高熱魔法 ~匂いの記憶~

淀川 大

高熱魔法 ~ 匂いの記憶 ~

 僕の名前はキー。こちらの世界では米倉貴一よねくらきいちと呼ばれている。コンビニの店員だが、仕事に慣れていない。


 僕は、あちらの世界では、大魔導師だった。魔法界のトップだ。だから、よく王様のうたげに招かれたり……。


「おい、貴一。――貴一、聞いてるのか!」


「は、はい!」


「何やってんだよ。またフライヤーの温度設定を間違えてるぞ。唐揚げがじゃねえか!」


「す、すみません」


「ボーっとするなよ。くせえなあ。焦げた肉と油は捨てとけよ」


「すみませんでした。すぐやります」


 また店長に怒られた。でも、仕方ない。こちらの世界の生活習慣には慣れないし、それに僕には考えなければならない事があるのだから。それにしても、こんな鳥肉なんて、僕の魔法なら一瞬でローストチキンにできるのに。面倒だなあ。この油も捨てないといけないし……。いい匂いなのだけど。


「おい、貴一。俺は裏で少し仮眠とるから、レジ頼むぞ。客が少ない深夜だからって、サボるなよ」


「はい。分かりました」


 僕には大事な使命がある。暗黒騎士ジョウを倒す事だ。僕は奴を追って、この世界にやってきた。だから、こうしていつも探索魔法を頭の中で繰り返している。何度も何度も。


 早くジョウを見つけて倒さないと、この世界は滅んでしま……。


「すみませーん。あのお、聞こえてますか」


「あ、失礼しました。考え事をしていて……」


「急いでんだよ。早くしてくれよ」


「え……っと……」


「何べんも言わせるなよ。タバコ! さっきから言ってるだろうが」


「あ、そうでしたね」


「そうでしたね、じゃねえよ。呼んでも出て来ねえし、なんか焦げ臭いし。何の臭いだコレ。ボーとしてないで、さっさとしてくれよ」


「どれでしたっけ」


「覚えてねえのかよ。俺、毎日ここに買いにくるよな。同じタバコを。違うの買ったことあるか?」


「あ……ですよね、ははは……」


「ほら、その隣……違うよ、下の段。それだよ、それを一つ!」


 煙草の販売は簡単だ。ここの光に当ててピッと鳴らすだけ。お金もセルフレジで客が勝手に払ってくれる。


 それより、僕のグリモワールは何処だ。ああ、グリモワールは魔導書の事で、僕がこれまで習得した高次魔法とかの呪文が記された秘伝の書物……。


「おい、そっちで何か操作するんじゃないのか。いつまでたってもレジの表示がにならねえぞ!」


「あ! そうでした。ボタンを押し忘れて……」


「早くしてくれよ、急いでんだよ!」


「すみません。――はい、終わりました。お支払いは、そちらの画面表示に従って……」


「分かってんだよ。うるせえなあ」


「ありがとうございました」


「袋!」


「はい?」


「レジ袋だよ。大きいやつ。客を待たせたんだから、一枚くらい付けろよ」


「いや、でも、これは有料ですので、代金をいただかないと……」


「一枚くらい良いだろうが。サービスしろよ」


「いや、でも……」


 どうするか。僕の高熱魔法で大やけどさせてやろうか。いや、まだ僕の正体は明かせない。ここは僕の世界じゃないし、袋の一枚くらいどうということは……。


「おい、あんた。急いでるんじゃないのか。後ろの客が並んでいるんだが」


「あ? 何だ、おまえ。黙って並んでろ!――おい、コラ! 店員よお、袋を付けろって言って……くそっ、なんだ、これ……」


「あんたが『何だ』と尋ねたようだから、こうして警察バッヂを見せているんだが、老眼か? もう少し離した方が見えるか?」


「あ……いや……」


「見たところ、強要か、強盗の一歩手前というところだが、どうするよ」


「け、刑事さんでしたか。失礼しました。俺は頼んでいただけで。お兄ちゃん、悪かったな、デカい声出して」


 さっさと帰れ。時間の無駄した。警察官か。助かったけど、気は抜けない。ジョウがこの世界で働くなら警察官が最適かもしれないからな。


「いらっしゃいませ。他のお客様もお待たせしてすみません。あ、お客様、先程はありがとうございました」


「いや、俺は客じゃないんだ。こいつらも、俺の職場の同僚だ」


「は?」


 まさか、こいつがジョウか!


「いや、ジョウでもない。あのノートに君が書いていた物語や変な呪文とは関係ない。ここは現実の世界だ」


 こいつが僕のグリモワールを!


「君の家で見つかったご両親の遺体の傍に落ちていたノート、あれは君のだろ。油鍋から君の指紋も出た。それから、これは逮捕状と手錠だ」


 ああ……。


「ほら、そっちの手も出せ。いいか、君はキー魔導師じゃない。ただの米倉貴一だ。ところで店長さんは何処だ。ご家族から連絡が取れないと通報がされている。朝には帰宅する予定だったそうだが、もう正午前だ。ちょっと、奥の部屋を見せてもらえるか」


 他の客だと思っていた男たちが休憩室の中に入っていく。すぐに一人が叫んだ。


「主任、救急車を! 大やけどしています! 重症です、意識もありません!」


 僕の魔法でいい匂いがしてたのに。油は捨てろと言われたから捨てた。城嶋じょうしま店長に。城嶋じょうしまジョウ……ああ。


 了



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高熱魔法 ~匂いの記憶~ 淀川 大 @Hiroshi-Yodokawa

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