第55話 原始の炎
警察対策として、USBメモリを持たせた乃雨を、宗一の馬に乗せた。
いざとなったら夜が囮となり、そのあいだに宗一が乃雨をチョークまで連れて行く作戦だった。
ヘドロ王が黒髪山の山賊と戦ったときと同じだ。
ダミーの歩兵を連れたヘドロ王が囮となって、敵の要塞前に陣を張って注意を引きつけ、そのあいだに馬に乗った少数精鋭の騎士たちが、要塞を背後から奇襲する作戦だ。
「なんであんたがヘドロ王役なのよ」
馬に乗った乃雨からクレームが来たが、夜は受けつけなかった。
すでに大通りは封鎖されていると考え、遠まわりしてチョークをめざすことにした。
夜とマギが先頭を歩き、やや離れて乃雨を乗せた宗一がついて来た。
大通りを避けたのは正解だった。ほとんど危険に遭遇することなく、チョークの裏手に着いた。
「ここだ、夜」
生垣の陰から人間の手だけが出てきて、手招きした。
「タウチーか?」
「ああ、おれだ。『SAKURA』は持ってきたか?」
「持ってきた」
「こっちだ、ついて来い」
タウチーは生垣から出てくると、建物の裏口から中へ入っていった。
あとから到着した乃雨を背負子に移し、馬から降りた宗一もいっしょに、タウチーのあとを追った。
裏口からチョークに入るのは初めてだった。
廊下を少し進むと、最初の角でタウチーが待っていた。口に人差し指をあて、夜に先をそっと覗くように促す。
十メートルほど先に、サブマシンガンを装備した男が立っていた。特殊部隊だろうか。黒色のタクティカルベストを着て、紺色のアサルトスーツに身を包んでいた。
「やつらの目的も、おれたちと同じだ」
「同じって?」
「『原始の炎』さ」
タウチーは右脚のホルスターから拳銃を抜いた。
「この建物の中にあるのか、『原始の炎』」
「いいや。ここにあるのは『原始の炎』にアクセスするための部屋だ」
首からさげた一枚の赤いカードキーをタウチーは見せてきた。
アクセス?
『原始の炎』にアクセスとは、どういう意味だろう。夜は宗一と顔を見合わせた。
「しかしまいったな。特殊部隊なんて聞いてないぜ」
「どうやってくぐり抜ける?」
「なんとかするしかないだろ。おれたちにすべてがかかってるんだ」
「私なら連中の動きを把握できる」マギが言った。「ちょっとした特技だ。くわしい原理の説明は省くが、目で見なくても近距離なら物体の動きがわかる」
「信用できるのか?」
タウチーの疑念は尤もだった。
そのことをいつもいっしょにいる夜に訊くのも当然だろう。
「以前、雷神チームから襲われたとき、マギはトビーたちの位置を正確に言い当てた。信用できる」
「じゃ、魔女さんを信じるとするか」
タウチーを先頭にしマギ、夜(乃雨)、宗一の順に並んで進んだ。
どこに人間がいて、どっちへ向かって歩いているのか、適時マギが知らせた。それを受けて安全そうなルートをタウチーが選んだ。
マギの能力は本物だった。
たとえば「向こうの角から誰かが近づいてくる」と彼女の言葉を信じて近くの部屋に隠れると、本当に敵が通りすぎて難を逃れられた。
この能力についてマギは以前、デンキウナギと同じだと話したことがあった。デンキウナギは微弱な電磁場を周囲に展開し、ひずみを感知することで対象の動きを知る。濁った淡水に生息するので、このレーダーが狩りにも自衛にも役立つのだ。
「ウナギにできることが、なぜ人間にできないと思う?」
などと彼女はうそぶくが、本当に魔法の可能性もまだある。
ヘドロ島に魔女なんて、冗談みたいな話だが。
マギのおかげで目的地へ無事にたどり着くことができた。
そこは『ニライカナイ』だった。
なつかしの沖縄料理店だ。
従業員用のドアを開けて店内に入った。
まったく人間の気配はなく、店の中も真っ暗だった。
なぜニライカナイなのだ。あたりまえの疑問が、夜の頭の大部分を占拠した。まさか腹ごしらえではあるまい。
タウチーはペンライトをつけ、店の奥へ進んでいった。その先は厨房だった。
厨房にも誰もいなかった。すでに従業員は退避したあとだ。中華鍋には作りかけの料理が残り、床には割れた卵が転がっていた。いいにおいもする。鍋を触ると、まだ少しだけ温かかった。
あれ以来会っていないが、店長の知念は無事だろうか。
タウチーは厨房の奥にある冷凍室のドアを開けた。ついて来い、と全員にジェスチャーで伝える。
中は当然だが寒かった。金属の棚が二つあり、凍った肉や魚介類を詰めたプラスチックの箱がいくつも置かれていた。
「くそっ、重い、手伝ってくれ」
タウチーは金属の棚の片方をどかそうとした。
なんのためかはわからなかったが、夜は宗一も誘って棚をいっしょに移動させた。
「いったいこんな場所になんの用だ」
立っているだけで、つま先から頭のてっぺんにまで震えが駆け抜けた。
乃雨の震えも背中から伝わるし、こんな場所に長時間いられないと夜は抗議した。
「この下が目的地だ」
タウチーは棚で隠れていた床を、足で叩いてみせた。
「地下室があるのか?」
「まあな。いまから開けてやる」
タウチーは言うと、目立たない小さな床のくぼみに、爪のついた特殊工具を引っかけ、持ち上げた。
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