花束に成れ

惣山沙樹

花束に成れ

 その男のパーティーに呼ばれたのは今回が初めてでは無かった。まだ入社してすぐの頃、先輩に着いてびくびくと訪れたのが最初だ。どういうわけか男はあたしを気に入ってくれて、すぐに「担当者になって欲しい」と打診されたのだ。

 それからあたしは、幾たびも「花束」を男に差し出した。綺麗な言い方をしてみればそうなるけれど、実際のところは、違法改造されたセクサロイドだ。彼女たちは高価なパーツを与えられており、感触も実際の女と遜色ない、らしい。実際には知らない。あたしはセクサロイドとは交わったことが無いのだから。

 しかし、それがあたしの仕事だった。違法改造だと知りながら、それでもセクサロイドとの一夜を求めるお客に彼女らを提供すること。危ない橋を渡っているということは重々承知している。もしこれが当局にバレたら、あたしは間違いなくお縄になる。


白崎しらさきくん」


 男があたしの名前を呼んだ。笑みを貼り付ける必要はない。努めてクールに、あたしは返事をした。


「はい、何でしょうか」

「今日の花束は何本だい?」

「三本です。どの花も、お気に召すかと」

「そうか……」


 男はあたしの頭からつま先を舐めるようにして眺め始めた。あたしはこの場に合うように、真紅のイブニングドレスに身を包み、八センチのヒールを履いていた。


「実は、今回でわたくしが担当するのは最後となります」


 そう事実を告げると、男は大きく目を見開いた。


「何だって? 俺は白崎くんだからこそ花束をお願いしていたのに」

「後任の者なら、ご安心ください。わたくしがきちんと引継ぎをいたしますので」

「そうか。それじゃあ尚更、今夜は君も花束に加わってもらおうかな」


 何だって? あたしは耳を疑った。男は相変わらず、下衆な笑みを浮かべていた。花束に加わる、それはつまり。


「良いんだよ? 花屋なら他にもあるからね」

「……わかりました」


 あたしは唇を噛んだ。断る事なんてできやしない。あたしが食べていけているのは、この会社のお陰だ。拾ってくれた社長のお陰だ。そして、この男は上お得意様だ。複数のセクサロイドをかなりの頻度で借りてくれる。こんなお客を取り逃がしたとあらば、社内でのあたしの居場所は無くなるだろう。

 さあ、今夜だけ。今夜だけだ。あたしは一度パーティー会場を離れ、ワゴン車に戻った。後部座席には、三体のセクサロイドが行儀よく座っていた。


「リリー、ローズ、マーガレット。出番よ」


 それぞれの名を呼ぶことで、美しく着飾ったセクサロイドたちはのっそりと立ち上がり、あたしについてきた。そうして、「特別室」の前まで連れていくのがいつもの流れだ。しかし、今日は違う。あたしもこの中に入らねばならないのだ。


「白崎くん。まあ、くつろぎたまえ」


 男は赤ワインを手にゆったりとしたソファに座っていた。奥にはキングサイズのベッドが見えた。あたしの後ろで立ち尽くしていたセクサロイドたちは、次の「指示」を待っていた。


「お嬢さん方は、とりあえず隅の方に立っていてもらおうか。壁の花、というわけだ。はっはっは」


 可笑しいだろう。ああ、可笑しいだろうな。セクサロイドと一緒に生身の女を抱こうとしているのだから。


「お嬢さん方も笑いなさい」

「うふふふふ」

「あっはっは」

「えへへへへ」


 花束たちが笑った。あたしも笑えればいいのだろう。しかし、それができるほどあたしは器用では無かった。


「白崎くん。下の名前は何という?」

「菊の花と書いて、菊花きっかです」

「ほほう。クリサンセマムか。いいかい、白崎くん。今から君は花束の一員だ。クリサンセマムだ。いいね?」

「はい」


 男は名前を与えてくれた。せめてもの温情だと思った。これであたしは、白崎菊花しらさききっかではなくクリサンセマムとして扱われることができる。

 さあ、この一夜。この一夜だけの我慢だ。これが終われば、あたしは香港で支店長になれる。一文無しだったあたしをその場にまで昇りつめさせてくれた社長には感謝している。だからこそ、あたしはここで花束を演じなければならない。


「さあ、おいで、クリサンセマム」


 菊の花言葉をこの男は知っているのだろうか? 色により、色んな意味がある。真紅の衣装を身にまとった今のあたしは、さながら赤い菊というわけだ。その花言葉は、「あなたを愛しています」。冗談じゃない。しかし、クリサンセマムを演じるのには丁度いい。


「はい、ご命令のままに」


 あたしは男の手を取り、甲にキスをした。

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花束に成れ 惣山沙樹 @saki-souyama

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