今日も僕はパンを食べる

@kuruugingu

第1話

──パンを食べる。


 敵国との関係が悪化し、市民達を丸ごと巻き込んだ戦争が始まってから約半年。

 短期間の内にお互いに兵の数を減らして兵力が足らなくなった現在、国はとうとう僕のような若い者達を徴兵して戦場に駆り立てた。

 戦争の影響で物価が高騰し、治安が悪くなっていたとはいえ、昨日まで戦いなんてものと縁の無かった僕のような市民を急に命のやり取りが頻繁に行われるような地獄に放り投げないでくれと切に思うが、国の命令に逆らってしまったら命のやり取りをするどころか問答無用で打ち首連座になるため胸の内に強い不満を抱えたとしても国の指示には従わなくてはならない。

 憂鬱な気持ちを抱え、僕は昼食として作っておいたパンを片手に溜め息を吐いた。


──パンを食べる。


 国の行ったとてもありがたくない徴兵制度に巻き込まれて最前線の基地にお呼ばれした僕は、歓迎の証として兵士の皆に配られたぼそぼそとして大して美味しくもない菓子パンを食べながら、軍の方針と指示を聞いていた。正直全く分からないが、自分達に求められていることが国のために敵に突撃して死んでいくこと、と言うことだけは分かった。


──パンを食べる。


 仮に自分達が使い捨ての駒として呼ばれたことが確かだとしても、兵としての自覚を持ってくれなければ駒にもならない、と言うことで数日の間だけ軍の扱きを受けることになった。

 周りを見てみれば自分と同じように徴兵されてきたであろう若者達がそこかしこに集まっていて、その内の何人かと会話を交わすことができたが、その反応もまちまちであった。


 近い内に自分は死ぬんだろうという恐怖に苛まれて身体を震わせる者、お国のために自分の力を振るうことができると心を震わせる者。そしてもうどうにでもなれと完全に諦めの境地に入り、身体も心も何も動かさず、何もしない者もいた。すぐに軍に注意されて矯正という名の虐待を受けていたが。

 自分?自分は……パンを食べることができればそれで良い。


──パンを食べる。


 軍主導のお手軽新兵鍛造訓練も終わり、遂に自分達が戦場に降り立つ日が来てしまった。軍から手渡された銃が見るからにガタガタで、既に壊れかけている所に国も本当に余裕がないんだなと否応にも感じさせられる。

 そりゃ新兵を丁重に扱うことなんてできないだろうなと。


 そんなことを思っていたら、数日前に話して心を震わせていた男が皆の前に立ち、「皆!国のために頑張ろう!」と言う元気一杯な言葉を投げ掛けていた。いつの間に新兵のリーダーポジに収まっていたのだろうか。

 まぁ、彼のような戦争に対して前向きな考えをしている人間は新兵達を纏めるのには都合が良いしで、軍にこれ幸いと祭り上げられたのだろう。恐らく。


──パンを食べる余裕はなかった。


 戦場の最前線に立たされて、一日を生き残れることはできたのは奇跡以外の何物でもないんだなと、切に思う。


 訓練が厳しく、新兵の総数を数える程の余裕がなかったため分からないが、この一日だけでも集められた新兵のおよそ三分の二と思われる。確証はない。しかし、昨日と比べて新兵達の雰囲気がお通夜みたいに重苦しくなっていることは事実だった。何でこんなとこに来てしまったんだと啜り泣く声と何でこんなことに連れてきたんだと軍に対して怒り叫ぶ声がない交ぜとなり、正しく混沌を極めていた。


──数日ぶりにパンを食べたが、味はしなかった。


 戦いを始めてから、幾日か立っただろうか。残った新兵の数はもう両手で数えられる程度。軍の人達も、かなりの数が減っていた。何で僕が今も生きていられているのかは分からない。


 昼夜問わずに戦いに明け暮れ、寝床は常に土の中。疲労は四六時中付いて回り、蓄積に蓄積を重ねた結果なのか視界は濁り、耳には聞こえる筈のない雑音が混じるようになり、空腹を紛らわすために泥水をすすったからだろうか、味覚はいつの間にかぶっ壊れていた。正直、明日を生きていられる自信はもうなくなっていた。


──パンではないナニカを食べた。


 何度、死にかけただろうか。何度、敵国の人間をこの手にかけただろうか。


 気付いた時には自分の手はとっくに血の色に染まっていて、元の橙の色は影も形もなかった。空腹を満たすために口に入れる食べ物はいつも血と炭と泥の味がして、何を食べているのか分からなかった。

 新兵はもう僕とあの元気一杯に僕らのリーダー役をしていた彼だけ。と言っても彼が今どこで何をしているのかは分からない。途中で軍に呼ばれてからそのままだ。


 今日、僕は軍の部隊と共に敵の重要拠点に突撃をする。戦争をこれ以上長びかせるなと、国からの指示という名の文句に従った結果だ。

 全く、今となっては敵対国となってしまった元友好国の重鎮達に無礼な態度を貫き続けた結果、長く続く戦争を作り上げ、国に住む人達を巻き込んだのは国の政治家達のせいだというのに、勝手なことを言ってくれるものだ。


 まぁ、今更文句を言った所で彼らにこの声が届く筈もないし、届いた所で捨て駒として徴兵した僕の言葉なんて聞きはしないだろう。


 僕も良い加減疲れた。最期の最期に死に花を咲かせてやろう、なんて気はおきないが、せいぜいやれることをやるとしよう。



そして──何故か、今僕はパンを食べることができている。



 あの後、僕は生きていた。


 僕らが最期の突撃をかまそうとした直後、急に軍の上司から作戦の中止を言い渡された。何でも、別の部隊が敵の司令部を急襲して陥落させ、一気に戦況が変化したかららしい。


 しかも、その強襲した部隊を率いていたのはあの前向きリーダー君だったとのこと。


 どうやってリーダー君が司令部を落とすことができたのか、新兵である彼が部隊を率いる立場に付くことができたのかと気になることは多いが、上司から詳細を聞くことはできなかったので、この事は当人に聞くまで謎のままだろう。この先彼と出会える保証はないが。


 司令部を落としたからといって、戦争がすぐに終結するわけではない。しかし、司令部を落としたことで泥沼化していた戦況が劇的に変わったのは確かだ。その影響はすぐに出てくるだろう。味方にも、敵にも、そして僕にも。


 僕は今、戦場ではなく市街地にいる。


 新兵でありながらここまで生き延び、国に貢献した僕に少しの間だけでも休んでほしいと、軍の人が根回ししてくれたお陰で、僕は短いながらも休暇の時間を与えられた。

 戦いはまだ終わっていないし、この先にどんな光景が、未来が待っているのかは分からない。分からないけども。


 取り敢えず今は、こうして普通にパンを食べられていることに感謝しよう。


──今日も僕は、パンを食べる。

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