贈り物を君に〜転生先で俺は、神様からの贈り物だった〜

まかろに

第1話 はじまり

 非日常って、本当に思いもよらない時にやってくるんだなあと、つくづく思う。

 始まりはそう、ごくごく普通の、なんてことない1日の終わりにやってきた。


 通学するときの装備がブレザー一枚からコートに変わって、ああそろそろ冬だな、なんて思う、秋の終わりの帰り道。

沈みかけの太陽のせいで街が黄金色に染まって見える黄昏時。昼でも夜でもない、それは世界の境界線が淡くぼやける時間。


 それこそ別世界のような不思議な感覚を味わいながら、俺は一人帰り道を辿っていた。が、ふと視線が、横断歩道を渡っている小学生の子供に吸い寄せられた。小さな体に大きな赤いランドセルがなんともアンバランスで危なっかしい。信号を確認すると、ちゃんとそれは青信号。何も心配はないはずなのに、虫の知らせ、とでも言うのだろうか。俺の足はその場でぴたりと静止した。

 その直後だった。けたたましいドリフト音が、黄昏の空気を切り裂く。角を猛スピードで曲がってきたトラックが、ゾッとするような重いエンジン音を引き連れて道路を爆走してきたのだ。遠目に見える運転手の顔は、恐怖に引き攣っている。


 ますます速度を上げるトラックと、その先にいる小学生。驚愕のあまり突っ立っている子供のあどけない顔が、みるみる恐怖に歪んでいく。


─────違う。子供が浮かべるべきは、そんな表情じゃない。


 気づいた時には、俺は横断歩道に向かって走っていた。荷物を投げ捨て、強く地面を蹴って。俺は全身全霊で、その子供を突き飛ばした。その刹那、まるで時がゆっくりになったような錯覚を覚える。スローモーションのように周りの風景が、トラックが、ひどく遅く動いて見える。そんな俺の前で、子供の表情が恐怖から、やがて驚きへと緩やかに変化する。


ああ、ごめん。そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。ただ、笑っていてくれたら。


 それを声に出す時間は、到底残されてはいなかった。

耳をつんざくクラクション。全身を穿つ衝撃。暗転。

これは死ぬな、という確信があった。


意識を失うその一瞬前、黄昏の金色に染まった街が、絵の具を溶かすように滲んだ気がした。



・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・



 誰かが歩き回る足音がして、俺はゆっくりと意識を浮上させた。と同時に、もう二度と開くことがないと思っていた目をゆっくりと開ける。焦点を定めるのにとっても苦労したけれど、やがて視界に広がったのは木でできた天井。俺、一体どうなったんだっけ。

 子供を助けようとしてトラックに撥ねられたことまでは覚えている。が、当然ながらその先何が起こったのかさっぱりわからない。あの速度と質量のトラックに体当たりされたら、十中八九命はないはずだ。ぶっちゃけ、ぐちゃぐちゃになっててもおかしくないと思う。

 しかし、これはどうしたことだろう。ちゃんと見えるし聞こえるし、息はできるし思考もできる。試しに四肢の状態を確かめてみようと体を起こす。───否、起こそうとした。途端に全身に激痛が走って、俺は情けない呻き声と共に枕へ頭を沈める。無念。でも痛みを感じるということは胴体はどうやら繋がってはいるらしい。ますます不思議だ。

 と、ここで俺の呻き声に気づいたのだろう。さっきから部屋を歩き回っていたらしい人物の足音が、真っ直ぐこちらへ向かってきた。かと思えば、サッとカーテンを開けられて、白衣姿の若い男性が顔を覗かせる。格好からして医者だろうか。


「よかった、目が覚めたんだね。」


 そう言って柔らかく微笑んだ男性に、俺は思わず目を見開いた。と言うのも、男性が日本人ではおよそあり得ないような風態をしていたからだ。

 ひとつに束ねた白い長髪に、水色の瞳。まるで何かのゲームや小説の世界から飛び出してきたみたいに見える。

 困惑する俺にかまわず、彼は俺のベッド脇に立ってテキパキと状態確認を始めた。


「いやぁ、意識不明の重体からよくここまで回復したよ、ほんと。」


 若いってすごいね。なんて、アンタも若いだろ、とツッコミたくなるようなセリフを吐いた彼は、俺の脈を取ったり熱を測ったり、果てには瞳孔や下瞼なんかも確認してから、安心したように体を起こした。そして、カルテらしき紙に何かを書きつけながら再度口を開く。


「若干貧血気味だけど、問題なさそうだね。傷が治りきっていないから、しばらく安静にしておくこと。いいね?絶対だよ?」


 無駄に圧を感じる口調に、もちろん首を横に振ることなんてできなくて。小さな声で「はい」と返事すると、彼は満足げに微笑んだ。どうやら怖い人ではなさそうだ。そう判断した俺は、思い切ってこの燻っている疑問を彼にぶつけてみることにした。


「あの、ここは一体どこですか?俺、どうなって……。それに、貴方は誰なんですか?すみません、本当に何が何だかさっぱりで」


 順序立てて質問しようと思っていたそれらは、脈絡のかけらもなく口から飛び出していく。思っていたより自分でも混乱しているみたいだ。けれど彼は嫌な顔ひとつせずに、むしろその当然の疑問に今気づいた、と言わんばかりに目をパチパチさせてから、申し訳なさそうな顔で笑った。


「ごめんねそうだよね。確かに目が覚めて知らない場所にいたらびっくりするよね。」


 自分の失態に苦笑しながら、ベッド脇の椅子に腰掛けた彼は、気持ちを切り替えるように咳払いする。そして、真っ直ぐ俺の目を見ながら柔らかく微笑んだ。


「僕はダヴィード・ザヴァッティーニ。こんな見た目でも医者なんだよ?そしてここは、僕の診療所。王都の郊外にあるド田舎の、唯一の診療所だから、需要は結構あるみたい。お陰様でなんとか暮らしていけてるよ。二週間前くらいに、意識不明の重体で運び込まれてきた君を治療してたんだ。」


 理解できた?と覗き込んでくるダヴィードと名乗る青年を前に、俺はしばらく硬直した。

 突っ込みたいポイントは二つ。ひとつ。彼の名前がどう考えても日本人じゃない。二つ。王都ってどこよ。

 俺の困惑を察したのか、はたまた沈黙が居た堪れなくなったのか。困ったように眉尻を下げたダヴィードが、付け加えるように説明を入れた。


「あー、王都っていうのはレブハフト皇国の中心地ね。皇国はわかる?あ、もしかして外国人かな。言葉は通じてるみたいだけど、旅行者?どこからきたの?」


 逆に彼から質問攻めを喰らった俺は、大混乱にたたき落とされた。レブハフト皇国?待ってどこそれ。旅行者?日本どころか県内から脱出したことすらないわ。


「えーと、ダメもとで聞くんですけど、ここって日本ですか?あ、それとも名前からしてヨーロッパの国ですかね。」


「ニホン………?」


 今度はダヴィードが困惑する番だった。首を傾げながら、俺が言った言葉を口の中で転がしている。まさか日本をご存じでない?国際社会でもそれなりに存在感あるはずなんだけどな。

 が、そこでようやく俺は察した。こういうの知ってる。トラックに撥ねられて、目が覚めたら自分の知ってる場所じゃないみたいなやつ。


「異世界かよここ………」


 あまりにもベタすぎて、一周回って気付くのが遅れた。というか、こんなファンタジックな現象を自分が体験するとは思っていなかった。予想外すぎる展開に、俺は両手で顔を覆いながらため息と共につぶやく。俺───沢原亜弦   あいと、どうやら異世界に転生してしまった模様です。

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贈り物を君に〜転生先で俺は、神様からの贈り物だった〜 まかろに @shiganai-monokaki

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