第56話 ヘドロ島の真実

 床にぽっかりと穴が開いた。

 地下に下りるためのハシゴもある。


 まずはタウチーが下りていった。

 それから宗一、マギと続き、夜と乃雨は最後に下りた。


 そこは廊下だった。


 大人二人がやっとすれちがえるほどの幅で、艶のあるタイルの壁と天井に、声や足音がよく響いた。


 まるで地下鉄の通路のようだ。もちろんヘドロ島の地下に列車など走っていないだろうが。


 歩くと床が青色に発光した。


「なんだこれは!」


 宗一が驚いて飛び上がり、壁に背中をピタリとつけた。


「これは振動力発電を埋め込んだ床だ」


 スタジアムのコンコースで同じものを見たことのある夜が説明した。


 歩くときの振動で発電・発光する床だ。エコでオシャレなのだが、停電したときの非常灯にもなる。べつに罠じゃないと宗一を落ち着かせた。


 おそるおそる宗一が床を踏んだ。

 ほんの一秒くらい、淡くぼんやりと青色に床が光った。


 集団で歩くと、まるで一匹の青い大きな魚が、ゆらゆらと追従してくるようで幻想的だった。


 しばらく歩いて夜は気づいた。

 廊下には一定間隔で、隔壁を下ろすための溝があった。


 これは細菌やウイルス、実験動物などの外部漏出バイオハザードを防ぐための装置ではないだろうか?


 ただの直感だったが、もしそうだとしたら、ここは地下研究所ではないか。そんな気がした。


 いよいよ『原始の炎』の正体があきらかになる。

 夜は緊張した。


 歩いているとドアの前を通りすぎた。それを無視してまた少し歩くと、二つ目のドアでタウチーは立ち止まった。


 ドアの横にはカードリーダーがあった。赤いカードキーはここで使うのだ。


 ドアが横滑りで開いた。


 その部屋を見て、最初に夜はこう思った。

 管制室だと。


 昔テレビで観た国際宇宙ステーションの管制室とよく似ていたからだ。


 部屋の前方右側にコンソールが二列並び、逆の左側にはブリーフィング用の円卓が置かれていた。


 部屋の前の壁には、横長の大きなモニターが埋め込まれ、部屋の後方には、いかにも責任者用といった大きなデスクが置かれていた。


「ようやく来たか」


 コンソールの前に座っていた男の一人が、椅子を半回転させてふり向いた。白髪の老人だった。


「喜べ爺さんたち、『SAKURA』を持ってきてやったぜ」


 タウチーが言うと、コンソールの前に座る四人の男たちから、おおっと歓声があがった。


 四人とも老人だった。しかしそれよりも着ている服が気になった。

 なぜなら全員が白いコック服なのだ。


 戸惑う夜に、タウチーが言った。


「ここは中央制御室だ」


「中央制御室? なんだ、それ」


「ヘドロ島のシステムを管理する部屋さ」


 意味がよくわからなかった。


 目をぱちくりさせる夜をよそに、タウチーは乃雨に「『SAKURA』を貸してくれ」と言い、受けとった『SAKURA』を持って、後方の大きなデスクにどっしりと座るニライカナイの店長、知念のもとまで向かった。


「知念艦長」


 まちがいなくタウチーはそう言った。


 艦長? 店長ではなく?


「艦長、これを」


 タウチーからUSBメモリを渡された知念は、白い軍服のような服を着ていた。いくつもの勲章を左胸にぶらさげていたが、夜にはそれらの価値はわからなかった。


「三十五年待った」


 知念は椅子から立ち上がると、目を閉じた。そして天井をあおぎ、魂まで抜けそうな深く長い息を吐いたかと思うと、ゆっくりと敬礼した。


 そのまま本当に死んでしまったように、彼は動かなくなった。


「急いでくれ艦長。外で仲間が時間を稼いでくれてる」


「少し待て。いま死んだ仲間に報告しておるんじゃ」


「山岸機関長が逝っちまって六年か」


 コンソールの前に座る老人の一人が言い、目頭を指でぬぐった。


「誰よりもこの日を待ち望んでおった男じゃ。あの世で喜んでおるだろう」


 今度は両手を合わせ、なんばんだぶ……と知念は念仏まで唱えはじめた。


 終わるのを焦れったそうに待っているタウチーだったが、夜は我慢できず言った。


「いったいこれはとういうことだ、説明してくれ」


「ここはヘドロ島の指令室さ。そんで爺さんたちは、ここの元スタッフ」


「指令室? 元スタッフ? なんだそれは」


「ヘドロ島はもともと軍事要塞なのよ」


 背中の乃雨が言った。


「軍事要塞? ウソだろ」


「ウソじゃないわ。このお爺ちゃんたちも、みんな自衛隊や海上保安庁の元職員よ」


 言われて夜は、知念に視線を移した。


 そういえば高齢のわりに背筋もピンと伸びているし、どことなく軍人の風格も感じられた。


「そろそろ頼むよ、艦長」


 タウチーが待てなくなり促した。


 ようやく知念は念仏をやめた。


 彼は小さな白い箱型の装置を持つと、それにタウチーから受けとった『SAKURA』を差し込んだ。装置はケーブルで彼の端末につながっていた。


『SAKURA』に暗号解読をさせているのだろう。計算はすぐに終わった。


 それから端末でいくつかの操作をしたのち、最後に黒いカードキーをリーダーに読み込ませた。


 機械音声がシステムの起動をアナウンスした。


「いよいよじゃ皆の衆、三十五年間の訓練の成果、いまこそ見せようぞ!」


 知念が気勢を上げると「おうよ!」とコンソールの前に座る年寄りたちも呼応した。


「これからなにが起こるんだ」


 いよいよわけがわからなくなり、夜はタウチーに訊いた。


「『原始の炎』にアクセスするんだよ」


「じゃあ本当に『原始の炎』が、この島に眠ってるのか」


「そうだ。いままでは五分おきにパスコードを自動変更するセキュリティに阻まれてきたけど、いま艦長が『SAKURA』でそれを突破した。すげえぜ、そのプログラム。あっという間に解きやがった。三億円でも安いくらいだ」


「見て、モニターに映像が」


 乃雨が正面を指した。図形がモニターに表示されていた。横長の六角形だったが、回転をはじめたので3Dモデルだとわかった。


 ヘドロ島を模しているのだろう。


 その内部をえぐるようにしてカメラが高速移動し、最後に上昇して六角形をふたたび映しだすと、ネットワークを疑似表現するような線が縦横無尽に走った。


「システムオールグリーン。いいぞい、艦長」


 コンソールの前に座る老人の一人が、親指を立てた。


「これよりヘドロ島は、フィリピン海へ向けて出航する!」


「フィリピン海!?」


 夜は声をひっくり返した。


「『原始の炎』の力で、ヘドロ島を動かすんだよ」


 タウチーが言った。


 うそだろ。島一つをどうやって動かすんだ。


「いったい『原始の炎』ってなんだよ」


「原子炉さ」


 タウチーの言葉に、夜は一瞬息をするのも忘れた。「原子炉? この島に?」


「二基ある」


「それじゃあ、ヘドロ島って――」


「正式には『機動洋上基地』っていうらしい。バカでかい母艦ってことだ」


「母艦……」


 口にしてみたが、まったく現実感がなかった。

 島だと思っていたものが、じつは超巨大な軍艦だったなんて。


「こちら技術班」


 また老人のしゃがれた声がした。しかし今度は部屋のスピーカーからだった。


「こちら制御室」知念艦長が通信相手に返した。「小野寺班長、『原始の炎』の機嫌は?」


「すこぶる良好じゃ」


「ここまで長かったな」


「ああ長かったな艦長。死んだ連中も喜んでおるだろう」


 しんみりした空気が流れる。知念艦長は感極まり、真一文字に結んだ唇を震わせ、正面に向かってまた敬礼した。


 年寄りのペースに合わせたら話が進まない。夜は乃雨に訊ねた。


「なんで政府はこんなものを建造したんだ。国民には知らせないで」


「九条さんが言うには、国防のためらしいわ。日本はシーレーンに代表される海の防衛に悩まされ続けてて、アメリカが『世界の警察』をやめてからは日米安保も不透明。そんななかで中国やロシアと対峙しなくちゃいけないからって」


「少なくともアメリカには話を通してたと思うぜ」タウチーが補足した。「将来的に島を南シナ海に移動させて、対中国の要塞にする計画もあったそうだしな」


「ゴミ処分場っていうのは、最初からカムフラージュだったのか」


「そうだ。だから政府は島を途中で閉鎖した。国も都も財政難だからってな。でもこれは計画どおりで、じつは最初からむちゃな予算を組んでたんだ」


 タウチーは不敵な笑みを浮かべ、続けた。


「神楽のゴロツキや違法業者を放置したのもわざとだ。治安が悪くなると人々は寄りつかなくなる。いろんな秘密を抱えた島を守るのには好都合ってわけさ」


 でも――。

 うって変わり今度は眉をひそめ、タウチーはかぶりをふった。


「二十二年前にあることが起きて台無しになった」


「なんだ?」


「親中派の政権が誕生してしまったんだ。これにより島の軍事利用計画そのものが、本当に凍結されてしまった」


 なんてことだ。おとぎ話の舞台だと思っていたら、じつはヘドロのようにドロドロとした政治の舞台だったなんて。


「それまで知念艦長たちは軍属として、島の防衛システムを保守管理する秘密任務についてた。表向きは民間人として、ニライカナイを経営しながらな。でも軍属の人間にまで退去命令はくだった。旧開発プロジェクトチームの解散もこのころだ。そこにいた連中は、オーファンズを結成して島に居座った」


「艦長! ご命令を!」


 コック服の老人たちがいっせいに立ち上がり、全員が知念艦長のほうを向いた。


 彼らはまるで若かりしころの魂でも憑依したようで、敬礼する背筋もぴんとして、顔も引き締まっていた。


 知念艦長も敬礼を返す。

 そしてこう声を張り上げた。


「機動洋上基地すずか、発進!」


 まさか本当に島が動くのか?


 夜は倒れて乃雨が怪我しないように、近くのコンソールのふちを両手でつかんだ。

 が、振動一つ起きなかった。


「本当に動いてるんですか?」


 たまらず夜は、知念艦長に訊いた。


「田中料理長、いや田中通信長。正面モニターに街の映像をよこしてくれ」


「あいよ」


 コック服の老人の一人が、コンソールに向かってなにやら操作した。


 すると正面モニターに映像が映しだされた。チョークの屋上にある定点カメラの映像だろう。ウインドウは六つあり、それぞれに神楽の街のライブ映像を映していた。


「あれを見て、夜」


 乃雨がヘリコプターを映す画面右上のウインドウを指した。


 ヘリコプターはロープを地上に垂らし、降下作戦中の特殊部隊員を吊り下げていた。しかしそんな状態にも関わらず、ヘリコプターは上昇をはじめ、と思ったら下降をしてと、隊員を宙ぶらりんにしたままで右往左往していた。


 他のウインドウでは、制服を着た大勢の警察官たちが、我先にとパトカーに群がり逃げようとしていた。


 よく見ると各ウインドウに映りこむ東京の夜景もおかしい。ゆっくりと横に流れていた。


 しかし東京は動かない。

 動いているのはヘドロ島だ。


「いま街にはサイレンが鳴っておるはずじゃ」知念艦長がモニターを凝視しながら言った。「すずかの出航を知らせるサイレンがな。政府の犬どもめ。アワを食って逃げるがいい。わしを止めようなど千年早いわ」


 自分も政府側だったくせに、知念艦長はワルそうな顔で笑った。


「艦長、現在すずかは九ノットで航行中。カタログスペックの十五ノットまでは無理なく出せそうですぞ」


 コック服をケチャップで汚した老人が、老眼鏡を額に上げて報告した。 


「うむ。予定どおりに進めてくれ」


 言うと知念艦長は、もう一度技術班を無線で呼び出した。


「小野寺班長。しばらくは地上が騒がしいが、粛々と仕事をこなしてくれ」


「わかっとる。この三十五年間、わしら技術班は原子力エンジンにつきっきりじゃった。二人の息子はとっくに独立したが、いまでもわしのことを街の電気屋さんだと信じておる。艦長には話したと思うが、長男はわしと同じ工学の道に進んだ。後継者だよ。これが落ち着いたら、腹を割って家族にも話そうと思う」


「出航したからには、これまで以上に人手がいる」


「チーム『ニライカナイ』は、わしらの代で終わりだと思っておったが、これから忙しくなるのう」


「うむ」


「では仕事に戻る」


 通信を終えると、ようやく知念艦長は自分の椅子に腰を下ろした。


「爺さんたちも忙しくなるし、ニライカナイは店じまいかね」


 タウチーがなごり惜しそうに言った。


「バカもん。店もわしらの生きがいじゃ。ここの入り口を守る役目だってある。これからも営業を続けるわい」


「よかった。店長のラフテーは神楽の名物だもん」乃雨が声を弾ませた。「いつかきっと世界中の人たちが、ニライカナイを訪れるようになるわ」


「さっきの話に戻すけど」少し申しわけなさげに夜は割りこんだ。「代表はこの島が原子力艦だと知ってたのか?」


「ああ、知ってたらしいぜ」タウチーが答えた。「いつどうやって知ったのかまでは、おれも聞かされてないがな」


「じゃあ神楽に会社を設立して、産業を育てたのも――」


「すべてはこの日のためさ。インフラを整えたのもそうだし、外洋上でも影響のない金融や情報産業を育成したのもな」


「ヘドロ王物語もね」


 乃雨の一言に、夜の体が自然と反応した。


「どういう意味だ!?」


 体を右回転させるが、いっしょに乃雨もまわる。


「ヘドロ王物語の本も、代表の計画ってこと」


「だからなんでヘドロ王物語が、代表の計画なんだよ!」


 今度は左回転で乃雨を追おうとする。当然彼女も同じ方向にまわるので追いつけない。となりでマギから「二度も同じネタをするな」とツッコまれた。


「安心して。代表はヘドロ王物語の作者じゃないから。ある一文を追加しただけよ」


 すらすらと乃雨は、こう諳んじた。


「『それは神々の秘宝にして究極の兵器。そのエネルギーは人類を焼きつくしてもなお燃えつきず、灰から新たな世界を創造する種火となるだろう』」


『原始の炎』について説明する文だ。

 

「『神々の秘宝』のあとの、『にして究極の兵器』ってところ。その一文を代表が書き加えたの。『原始の炎』は発音すると『げんしのほのお』だし、核を連想するからって」


「代表はヘドロ王物語の原稿を、『オネスティ』で酔っ払いから買ったらしい」


 タウチーが補足した。


「書いたのは誰かわからないが出版すればベストセラー確実だ、なんて言葉にのせられて、その場で中古の自動車くらい買えるヴィンテージのスコッチと交換したんだとさ。翌朝酔いがさめて死ぬほど後悔したそうだけど、ためしに読んでみたら意外とおもしろい。それでこのアイデアを思いついたそうだ」


 タウチーはいたずらっぽく笑った。この作戦を話し合っていたときも、こんなふうに代表と笑っていたのかもしれない。


「じつはネットで公開する前、東京都と内閣府と防衛省に原稿を送りつけたんだ。きっと偉いさんたちで話し合ったんだろうぜ。もしヘドロ島の秘密が公になれば、ただのスキャンダルじゃ済まないからな。対中関係の悪化だけじゃなく、国際社会への釈明だっている。あくまで有事の備えなんだ。それまでは破棄されたゴミ捨て場でいてくれないと困る」


「だから私たちが独立に向けて動いても、政府はしばらく慎重姿勢だった。そのあいだにお爺ちゃんたちが島の航行システムの手入れをして、私たちは街の整備をした」


「無事出航できたら、おれたちの勝ち」


「それがフォークボール作戦よ」


 そんな壮大な計画がヘドロ島で進められていたのか。とんでもないことに自分は関わってしまった。


「制御室、ウパニシャッドだ。うまくいったようだな」


 スピーカーからウパニシャッドの声が流れた。


「こちら制御室」知念艦長が応答した。「ようやく悲願が叶った。きみたち金槌社ゴールデンハンマーの協力のおかげだ」


「こうして出航できたのは、今日まで『ニライカナイ』が島のシステムを保守してきたからだ。こちらこそ協力に感謝する」


「地上の様子はどうなっておる」


「警察は混乱している。いまは状況を上に確認するので手一杯だろう」


「こちらも順調じゃ。ヘドロ島は予定どおりフィリピン海へ向かう」


「そのことを防災放送でも流してほしい。やつらの戦意を完全に削ぐ」


「了解した」


「タウチーはいるか?」


「いるぜ隊長」


 タウチーが応答した。


「ごくろうだった」


「バイト君が『SAKURA』を手に入れてくれたおかげさ」


「そこに有村夜もいるのか」


「はい」


 夜は言った。


「おまえには朝まで中央制御室の警備を任せる」


「了解です」


「頼んだぞ」


 はじめてだ。ウパニシャッドから仲間として話しかけられたのは。うれしくなり、夜は軽く身震いした。


「乃雨はいるか?」


 ウパニシャッドから呼びかけられ、乃雨は「はい」と返事した。


「おまえには特に負担をかけた」


「平気です! これくらい!」


「今日は休め。あとのことは有村に任せろ」


「あ、ありがとうございます!」


 ウパニシャッドが相手だと毎回こうだ。

 とっくに通信は切れたのに、いつまでも乃雨は背中でもじもじしていた。


「警察官たちはどうなる。東京へは帰れるのか」


 夜はタウチーに訊ねた。


「もちろん帰す。街の復旧くらい手伝ってほしいけどな」


「これが終わりじゃなくて、はじまりなんだよな」


 これからヘドロ島は自分たちだけで生きていくのだ。


「心配はいらない」


 それまで黙って話を聞いていた宗一が、誇らしげに胸を反った。「オーファンズが長年かけて、島の自然環境を作ってきた。島がみんなを生かしてくれる」


「もしかして早雲さんは、こうなることを予測してオーファンズを結成したのか?」


「まさか」


 笑ったのは乃雨だった。


 しかし宗一は真剣な面持ちで言った。


「むしろ先生はもっと先を見据えている気がする」


「なんだよ、それ」


「いや、忘れてくれ。だがこれだけは言える。この島で生きるすべての人間は、これから協力していかなければならない」


「いまはできてないって言い方だな」


「しょせんは荒れくれ者の島だもん」


 この乃雨の発言に、タウチーも同意した。


「十一ある地区それぞれに、おれたち雷神チームでも一筋縄じゃいかない、ヤバい連中がいて、地域を支配してるんだぜ?」


「だから一刻も早く、誰かが島をまとめないと」


 宗一は言うが、それに対して乃雨が少し怒りながら返した。


「オーファンズが島の盟主になるっていうなら、絶対にお断りよ。あんなやつの配下になるくらいなら、死んだほうがマシだわ」


「早雲先生にそんな野心はない」


「どうかしら」


 言い争う二人。

 なるほど、たしかに結束は難しそうだ。


 ヘドロ島は王なき島である。


 夜はわくわくした。

 まさにヘドロ王物語じゃないか。


「いいものを見させてもらった」


 マギもようやく落ち着いたのか、いつもの調子で言うと、近くにあったキャスターつきの椅子に腰かけた。


 脚を組み、背もたれに体重を預けて楽にすると、長い髪を指にくるくる巻きつけながら、彼女は話しだした。


「私の一族にも、こんな古い伝承がある。はるか古代、大賢者ヘルメスは、この宇宙の究極にして最後の秘密『大いなる知識』を、この惑星のどこかに隠した。これを手にできるのは、この惑星に誕生するという『ヘルメスの鍵』だけ。ピラミッドに封じられし神聖十桁の数字を導きだす者だ」


「やっぱり、あのウェブサイトを仕掛けたのは、マギだったのか」


「思うに『大いなる知識』とは『原始の炎』のことで、『ヘルメスの鍵』とはヘドロ王のことではないか。ふたつの物語はつながっているのだ。おまえが本当にヘドロ王だとしたら、おまえはやがてこの宇宙の謎を解き明かす。そして真なる王となり、人類を焼きつくし、新たな世界を創造するのだ」


「またくだらないウソをつきやがって」


 これにマギは肯定も否定もせず、肩をすくめるだけだった。


「そういえば乃雨に訊きたいことがあった」


 夜は首をひねり、乃雨のほうを見た。


「なあに?」


「やっぱり乃雨も、ヘドロ王物語の大ファンなんだな」


「……それ、いま話すこと?」


「一番大事だろ」


「はいはい、好きよ。これで満足なんでしょう」


「まったく素直じゃないな」


 夜は嘆息した。

 そして宗一と目が合うと、お互い苦笑しあった。


「ま、いまだけ認めてあげてもいいわよ。あんたがヘドロ王なの」


「それは光栄だ、騎士ヴァルナ。そなたの主として期待に応えてみせよう」


「なんかムカつく。やっぱり撤回」

 

 肘で背中を小突かれた。


 まだなにも終わっていない。


 自分もヘドロ島も――。

 これから居場所を見つけにいくのだ。


「お互いがんばろうな」


 夜はこのバカでかい船と、心で共振した気がした。

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ヘドロ王の夜 ヨロシク仮面 @my100yen

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