第2話 ヘコ


 ――ああ。開けてしまったのですね……。

 腰ヘコを知りたいと――あなたは仰るのですね。

 いいでしょう。

 男の話は次のように続く。


👺👺👺👺👺👺👺👺👺👺👺👺👺


 噂でね、聞いたんですよ。

 「くねくね」のパクリを堂々とやってる村があるぞって。

 といっても「こしへこ踊り」は、くねくねが流行る前からある村の因習だから、パクリではないんですけどね。

 でもまあ、パクリってことにして、その村をレポートしてやろうって話になったんですよ。

 みんな好きでしょ? パクリ。

 動画に撮ってネットで人気者になりたかったんですよ。


 で、俺ら大学の仲間あつめて、その村のある孤島へ乗りこんだんです。

 その村「越辺来こしへこ村」っていうんですけどね。孤島でしかも山ン中にありました。

 目的地の「こしへこハワイアンセンター」も。


 一応説明しておくと、俺らがパクリパクリいってたのは、その越辺来こしへこ村に伝わる……一応神様なんですかね? 「こしへこ様」っていう信仰のことです。


 内容はまあ、ベタですよ。

 こしへこ様が踊るのを見た者は、つられて踊り出しちゃう。で、踊るとハッピーな気持ちになるんだけど、昔、こしへこ様を粗末にした村人がいて、そいつはだけは「夜のこしへこ様」を目撃しちゃって、一生踊るだけの人間になっちゃう、みたいな。

 それ、ホームページに書いてあるんですよ。

 原始時代みたいなクソダサいホームページに。

 「こしへこハワイアンセンター」では、その「こしへこ踊り」が見られますって趣向らしい。

 ハッピーな方の「こしへこ踊り」をです。

 腰ヘコですよ。この時点で普通じゃないって気づくべきだった。



 つまりは村おこしってことですよね。

 でも、なんでハワイなんでしょうね?

 狂ってるから?

 多分そうです。

 村は到着したときから、すでにおかしかった。


 山道を進んで、無駄に広い駐車場に車を止めました。

 もうね、入り口からおかしい。

 パイナップル埋めてるんすよ。

 トロピカルにしたいからって、パイナップル埋めてパイナップル生やそうとしてるんすよ。そんな考えなんです。


 ゲートの横に女性が一人、村人で従業員なんでしょうけど、女がしゃがみこんでる。

 ビキニ姿でですよ。

 ハワイアンだからなんでしょうね。

 ビキニが制服なワケです。

 で、パイナップル埋めてる。


 しゃがんでうずくまった尻が、何だかリンゴのヘタのとこみたいでした。

 何ていうかな、あの窪み。

 「この奥、穴ありまっせ」っていう感じ? 

 俺、その尻に軽く欲情しつつ「あのーこれ、何してらっしゃるんですかね?」って聞いたんですよ。

 そしたら女。

 振り返りもせず「村おこしですから」っていう。


 村おこしでパイナップル埋めるかね?

 よしんばパイナップルが生えるとしても果実を埋めるな。

 移植とかしろ。何年待つ気だよ。腐ったような臭いするし、って思いながら通りすぎましたね。

 尻、見てたかったけど。女の方も尻見せつけてる感じがあったけど。仲間が急かすんで。


 狭山っていう高慢な女が俺らのリーダー格だったんすね。

 だから俺も「尻見てていいすか」ともいえなかった。

 狭山、顔だけは良かったから。

 良かったんですよ。

 今頃は、もう見る影も無くなってるでしょうけど。

 それは後の話。



 会場も酷かったっすね。

 山間部に無理に作ったハワイアンセンターですよ。

 広いことは広い大浴場。

 公民館みたいな宿泊施設。

 キャンプ場という名の河原。

 で、公民館みたいなレストラン。

 あと広場に運動会みたいなテントはって、露店やってましたね。


「なんか……手作り感だよね」

 とかいいながら動画撮ってたんですけど、すぐ村人が駆けつけてきましたよ。

「会場内はともかく、腰ヘコ踊りのことは、口さがないこという者もおるけんね」

 っていう。撮影禁止ってことらしい。

 でかいチンポに跨がる祭りとかあるし平気だと思いますよ、みたいなことをいったけど、

「とにかく禁止やけん」

 って譲らない。

 揉めてもしょうがないんで、ハイハイいっておきました。

 肝心の「こしへこ踊り」だけ隠し撮りすればいいやって仲間内で目配せしながら。


 客は結構いましたね。何故か。

 背広着たおっさんとか、妙にパキッとしたスーツの女とかいて驚きましたね。金持ってそうな人らなんすよ。

 もちろん汚いおっさんもいたけど。

 親子連れだけはひと組も見なかったですね。

 後から考えたら当然ですわ。

 でも、その時は「意外に繁盛してる感じじゃん?」

とか余裕かましてましたね。はは。逃げろよバカ。逃げろよぉおおお!


 ごめんね。

 心が白目を剥いちゃった。

 もうね。全然寝てないから。

 今日何日ですかね? どうでもいいけど。

 いや寝れてねえんすよ、ホント。

 ……でね。メシとか進められたわけ。

 これが最悪。

 ハワイアンってイメージに執着してるんですね。

 田舎の山ン中に突如現れたトロピカルリゾート、みたいなのをやりたかったんだと思う。


 もう何にでもパイナップルついてる。ハワイアンだから。

 飲み物とかアイスとか、サラダにも入ってる。

 名物のハンバーガーにも。

 鮎の串焼きとかにしておけば良いじゃないすか、山なんだから。鮎、旨いし。魯山人も大好き、鮎。

 それなのに『腰ヘコバーガー』とか開発しちゃう。

 ハワイアンだからパイナップル挟んじゃう。

 いや「斬新っすねー」とかいいながら食いましたけど。ゲロそっくりの味でしたね。もう、全部がそんな感じ。

 

 若い客が珍しいんでしょうね。

 従業員っていうか村人が集まってきて、いろいろ案内してくれました。

 でも俺らもう目に見えてテンション落ちてるから、さすがに察したんでしょうね。

「ああ。やっぱり腰ヘコに頼るしかないかあ……」

 って最終兵器みたいにいってるんだよ。

 まあ俺らはそれで、どんなショーが見られるのかと気分盛り返しましたけどね。腰ヘコだし。見たいじゃん腰ヘコ。

 あ。あとファンタのトロピカルパンチ売ってました。ハワイだから。これは普通に嬉しかったです。


 そう。

 俺らが見たかったのは腰ヘコ踊りですよ。ゲロみたいな会場じゃない。

 狭山に命令されて、俺が従業員兼村人に、

「腰ヘコ踊りってやってます?」

 って聞くと、

「腰ヘコ踊り、やってないよ。時間まだだよ」っていう。

 ええ~ってなってるところに、これはいかんと思ったんですかね、村のおじさんが、

「巫女様の控え室、見せますよ」

 っていう。

 都会からのお客様だから特別ってことなんでしょうね。機嫌を取るみたいな卑屈な感じだった。

 あ。巫女様っていうのは「腰ヘコ踊り」の踊り子さんがいるんですけど、そのリーダーっていうかセンターの人のことらしいです。

「若い子」

 っていってたけど、そうでもなかったな。

 田舎では子供産めるだけで若いんでしょうね。

 ええ。はい。

 控え室も最悪でした。



 過酷なんですかね? 一日何公演も踊らされたりとかして。

 巫女様はパイプ椅子に座ってうつむいてました。

 ヒザにサポーター巻いて、痛み止め注射打ってました。

 シャワーの後なのか長髪も乱れてて。

 水着的な格好だけどぜんぜん色っぽくなかったな。

 もうね、体幹もすごいの。腕も足も太いし、首も太い。

 そんな女が引退試合直前のレスラーって感じで、うつむいて座ってんだよ。


「どうもえす。公演、楽しみにしてきました」

 狭山がアナウンサーみたいな口調を作って話しかけるんだけど、長州、って感じの巫女はうなだれたまま口も訊かない。

「これから開演する感じですかね?」

 って聞くと、別の村人が、

「まだ。まだ。若い衆が戻ってくるけん、その後で連れてってあげるわだ」

 っていう。

 げえってなったよね。

 もう長居したくなかった。

 さっさと腰ヘコ踊りの隠し撮り済ませて、どっか別の温泉とか行きたかった。

 臭いんだよ、ハワイアンランド全体が、腐りかけたパイナップルで。

 嫌になった俺は、トイレに行くっていって控え室を抜け出したんだよね。これが運命を別けた。


 その後俺は、パイナップルをぶら下げた女と再会しました。

 会場の入り口で若い男に尻を見せつけていたあの女です。

 その女と物陰にシケこんで、俺はこのいかれたハワイアンセンターの成り立ちを聞いたんですよ。

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