2話目『国防特務神異対策局』ー②

「――《射出機構カタパルト》」


 鈴原が、刀に変形した端末にそう唱える。すると目の前に、青白く輝く幅2メートル程の大きな光輪が現れた。


 まるで発光するフラフープのようなその輪は、どこか神秘的な光を放ちながら、その穴を下方にいる異形へ向けた状態で、宙に浮いている。

 鈴原は右手に持った刀をだらりとたらし、その光輪を潜るようにして、足を踏み出した。


 瞬間、金属を研磨するような甲高い音共に、光輪がより一層強い光を放ち、そして、それと同時。光輪を潜っていたはずの鈴原が、姿

 

「――なんっ……ぐ が あ゛あ゛ぁぁっっっ!」


 そうして鈴原が消えた次の瞬間。突如として悲痛な叫び声をあげた異形。

 その足下で、血飛沫とともに1本の触手が宙に舞う。


 無惨に切り裂かれたその触手は、制御を失ったホースのようにばたばたと地面を転げ回り、そしてそれが生えていたはずの根本には、刀を構えた鈴原が立っていた。


「くがぁっ……てめえぇぇっっ!」


 怒る異形は鈴原に向かい、2本の触手を突き刺すように振り下ろす。

 だが、鈴原はたったの一太刀で、その触手達を縦一文字に切り裂いた。


「残り9本。ちょっと痛いけど、我慢してね」

 

 あまりにもあっさりと切り裂かれる自分の身体。その状況に頭がついていかず、ただ驚いたように目を丸める異形をよそに、鈴原は再び光輪を出し、それを潜った。


 甲高い研磨音とともに、射出されたように加速した鈴原が、1本、2本と次から次へ触手を切り落としていく。


「がっ……ぐがっ……ぐぎがああぁぁぁぁっっ!」


 ――光輪を潜っては斬り、また潜っては斬る。鈴原が合計9つの光輪を潜ったとき、異形にはもう、1本の触手も残っていなかった。




「ひ、うあ……あう、ひうああぁ……」


 ――あまりの痛みに堪えかねるように、凄惨なうめき声をあげながら、地面に倒れ伏す異形の男。


 その下半身では、ちょちょ切れになった触手の根本たちが、無くなった触手を動かそうとしているのか、今もまだウニウニとうごめいていた。


「はい、お終い。もう少ししたら救護班が来るから、それまで辛抱しててね」


 鈴原は刀についた血を振り払いながら、安心させるような口調でそう告げる。

 

 ――異形と化し、街を破壊したとはいえ、元は人間。必要以上の攻撃は禁じられており、制圧完了後は保護と治療のため、その身柄は救護専門班に引き渡す決まりとなっていた。

 ただ、鈴原はその加減があまり得意ではなく、救護班から『やりすぎだ』と、小言を言われるのが常であった。


 (……またちょっとやりすぎちゃったかな。張り切りすぎたか……)

 

 悲痛にうめく異形の男を見ながら、やや申し訳なさそうに顔をしかめる鈴原。


 ――いくら自業自得とはいえ、大の大人にこうまで苦しまれると心が痛む。それに、どこかいつもよりもうめき方が酷い気もするし……。


 とりあえず、その場に1人でいるのがいたたまれず、誰かを呼ぶため、鈴原はあたりをきょろきょろと見渡した。


 すると、丁度そのとき。ビルの屋上から降り、鈴原の戦いを見るため、後方の物陰に隠れていた夜子がひょいと顔を出した。


「――夜子ちゃん?」


 心配しているのだろうか、夜子は青ざめた表情で鈴原に向かい、「班長ー!」と呼びかけている。

 初めての任務、初めての戦闘で不安になっているのだろう。

 鈴原は安心させるため、「もう終わったよ、大丈夫」と親指を立てた。


 だがそんな鈴原に対し、夜子は必死の形相で首を振った後、人差し指を突き出し、大きく声を張り上げた。

 ――夜子は、鈴原を心配しているわけではなかった。


「班長ー! うしろっ! うしろっー!」


 鈴原はその警告を聞き、急いで振り返る。が、そのときにはもう、異形が新たに生やした無数の触手が、鈴原に向かって襲いかかっていた。


「うそー……ゔっ!」


 威力の増した大量の触手に殴られた鈴原は、道路を挟んだ向こう側にある、異形により半壊させられたビル。その一階に溜まった瓦礫の山へと突っ込んだ。

 

「は、班長ーー!」

「……あーあ、油断してるから」

「アハッハハハ! 班長ー! 大丈夫っスかー? アハハッ、ゲホッ……エホッ!」


 心配する夜子をよそに、陽太は呆れ、狐々見はむせるほどに笑い転げていた。

 そのあまりの気楽さに戸惑う夜子だったが、それも束の間。その山がガタガタと揺れたかと思えば、一部の瓦礫が跳ね飛び、鈴原が姿を現した。

 恐らく蹴り飛ばしたのだろう。怒ったような表情で、瓦礫の山の中から足を伸ばしている。


「狐々見ぃ! 笑ってんなぁっ!」

 

 怒っているのはそのためか、笑っている狐々見を叱りながら、自分の上にのっかっている瓦礫をガラガラと押しのけ、立ち上がる。

 

「ったく……。生やせんなら生やせるって言っとけ!」


 格好の悪いところを見せてしまったという、夜子に対する気恥ずかしさを感じつつ、怒鳴る鈴原。

 ――だが異形の耳に、もうその言葉は届かなかった。


「ヴゥ……ゥ……ァ……」


 鈴原を殴り飛ばした異形は何故か白目を剥き、よだれを垂らしながら、まるで悪夢にうなされているかのように、無数に生やした触手をただうねらせていた。

 

(あいつ、意識が……?)


 おかしい。痛みに苦しむだけで"ああ"はならない。思えば、さっきのうめき方もどこか過剰だった。それに、触手の威力も……。


(とりあえず、原因は後だ。今は、とにかく――)


 意識を取り戻さぬうちに制圧するため、鈴原がより一層深く構えた。


 ――そのときだった。

 突然何かのスイッチが入ったかのように、異形は力なくうなだれていた頭を跳ね起こし、ある一点を凝視した。


 こぼれ落ちそうなほどに見開かれた、焦点の合わない瞳。その視線の先にあったのは、不意の覚醒に驚く鈴原、ではなく物陰に隠れる夜子の姿だった。


「……よぐも、よぐもぉぉおぉぉっっ!」


 大気を震わせるような咆哮とともに、夜子に向かい、大量の触手を突き伸ばす異形。

 予想だにしない攻撃に、能力の発動が間に合わず、夜子はただ反射的に目をつむることしかできなかった。


 ――だがしかし、夜子に攻撃が当たることはなかった。


 恐る恐る目を開けた夜子の前には、夜子を庇うようにして立つ狐々見と、触手を切り飛ばす鈴原の姿があった。


 そして、鈴原に切られた触手は何故か、空中で固定されたように静止していた。


「――狐々見、夜子ちゃん連れて退がってて。陽太も固定、解いていいよ」

「はいっス。夜子ちゃん、こっちへ」

「了解。生体固定解除しました」


 鈴原は静かに頷くと、異形へ向かって刀のきっさきを向けた。

 いまだ正気を取り戻さぬ異形は、口内から新たに生やした一際頑強な触手を、鈴原へと振り下ろす。だが……


「アンタがさ、どんな想いでそうなったのかは知んないけど……」


 鈴原はその触手をも、一太刀で切り落とした。


「――仲間に手ぇ出す奴ぁ、叩っ斬る」


 その声には、普段の鈴原からは想像もできない程の気迫が込められていた。


射出機構カタパルト――《加速アクセラレーション》」


 そう唱えた鈴原の前に、五重に並んだ光輪が現れる。青白く輝くそれは、まるで光のトンネルのように――

 


 ――と、次の瞬間。異形の後方で爆発のような衝撃音が鳴り響く。

 それは『加速アクセラレーション』を潜った鈴原が、異形後方の壁に着地した音だった。音の大きさは、光輪によって生み出された凄まじい速度を物語っている。


 「――グガッ……ヴゥガアアァァッッ!」


 衝撃音から数刻遅れて、一文字に割れた異形の身体から大量の血が噴き出す。

 鈴原の繰り出した斬撃は、すぐには気づかぬほどの高速で、異形の身体を真二つに両断していた。


 しかし、それも束の間。異形の身体の断面から、新たな肉がボコボコと吹き出し、シーリング材のように肉体の切れ間を覆う。

 ――もはや完全なる怪物となった異形の再生速度は、身体の両断すらも繋ぎ直した。


「グヴゥゥ……ガァッッ!!」


 怒り狂う異形は、すぐさま後方へ触手を振り回す。だが、そこに鈴原の姿は無い。

 鈴原は既に異形の頭上へ跳び上がり、追撃の構えをとっていた。


 「――《乱反射ディフューズ》」


 無数の光輪が、まるで檻のように異形を球体状に取り囲む。

 ――異形はこれから自らの身に何が起こるのかを悟ったが、もはや逃げ道など、どこにも無かった。


「――グガアアァァァァァッッ!」


 光の檻の中で縦横無尽に鈴原が跳び回る。

 鏡面に跳ね返る光線のように、光輪から光輪へと次々に反射を繰り返している。

 ――異形の血肉を撒き散らしながら。




 やがて光の檻が消えたとき、そこにあったのはおびただしい数の肉片と、血の海だった。

 そしてその血の海の中には、疲れたようにしゃがみ込む鈴原と、かろうじて残った再生力で、人間1人分の大きさにまで再生した異形の男の姿があった。


 男は、もはや指先ひとつ動かす力も残っていないように、ぐったりと横たわっていた。


「……あー、疲れたぁ」


 鈴原はそう大きなため息をつくと、男のもとへ近づき、もう一度しゃがみ込んだ。


「……元気?」


 男は黙ったまま、『そんな訳がない』とでも言うように鈴原を睨みつける。だが、その目からはもう、狂気の色は消えていた。


「ハハッ、元気そうでなにより」

「――っ、どこがっ……ゲホッ、ガッ……」


 声を荒げようとした男が、むせるように血を吐く。

 

「あーあー、大人しくしてないと。身体ボロボロなんだから」


 男はひとしきり咳き込んだ後、『誰のせいで』というように鈴原を睨んだ。

 だが鈴原はそれを気にもとめず、代わりに男へ顔をぐっと近づけ、2つの質問を投げかけた。


「……あんたに聞きたいことがある。さっき私じゃなくて、夜子に向かってった理由は? それと、何であんなに暴れてたか」


 男はその質問を聞き、一瞬困惑したように眉をひそめた。そして静かに目をつむり、自分の記憶を探るようにして、ボソボソと喋りだした。


「夜子、とやらのことは……分からない。お前に足を切られたところまでは覚えているが、そこから先は、自分の身体が……自分のものでは無くなっていくような感覚だけが……」


 そう言いながらも、何か覚えていることはないかと、必死に顔をしかめる男。その様子に、嘘はないように見える。


 鈴原は男が暴走する直前、自我を失ったかのように白目を剥き、何かにうなされていた様子を思い返していた。


「そ。まぁそんな気はしてたよ。……じゃ、暴れてた理由のほうは?」


「それは……お前に関係ない。もうついえたことだ……それを聞いてどうなるというんだ」


「そういう問答はいいよ。ただのけじめみたいなもんさ。聞くことにしてんだ、一応ね」


 鈴原はそう言い、『早く言え』というように男の肩をぺちぺちと叩く。男はしばらく黙っていたが、観念したのか、小さく舌打ちをしてからその理由について語りだした。


「壊したかったんだよ。この国を」

「……国?」

「ああ、そうだ。……知ってるか? 異形が出てから、日本の犯罪率は7割減ったんだ。いつ誰が異形になってもおかしくない世の中だものな、誰だって下手なことはできん。――俺が刑事をやってた頃は、そんなことありえなかった」


「あんた警察官なの? にしちゃ、ずいぶん強面コワモテだね」


「……刑事を"やってた"だ。とにかく、俺がどんなに身を尽くしたところで、犯罪の数は一向に減らなかった。捕まえられるのは小悪党、かけられる言葉は暴言かクレーム。……皮肉だと思わないか? 守るよりも傷つけたほうが平和に近づくらしい。だから、俺もそうすることにしたんだ。この国に、この世界に痛みを教えること。それが俺の使命であり、大義だった」


 男は語り終えると、自分の手を空に掲げ、口惜しそうにその手を握った。


「そっか。そういう理由ね、ありがと」


 そんな男とは対照、鈴原はさっぱりとした様子で男の肩に軽く手を置き、すっと立ち上がった。


「……本当に聞くだけなんだな」


「何かできるわけでもないしね。……ただこう、自分が潰してしまった想いはどんなものだったか、覚えておきたいっていう……ま、ただの自己満足だね」


「そうか……。なら、俺も聞かせてくれ。お前が戦う理由は何だ? 何故戦う? ……知っておきたいんだ。自分の願いはどういう人間に潰されたのかを」


 そう言い、男は鈴原をじっと見つめた。男の想いは本物だったのだろう。『その理由が納得のいくもので無ければ、許しはしない』とでも言うような強く鋭い光が、その瞳には宿っていた。


 言葉を受けた鈴原は、斜め上に視線を向け、少しのあいだ考える素振りを見せた後、辺りをきょろきょろと見回し、離れたところにある小さな店を指さした。


「あそこ、定食屋でね。味も美味しいんだけど、店主のお婆ちゃんが凄く元気で面白い人なの。旦那さんが先だった後もほとんど一人で店を切り盛りしてさ。そのお婆ちゃんが好きでよく行ってるんだ」


 鈴原はまた辺りを見回し、色々なところを指さしていった。


「あそこのベンチはよく仕事サボって座ってたし、あそこの喫茶店はナポリタンが美味しい。あとあそこの自販機で、一回当たりが出たことがある」


小さな思い出を懐かしむように周りを見渡した後、鈴原は男にフッと笑いかけた。


「それが私の戦う理由。私の守りたいもの」


 そんな鈴原のあまりにもささやかな動機に、男は虚を突かれたように目を丸めた。


「ハッ……何かと思えば。……くだらん。力を持てど所詮は俗物か。……定食屋だの、自販機だの。そんなちんけなもの、どこにだってあるだろう」


「ハハッ……その通り。ほんと、どこにでもあるような、くだらない日常。――だけどね」


 鈴原はふいと顔を上げ、遠くを見つめる。その瞳には、一つの迷いもありはしなかった。


「そんな日常を守るためなら、神様だって叩っ斬ってやるさ」


 そう言って、鈴原はまた男に笑いかけた。

 男は驚いたように鈴原の顔を見つめていたが、やがて、静かに目を伏せた。





◇ ◇ ◇





「――お待たせー、夜子ちゃん」


 異形の男を救護班に引き渡した後、鈴原は夜子達と合流した。


「……班長! お疲れ様です! 」


 手をひらひらと振りながら近づく鈴原に、夜子が駆け寄り、勢いよく頭を下げる。

 ――何もできなかったという自責の念もあるのだろうか。鈴原に見せぬようにと下げたままで拭った目には、涙が浮かんでいた。


「いいよー、そんなしなくて。……それよか、ごめんね。格好悪いとこ見せちゃった」


「そうっスよ、夜子ちゃん。そもそも見事に吹っ飛ばされた班長のせいなんスから」


「……そうですね、油断もいいとこでしたよ。小道さんが見てるからってはしゃぎすぎじゃないですか?」


 申し訳なさそうに謝る鈴原に対し、ここぞとばかりになじる狐々見と陽太。

 2人の苦言を受けた鈴原は、ぐうの音も出ないまま、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 だがそんななか、ぱっと顔をあげた夜子だけは、そう思ってはいないようだった。


「そ……そんなことありません! 班長は……凄く、格好良かったですっ!」


 そう言い、鈴原を見つめる夜子の表情からは溢れんばかりの尊敬が感じられた。


「……可愛いな?」


 夜子に聞こえぬよう、狐々見にそう耳打ちする鈴原に、狐々見は「ウン、ウン」と頷いた。

 

「ど、どうかしましたか?」

「んーん。ありがとね、夜子ちゃん。まーとりあえず初任務お疲れさま。」


そう言い、鈴原は夜子の肩にぽんと手を置く。


「色々不安なこともあると思うけど……これからよろしくね」

「はい!」

「よし! じゃあまずは……」


 鈴原あたりをきょろきょろと見渡し、遠くに見える、お気に入りの"小さな定食屋"を指さした。


「――ご飯、食べよっか」

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神異奇譚 古姿 ぽんぐ @kosugatapon0

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