明かりは、いつの間にか消えていた。しかし俺は構わず扉に手をかけ、勢いよく開け放った。


「ひっ!」


 光がまた俺にしがみついてくる。真っ暗な特別教室の隅では、青白い生首を乗せた小さなテーブルが淡い明かりに照らされていた。


 生首の目がぎょろりと動き、恨み言を呟くように口を動かす。


 俺は生首に驚かされている三人を尻目に、手探りで入口の横の蛍光灯のスイッチを探し、すぐさまスイッチをオンにした。


「あっ」


 天井の蛍光灯が一斉に点灯し、教室のありのままの姿が照らし出される。


 四方を囲む暗幕。無造作に積み上げられたダンボール。足の間に板状の鏡が取り付けられたテーブル。それに開けられた穴から首を出して、やられたと言わんばかりの顔をしている見知らぬおじさん。


 シンプルな仕掛けトリックだ。三本足のテーブルの足の間に鏡を取り付け、鏡に壁だけが――この場合は暗幕だ――映るように位置を調節し、テーブルに開けた穴から首を出す。そうすると、正面から見ればまるでテーブルの上に生首が乗っているように見えるのだ。


「多分この学校のOBの人ですよね。それとも先生ですか?」

「えっ、そこまでバレてるのかぁ」


 生首役をしていたおじさんがテーブルの下からのっそりと出てくる。それと同時に、ダンボールの陰から何人もの男女が次々に姿を現した。


 年齢も格好も十人十色。白髪の人もいれば女子大生くらいの女の人もいる。俺にはみんなごく普通の人にしか見えないし、事実そうなんだろう。


 光達は全く状況が飲み込めずにぽかんとしている。仕方がない、一から説明するとしよう。


「この人達は、今年はできなかった恒例行事の肝試し大会の準備をしてるんだよ」


 さっき音楽室で拾ったプリントを光達に広げて見せる。校内肝試し大会中止のお知らせ。掲示されていた日付は今年の春頃だ。


「そうなんだよねぇ」


 生首役の人が困ったように笑い、準備の参加者達が口々に事情を説明し始める。


「夏休みに校舎全体をフル活用した肝試しをやるのが恒例だったんだけど、今年は閉校のあれやこれやで忙しくて中止になったって聞いてね」

「あんな楽しいイベントをやらずに終わるなんて、今年の一年生が可哀想でさ」

「校舎のリフォーム工事は秋からなんで、今のうちに同窓生の有志で準備してやっちまおうって話になって」

「もちろん、ちゃんと許可は貰ってるからね?」


 おおよそ俺が想像したとおりの説明だった。恐怖を煽るイベントが連発したのは当たり前。校舎に入った人間を怖がらせるため、念入りな準備をしている真っ最中だったのだから。


 俺は無断で侵入したことと準備の邪魔をしたことを謝り、しばらく部屋の隅で休憩させてもらえるようにお願いした。


 そして、ここに来て他の三人もようやく現場を理解し始めたらしく、疑問を口々に俺へ投げかけてきた。


「お、おい相馬。じゃあ校舎の窓の光とかは……」

「作業中の部屋の蛍光灯だろうな。ほら、窓に黒いビニールを貼って、その上から暗幕を被せてるだろ。ぼんやり光ってたのは暗幕を被せる前に、眩しく光ってたのはビニールを貼る前に目撃されたんだろうな」

「白い人影ってのは……?」

「そりゃあ、幽霊役の人が明かり無しで歩き回る練習でもしてたんだろ。多分あの人じゃないか?」


 仕掛けの準備作業を再開した面々の中に、頭から白い布を被った白ずくめの男が一人混ざっている。ご丁寧に顔まで白塗りだった。


 肝試しで幽霊役がライトを持っていたら興ざめだ。真っ暗闇でもちゃんと行動できるような練習は必要だろう。


「じゃあさじゃあさ、真っ赤な足跡って?」


 今度は佳奈が俺に顔を近付けてきた。


「本番のときのルートの誘導用じゃないか? 赤い足跡をたどって進んで下さいって感じでさ」

「なるほどぉ。あともう一個気になってたんだけど、音楽室のピアノの音って、どうやってあんなにタイミング良く鳴らしたのかな」

「タイミング?」

「ほら! 私らが二階に着いた途端に鳴ったじゃん!」


 ああ、そのことか。


「偶然だろ。どのタイミングで鳴っても『どうしてあんなにタイミング良く』って思ってたんじゃないのか?」

「まさかそんなー……ことはある、かも?」

「だろ?」


 恐らく、あのときの一連の流れはこうだ。まず一階にいた幽霊役の人が俺達を発見し、二階に行きつつスマホか何かで他のメンバーに連絡。それを受けて放送室へ移動している間に俺達も二階へ到着していたわけだ。


 タイミングの一致はたまたまで、仮に音声が流れるのがもう少し早ければ、佳奈はきっと『階段を登ろうとしたところを狙って流した』と思い込んでいたんだろう。


「それで、理科室のガイコツは……」

「俺達が来る前からずっとあの配置でセットしてあっただけ。ひょっとしたら、他にも同じような仕込みがあったけど気付かずスルーしてた、ってこともあるかもな」


 肝試しのための仕掛けだと分かったうえで見れば、どれもこれも単純な理屈でしかない。


 一般人が創意工夫と手作業で作る『お化け屋敷』なのだから、複雑過ぎることはやれないだろうし、大掛かり過ぎる仕掛けはそもそも許可が下りるかも怪しい。雰囲気と演出で勝負する形になるのは当然だ。


 けれど一つだけ――その条件から外れているんじゃないかと感じるものがある。


「ねぇ、相馬……さっきの、その、飛び降りって。あれ、どういう仕掛けだったのかな」

「んー……色々想像はできるけどさ。布で作ったハリボテか何かを落として素早く回収するってのが一番手軽かもな。でもあのライトアップはどう考えても大掛かりすぎるし……やっぱり仕掛け人に直接聞くのが一番早そうだ」


 仕掛け作りの作業をしていた生首役の人を呼び止めて、飛び降りイベントのギミックについて尋ねてみる。


 ところが、生首役の人は不思議そうに首を傾げて他の人を呼び、その人も話を聞いて別の人を呼ぶループが続き、やがて仕掛け人総出の話し合いのような状況が始まってしまった。


「あの、どうかしたんですか?」

「いやね、誰もそんな仕掛けは作ってないって言うんだよ」

「え……?」

「そもそも屋上の鍵は閉校のどさくさで紛失したらしくてさ。屋上には誰も入れないはずなんだ」


 窓の外を落ちていく女子生徒の姿が脳裏を過る。あの顔は驚きの表情じゃなかっただろうか。死を望んで飛び降りた最中、廊下を歩いていた人と目が合ったとしたら、きっとあんな顔をするんじゃないだろうか。


 そして、不自然なまでに明るかったあの背景。ひょっとしてアレは照明なんかで明るくされていたわけではなくて、だったんじゃないだろうか。


 光の顔がさあっと青ざめる。俺達が見たのはトリックで作られた現実の光景ではなくて、もしかしたら――

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