囚人番号3568番~ウィットに富んだ英国紳士~

寺田香平

第1話 英国紳士のフィナーレ

 


 私は、魔法が使える。ただ、ゲームのように家を燃やすほどの炎は出せないし、大洪水だって起こせない。私に出来ることは一つだけ。【感情を物質化】すること、ただそれだけだ。それも燃費が悪くて、一生を添い遂げるほどの恋を物質化して砂粒のひとかけら。一番うまくいったのは、世界で活躍するサッカー選手の情熱を物質化して、輪ゴムが出来たことだろうか。


 まあ、何が言いたいかというと、私は出来損ないの魔法使いなんだ。こんな魔法で奇跡なんて起こせっこない。そう思っていた。でも、現在私は監獄にいる。さらにその罪状は。


【魔法を使用したこと】


 なんて令和の世にはありえない罪状だ。私のようなウィットに富んだ40過ぎの英国紳士だって信じることはないだろう。まあ、極上の美女とのベッドの上ならわからないが、常識的にはバカバカしいことこの上ない。それがこの世の常識ってやつだ。誰もが信じている常識なんて、麗しい貴婦人が決めた諸々なんだろうさ。だけどね、私のようなウィットに富んだ英国紳士は、そこにいる麗しい貴婦人は口説かずにはいられない。まあ、オスの本能ってやつだとでも思ってくれ。


 なんて、心の中で一人芝居をしていると。


「囚人番号3568番、死刑の時間だ」


 なんて、ごついオッサン刑務官が牢の向こうから言ってくる。その様子に、ウィットに富んだ英国紳士たる私は、吐き捨てる。


「ああ、最期の死刑の時は麗しい美女を連れてきてくれ」


 すると、このいかにも堅物のオッサン刑務官は。


「ああ、その通りだ。最期の瞬間に見るのは極上の美女に限る。それは英国紳士の総意だ。というわけでお前は今から公開処刑が決定した。魔法を使った男の処刑ってことで、英国中の美女に美少女、さらには美幼女まで集まっている。最期の瞬間はハーレムだ。良かったな」


 なんて意外な言葉を言うではないか。私は歓喜して。


「ははは、分かっているじゃないか。女に囲まれて死ねるなら本望だ。英国紳士なんて奴は下に生やしたマグナムを討ち放つためにウィットとマナーを駆使する獣だからな」


「ははは、分かってるな3568番。殺すのが惜しいくらいだ。だが、さっさと死んでくれ。俺にはお前を殺した後に集まった美女をナンパするって重要な仕事が待ってるからな。もうラブホテルも予約済みだ」


「ほぉ、それは大変だ。私はさっさと死ぬとしよう」


 なんて会話をして、私は厳つい刑務官と公開処刑の場所に車で移動する。その間、オッサン同士が黙っているのが辛いとでも思ったのだろう。刑務官が聞いてくる。


「3568番、お前はどんな魔法を使ったんだ?」


 私は、刑務官の質問に。


「少し長くなるよ」


 と答える。すると、刑務官は。


「ああ、分かっているさ。まあ、処刑場に着くまでに終わらせてくれ」


 と気のない風な返事をする。だが、私は分かっている。この男は、期待していると。だって、そうだろ。処刑場には美女がたくさんいる。ナンパする彼女らを楽しませるためのウィットを補充したいと思うのが、英国紳士の性だ。だから、微笑みながら私はあの時の事を語る。


 ★★★★


 あれは、週末の日曜日の事だった。年も40を過ぎて、美女のお相手をするのも辛くなってきた。しかし、それでも英国紳士である私は美女が大好きだということは変わりない。そして、美女と出会うためには入念な情報収集が必須だ。そして、この日はその情報収集の結果、素晴らしい美女と出会えるという噂を聞きつけて近くの音楽ホールまで足を運んだ。噂によると、今日演奏するあるピアニストが大層な美女だという話だからだ。私としては。


(あわよくば、ベッドをご一緒したい)


 なんて気持ちでいっぱいだ。英国紳士は下のマグナムを発射するためならば、いかなる困難も突破するのだ。そんなわけで、私はチケットを購入して彼女の演奏を楽しむことにする。今日は様子見だ。女性の心はガラスよりも繊細だ。いきなり、突撃すれば警戒心を抱かれてしまう。英国紳士たる私は待つことの重要性を知っているのだ。なので、私は想う。


(待っていてくれよ、マグナム♪)


 まあ、相棒への呼びかけだ。下らない戯言だが、こんなことをしている間にも時間は過ぎて、お目当ての彼女の出番になる。私は彼女が入場してくるなり、その身体を観察する。そして。


(ふむ、ルックスそれなり。胸は年齢を考えれば豊満。足の筋肉の発達具合から、緩いということはないだろう)


 なんて、目当ての女性をランク付けする。そして、違和感を抱く。


(私の情報筋の話と違う。確かに美人ではあるが、噂には見劣りする。)


 非常に失礼な話だが、噂の彼女は絶世の美女だ。この現実に私は。


(ガセネタを掴ませられたか。)


 と歯噛みする。この時の私は自身の魔法の事なんて考えていなかった。純粋に彼女とベッドをご一緒したいという、純粋な下心で動いていた。しかし、彼女はピアノを弾いた瞬間、それは変わった。


 彼女が鍵盤に指をのせる。そして、指に力を込めて音を鳴らす。音は連なって旋律となっていく。楽器を弾いて、音楽を演奏するのなら、当然の出来事。


 ただ、彼女のそれは違った。音が風景を魅せる。旋律は時の流れを忘れさせる。その旋律に耳を傾けている間は、美というものに触れていられる。そんな、音楽を彼女は描いていた。


 だから、私は自分の目的なんて忘れてしまったんだよ。ベッドにご一緒? 英国紳士? そんなものはどうでもよくなった。美というものに触れて、私は浅ましい欲望から解放された。そうして、私はまるで拍手をするように魔法を使った。


 正直、無意識だったさ。私の力は魔法なんて言うほどのものではない。だから、存在を忘れかけていたんだ。でもね、この時に思い出して、使ってしまったんだ。


 彼女が音楽を使って描いている美を残しておきたくて。


 その結果がアレさ。彼女のピアノの演奏が終わると共に、鳴り響いた拍手。観客の感動。おびただしい感情が、形を持ったんだよ。


 その形は花束だった。それはまるで、彼女の演奏のフィナーレに観客が花束を投げかけたようだった。そして、私は感動したさ。エロ目的なんてどうでもよくなっていた。


 魔法を発動できた充足感に浸っていたんだ。そして、その間に私は捕まったようだ。


 ★★★★


 私が話し終わると、刑務官は。


「はは、あんたほどの英国紳士が下半身事情を忘れるなんてな。その音楽を聴いてみたいもんだ」


 なんて言ってくる。そして。


「時間だ。ここがあんたの処刑場だぜ」


 と車から降ろされる。そこは白い建物、結婚式場だ。私は意味が分からなくなって、刑務官に質問する。


「これはどういうことだ?」


 すると、刑務官はニヒルな笑みを浮かべて。


「はは、あんたは魔法を使った、でも、誰も傷つけちゃいない。そして、嘆願があったのさ。熱烈な、ね」


 と言いながら、手錠を外して。


「あんたは釈放だ。そして、結婚式場に入りな。お目当ての女性が待ってるぜ!!」


 私は刑務官の言葉に従って、結婚式場に入る。すると、中にはたくさんの参列者とピアノの前に座ったピアニストの女性。よく見ると、あの時の女性だ。


 そして、私が入ってきたのに気づいた観客が騒ぎ出す。そして口々に。


「あの時はありがとう!!」


「すっげえ経験したぜ!!」


「あんた、超クールだぜ!!」


 と私を褒めたたえる。最後にピアニストの彼女がそれを盛り上げるように。


 ピアノを鳴らす。あの時のように美しい旋律。その調べは周りの感情を巻き込む、だから、私もあの時同様巻き込まれて、魔法を発動する。


【感情を物質化する魔法】


 そして、短い旋律の後に、感情が降りてくる。それはただの板だった。だが、その表面には。


 <あの時はありがとう>


 と書かれている。それがここにいる観客の感情なのだろう。そして、演奏が終わったからか、ピアニストの彼女が近づいてきて。


「おじさん、ありがとう。そして、大好きです。お付き合いしてください!!」


 と元気に告白してくれる。少女のルックスはそれなりで、胸は豊満だが、私の求める姿ではない。今までなら、何とも思わなかった一回りや二回り年下の少女だ。だが、私は呟く。


「確かに、処刑場だったな」


 そして、彼女に向かって。


「ああ、私も大好きだ。付き合ってくれ」


 と答える、少女は喜んで、私に抱き着く。そして、周りからは拍手の音。


 私はまたもや魔法を発動する。


 すると、頭上には花束が出来上がる。それに私は苦笑いだ。


(英国紳士なんて遊び人が一人の少女に囚われる、か)


 そんな皮肉なフィナーレに、私の魔法は花束を寄越した。彼女の音楽を聴いた時と同じく。


 そこから語るべきものはない。音楽と魔法で結ばれた年の差カップが、幸せに暮らしたというだけの話。そして、彼らの住む家からは音楽が絶えることはない。ただ、心で出来た花束が溜まりすぎて、家の外に立派な花壇が出来てしまったというだけだ。


 英国紳士のフィナーレを飾るのは心の花束。きっと、こんな幸せを求めていたんだろう。なんて、誰かが言った。


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