第49話 結婚相談所

 ある都市の片隅に、もうじき四十になろうかという女が暮らしていた。

 女はまだ独身で、現在交際相手はなく、築年数の随分過ぎた家賃の安いマンションに一人寂しく住んでいた。


 しかし彼女も、好きで寂しい独身生活をしているわけではない。


 彼女にだって、人並の結婚願望はある。

 異性との交際経験だってあったし、なかには結婚を意識した相手だっていた。


 しかし彼女は、とにかく男運がなかった。


 彼女の交際した相手とは、金に汚かったり、すぐに激昂したり、だらしのない生活をしている男ばかりだった。


 それではとうてい、結婚などできまい。

 なので彼女は、男を袖にして、袖にして、ついにこの歳までなってしまった。


 このままでは一生結婚などできないし、独居老人となり孤独死する未来がありありと見えて、女は焦り始めた。


 そこで彼女は、結婚相談所に入会することにした。

 自分でろくな交際相手をみつけられないのなら、いっそのことプロに任せてしまえばいいのだ。


 成婚率の高い、テレビコマーシャルでも見かける結婚相談所ならば、男性の入会者数も多く、良い結婚相手がみつかると思ったのだ。


 ところが現実はそううまくいかなかった。


 女が入会した結婚相談所は有名なところで、調べた限り成婚率も一番で、男性会員数も多かったのだが、ろくな男を紹介してくれなかった。


 結婚したあとで経済的に苦しまなくていいよう、女は年収一千万円以上の男を望んだが、紹介されるのは大抵年収六百万円以下だった。

 結婚相手は若い男のほうが、両親に孫を抱かせる機会も増えるだろうと、年齢三十歳以下の男を望んだが、紹介されるのは大抵三十五歳以上だった。

 デートをするとき、街を歩くのに恥をかくのは嫌だと、背の高いほうがいいと、身長175㎝以上の男を望んだが、紹介されるのは大抵身長170㎝以下だった。


 それならばと、せめて清潔感のある男を紹介してくれと頼んだが、紹介されるのは顔が脂ぎっていたり、頭髪が薄くなってきたのばかりだった。


 このままでは、せっかく高い入会費を払ったのに、毎月の会員費もばかにならないのに、ろくでもない男と結婚させられそうだ。


 これでは余計な金がかからないぶん、自分で交際相手を探したほうがましだと女は思った。

 入会費は高い授業料だったと諦めるとして、月々の会員費はとても払っていられないと女は思った。


 なので彼女は、入会してまだ一年も経っていないが、結婚相談所を辞めることにした。


 つい最近来たばかりのような、結婚相談所の事務所に赴いて、女は応接室で、結婚相談所の職員と向かい合って座った。


 女は出された安い茶を啜って、眉間にしわを寄せて、まるで吐き捨てるように言った。



「この結婚相談所は、ろくな男性を紹介してくれないので、もう辞めようと思っています」



 女の言うのを聞いて、結婚相談所の職員は目をしばたかせ、一度お茶を飲んで、微笑むようにして言った。



「それはよかった。これでこの結婚相談所の女性会員も、ちょっとはましになる」



 自分が安マンションに住んでいるくせに、どうして結婚相手に、年収一千万円以上を望むのだろうか。

 自分がもうじき四十になろうというのに、どうして結婚相手に、若い男ばかりを望むのだろうか。



 見てくれだって、自分だって特別褒められたわけでもないのに、どうして結婚相手に、高身長や清潔感を求められただろうか。




 女は知らずのうちに、高望みをしていたのだ。


 そのために、今の今まで婚期を逃して、婚期を逃して、逃し続けてきたのだ。



 女は知らずのうちに、高望みをしていたのだ。




 自分の傲慢さに気がつくときが、果たして来るのかそれとも来ないのか――。



 手遅れだとは、まだ言うまい。

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