神異奇譚

古姿 ぽんぐ

1話目『国防特務神異対策局』ー①

 ――2023年10月11日、未明。


 長野県◾️◾️市◾️◾️山中腹にて、登山者複数名により、過去に目撃例のない【新種生命体】のが発見される。


 当時の証言によれば、その死骸は巨大な蛇と複数人の人間を混ぜ合わせたような形状をしており、およそ地球上の生物とは思えぬような異形であったという。


 また、発見した登山者グループ及び駆けつけた山岳警備隊のなかには、その死骸を一目見た途端、錯乱したように泣きだした者もおり、何らかの視覚的な向精神作用を有しているものと思われる。


 その危険性もあり、未だその正体については解明されていない。


 ただし目撃者はみな口を揃え、その異形は【神の死骸】であると証言した。

 

 ――数週間後、目撃者全員がその消息を断つ。現在、死骸の所在は厳重に秘匿されている。



 

 同日同時刻。富山県◾️◾️市にて、直径約10キロメートルに及ぶ原因不明の爆発が観測される。またそれにより、その範囲内に存在した市街地及び山林が、クレーター状にした。


 ただし観測されたのは爆発らしき光のみであり、熱、音、衝撃波等、その他爆発に伴う諸現象は一切確認されなかった。


 また、爆発の直径が10キロメートルに達した時点で爆発のを確認。それより外側の地区では、爆発による一切の被害、影響は報告されていない。


 収束後、すぐさま上空からクレーター及び爆心地の観測が行われたが、瓦礫の一欠片すら確認されなかった。


 ただし、数名の自衛隊員、撮影クルーが爆心地に人影を見たと証言。


 ――数週間後、証言者全員がその消息を断つ。





1. 『国防特務こくぼうとくむ神異対策局しんいたいさくきょく

 




「えっと、それで……」


 ――東京都、新宿区。百貨店やファッションビルが立ち並ぶ、喧騒に満ちた繁華街。


 そんな小洒落た街中を巡回する、真黒なスーツを身にまとった4人組の集団。


 その最後尾を緊張したように歩く、いかにも気弱げな少女、小道 夜子こみち やこは手帳の続きを読み進めた。


「それら一連の『神崩かみくずれ事件』の後。全国各地に次々と現れ始めたへの対処、及び対策を講じるため、我々『国防特務こくぼうとくむ神異対策局しんいたいさくきょく』、通称『特神対とくしんたい』が結成された……と」


「そ。つまり私たちは、『よく分かんない奴らが出てきちゃったから、とりあえず対応よろしくね?』ってことで作られた、て馬組織ってこと」


 集団の先頭を歩く長身の女性、鈴原 栞すずはら しおりがやや長めの黒髪をふらふらと揺らしながら、ぶっきらぼうに答える。


 昨晩はあまり眠れなかったのだろうか。時刻はもう午前10時を回ろうというのに、いかにも眠たそうにあくびを漏らしている。

 

「え……あ、そんな感じなんですか……?」

「夜子ちゃーん、班長のぼやきは話半分に聞いといたほうがいいっスよ」


 班の中では鈴原の次くらいの年上だろうか。黒の混じった金髪と、切れ長の涼やかな目元が特徴的な女性、犬伏 狐々見いぬふし ここみが、夜子にそう助言する。


「にしても夜子ちゃんはエラいっスねー! 特神対手帳をちゃんと読み返すなんて! 私なんか貰った次の日にはもう無くしちゃったっスよ! んんー、エラい! エラい!」


 そう言いつつ、狐々見は仔犬を愛でるかのように、夜子の頭をわさわさと撫で回した。


「わっぷ。あ、ありがとうございます、犬伏先輩」

「……犬伏さんが適当すぎるだけでしょ、それ」


 班の中では1番の年下である少年、氷乃 陽太ひの ようたがそう呟き、呆れたように狐々見を見上げる。


 薄灰色の髪から覗く、その淡褐色ヘーゼルの瞳は、美しくもどこか繊細な雰囲気を漂わせていた。

 

「んんー? なんスかぁー、氷乃っちゃん? ……嫉妬っスか? 夜子ちゃんを撫でられるのが羨ましいんスか? ……それとも、もっとこんなことがしたいんスかぁ?」

「犬伏さん……? ――わっ!」


 狐々見はにやにやとした笑みを浮かべながら、睨む陽太をからかうように、後ろから夜子に抱きついて見せる。


「違います。というか、それ――」

「駄目っス〜! 夜子ちゃんは渡さないっス〜!」

「それはセクハラだって言ってんですよ……。人の話を聞け!」


 えかねた陽太が、イライラしたように声を荒げる。小柄な身体で背の高い狐々見をキっと睨みつけるその様子は、まるで怒った小動物のようだった。


「ハハッ、今日も仲良しで何より」


 そんな3人を見て、鈴原は静かに笑い、そう呟いた。



 ――と、そんななか。

 陽太と狐々見がやんややんやと言い争う隙に、狐々見の腕から抜け出した夜子が、撫でられてややボサボサになった髪を整えながら、鈴原に駆け寄ってきた。


「――あ、あの……班長さん!」

「ん、班長でいいよ」

「は、はい! 班長! ……えっと、あのですね。この班って――」


 夜子がそう喋りかけたその時、突然あたりにサイレンのような甲高い警報音が響き渡る。

 その音を聞き、夜子たちは特神対局員全員に配られている、特殊端末を急いで取り出した。

 その端末は、それぞれ縦8センチ、横5センチ。一般的なタバコの箱ほどの大きさで、裏表のない真っ黒な見た目をしており、警報はそこから鳴り響いていた。


 そしてその警報に続くようにして、特神対本部からの緊急放送が流れ出す。


『こちら特神対本部、特神対本部。新宿区歌舞伎町周辺に《異形》を確認。周囲の住民は速やかに退避してください。くり返します、新宿区歌舞伎町周辺に――』


 放送と共に端末へ送られてきた現場のホログラム映像には、下半身が巨大なタコのように変化した異形の男が、辺りの建物を破壊している様子が映されていた。


「――来たね。行くよ、夜子ちゃん」

「は、はいっ!」


 夜子含む4人は、そのホログラム映像に映された異形出現地点へ向け、走り出した。




◇ ◇ ◇




 ――数分後。4人が目的地にたどり着いた時、周囲には既に窓ガラスや瓦礫がれきが散乱し、近くの小型ビルやコンビニはもはや倒壊寸前の状態になっていた。


「あらら。こりゃ補修費高くつくね」

「あー! あそこいるっスよ! あそこ!」


 狐々見が指差した先では、腰のあたりから10本の大きな触手を生やした異形の男が、街を壊して回っていた。


「うえー、今回のはまたデカイな。タコか?」

「足が10本なんだから、イカじゃないっスか?」

「タコでしょ。頭丸いし」

「いや、ただのスキンヘッドっスよ、あれ」

「異形にタコとかイカとかありませんから。さっさと済ませますよ」


 2人の軽口を制し、陽太は一足先に異形の下へと向かっていった。


「――じゃあ私達も行こっか。狐々見は陽太の補助。夜子ちゃんは私について来て」

「はいーっス」

「はい!」


 


 ――陽太の下へ走っていく狐々見と別れたあと、夜子たちは異形から50メートルほど離れた場所にある、小さなビルの屋上へ跳び登った。

 ビルの高さは15メートルぐらいだろうが、それでもまだ異形を少し見下ろす程度だった。


「近くで見るとまたデッカいねえ。夜子ちゃん、準備は大丈夫?」

「はい! 大丈夫です!」

「おっけー。じゃ、私の後ろに待機しといて」


 そのとき、夜子たちの耳についた小型インカムに陽太と狐々見からの通信が入った。


「周囲建造物の固定完了。現地点より半径300メートル区域における能力使用申請、受理されました」

「住民の避難も確認済みっスー!」

「了解。んじゃ、行動開始」


 そう言うと鈴原はビル屋上のフェンスを跳び越え、外側にある"へり"に立ち、もう一歩踏み出せば落ちるという位置から異形に声をかけた。


「おーい! そこの君! 破壊行動を直ちにやめなさーい!」

「……あぁ? 誰だ?」


 ドスの効いた声と共に、異形が顔をしかめながらゆっくりと振り返る。


 異形になる前はもともと裏家業の人間だったのだろうか、その表情には尋常ではない凄みがあった。


「国防特務神異対策局です。大人しく投降すれば、あなたの身の安全は保証します」

「……投降だぁ? ふざけんな。俺にはやんなきゃいけねえことがあんだよ……。やんなきゃいけねえことがよぉ!」


 異形は怒気にその顔を歪めながら、触手をウネウネと動かし、あたりの建物に叩きつけていた。


 様子から見るに、もはや理性はほとんど残っていないのだろう。


「話聞いてる? 暴れるのやめろって言ってんの」

「あ゛ぁ? 馬鹿が邪魔してんじゃねぇぞぉっ!」


 そう言うと、男は触手の1本を鈴原へ向け、刺すようにして突き出した。


 瞬間。車の衝突したような衝撃音が鳴り響くと共に、突き出した触手はビルのへりを粉砕し、巻き込まれた金属のフェンスは飴細工のようにひしゃげ、歪なアーチ状に折れ曲がった。


「ハッ……馬鹿が」


 その様子を見て、男は勝ち誇ったように口角を歪める。


 だが、次に男が目にしたのは、フェンスとともに吹き飛ばしたはずの鈴原が、触手の上に軽やかに降り立つ姿であった。


「ああ? ……テメェ、どうやって……」

「さぁね。……夜子ちゃーん! 今の撮れた?」


 怪訝に睨む男をいなし、悠々と尋ねる鈴原。

 後方に隠れる夜子は、小型インカムに搭載されたカメラを異形へ向けながら、やけに大きな声で答える。


「は、はい! バッチリです!」

「よし。じゃ、投降の意思なしってことで――」


 そう言い、鈴原は自分の特殊端末を胸の前に掲げる。すると端末はたちまちに変形し、一振りのへと姿を変えた。


「サクッとやっちゃいますか」

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