第6話 ヘコヘコヘコヘコヘコ


 俺は踊りましたよ。

 トムキャットに乗って。

 ところで、腰は腰ヘコですけど、両腕のポジションに関しては結構個性が尊重されてましたね。

 御子の中ではフラの型を継承した純文学的スタイルが主流でしたが、いっそフリーにするもし、頭の上で組むもよしって感じの自由な気風でしたね。

 俺はちょっとプロを気取って、両腕フリー気味の早撃ちガンマンスタイルでキメてやりましたよ。


 ノリノリでしょ?

 そうなんですよ。

 もうね。腰ヘコ一回やったら終わりですよ。遠心力がついたみたいに止まらなくなっちゃう。


 就職のこととか、もうどうでもよくなるじゃないすか。

 だって頑張っても腰ヘコした事実は消えないじゃないっすか。

 この先、良いことがあっても、なかくても、毎週月曜日の朝に会社行こうとしても『でも、俺腰ヘコしたしな』ってなるでしょ。

 バカらしいですよ。

 今後一生腰ヘコ以上の苦しみはないし、マジな話、腰ヘコ以上の快楽もない。観客が歓声を上げてるんですよ。俺らの腰ヘコ見て。俺のワンヘコが客のワンコールなんですよ。

 もう"答え"出てるじゃないですか?


 もう腰ヘコで食ってくしかねえなって絶望するんですけど、それは同時に快楽でもあるわけ。

「俺終わったわ」

 と、

「俺もう何でもできる」

 って感覚がドリル状に回転して、脳を崩壊させていく感じ。

 人生が壮大なドミノ倒しになってぶっ壊れる感じ。

 全校集会でお漏らしする感じ。


 みんなが泣きながら笑ってる、あの底の抜けた感じが魂で理解できましたね。

 俺たちはもう終わってて、人生には腰ヘコしかない。心が一つになりました。その感謝の涙でもあるんですよ。

 狭山たちと目が合いました。

 みんなが頷いたような気がしました。


 自分は女子アナになれると疑っていなかった狭山が、一心不乱に腰ヘコしています。

 でも一番下手クソで、客から野次られてました。


 バンドやってて、ライブではこめかみに指当てて「ドンチューノー」とやっていた聖也くんも、今は腰ヘコ一本で生きてくしかありません。


 柔道部から借りてきた豊くんも、特訓の末身につけた柔道の所作をかなぐり捨てて、腰ヘコ。


 特徴が無くて地味で、でもそれが一部に人気だった鈴木ちゃんは、恐ろしくワイルドな腰ヘコで旋風を巻き起こしていました。


 当然、へこ神様も泣き笑いで踊り続けていました。

 腰ヘコはね、狂うんですよ。

 そら神でも狂いますよ。

 いや、神のような崇高な存在だから、なおさら、堕落の快楽は大きいですよ。

 ピンクの照明のなかを汗とか色々が飛び交っています。

 客も声を上げて、トムキャットを歌っていました。

 すごい一体感ですよ。


 でもどうしたって体力の限界はあるじゃないですか?

 そんな時はバカ息子の登場ですよ。

「どうしたというのですか? 皆さん情けない。そんなことだから穢れた都会人に馬鹿にされてるのですよ。にキモイだの勘違い野郎だのといわれるんですよ。真面目におやりなさい」

 そういって、栄養なんですかね?

 黄土色のドロドロしたもの与えてくんすよ。

 鳥の雛に食わせる餌みたいなのをですね、口に投げこんでいく。柄の長い計量スプーンっていうか柄杓みたいなやつで。

 すると、もうみんなハッスルして、口から鳥の餌が垂れるのも構わず、踊り狂うんですよ。栄養だから。


 客も喜んでましたね。

 まあ普通はね、嫌じゃないですか?

 そういう鳥の餌とか、客の前でキレたりとか。

 でもあそこの客は楽しんでましたね。狂ってるから。豆投げたりとかしてました。

 何かね。配られる豆を投げるんすよ。股間の天狗狙って。

 狭山の天狗が人気でしたね。腹が赤くなるほどバッチバチ当てられてた。

 俺は客席で踊ってたから豆はぶつけてもらえませんでした。

 やっぱりね、ステージへ向かって投げるってのが意味あるんでしょうね。


 客層はアレですね。

 尊厳破壊を楽しむ側と、自分を破壊する側の半々くらいでしたね。

 つまり豆投げる客と、自分も腰ヘコしだす客の両方がいるってこと。

 でも最終的にはみんな腰ヘコする流れなのかな? まあするでしょうね。「腰ヘコ、最高ー」とかいいながら。

 でも最後までは見届けられませんでした。

 俺、豆踏んで転んだんですよ。

 それで前歯折ったんですけど……ほら、これね。

 前歯折ると人って急激にオチるじゃないですか?

 俺もすっと興奮が冷めて「何やってんだ? 天狗?」ってなりました。

 その瞬間ですかね、


「こっち! 早く逃げないと」

 って声。

 あの尻の女が、もうずいぶん昔のことのように思えますけど、腰ヘコし出す前にパイナップル倉庫でヤったあのお姉さんが、俺を出口へひっぱって行こうとするんですよ。

 俺も前歯折って、ヤベえって気持ちになってるから従いました。腰の天狗をカパンカパンいわせながら。

「お待ちなさい!」

 俺の行く手をバカ息子が通せんぼしてきました。

 俺はめちゃめちゃカッとなって、バカ息子を殴りつけたですよ。

 そしたら上手いこと入って、バカ息子の鼻がもげました。

 それで大騒ぎになって逆に逃げられた感じですね。


 それからは町へ降りて、島からも出て、尻の女の借りてくれたボロアパートでヒモしてる感じですね。学校には戻ってないし狭山たちがどうなったかも知りません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る