第54話 一陽来復

 警察官の唇が心電図のように波打った。

 彼はゆっくりと右手を尻にまわした。


 一本の矢が、尻に刺さっていた。


 首をまわして尻の状況をたしかめると、彼は「くうん」とせつなそうに鳴き、痛みで中腰になった。


 この隙を逃さない手はない。


 夜は仕込み棒を拾うと、三ツ矢にもやったように警察官の右手首の深穴『太淵』を叩いた。さらなる激痛でチンパンジーのように彼は歯ぐきを剥き、力なく拳銃を地面に落とした。とどめに隙だらけの顎を叩いた。


 くるっと眼球がまわり、彼は白眼をむくと、膝から崩れ落ちた。

 すまない。夜は心の中で謝罪した。


 うおおおっ、と酔っ払いたちが叫んだ。パトカーを金属バットやゴルフクラブで叩きはじめる。パトカーはバックで逃げ出した。最初に襲われた警察官も、気絶したふりをしていただけで、立ち上がってパトカーといっしょに走って逃げた。それを酔っ払いたちが、奇声をあげながら追いかけていった。


「怪我はないか?」


 パトカーと入れちがいで、馬に乗った男が近づいてきた。


「ああ。助かったよ宗一」


 あいかわらず馬に乗ると絵になる男だった。射籠手をつけた左手で青い大弓を持ち、幾何学模様の美しいたっつけ袴の藍色が、黒毛の馬とよく合った。おまけに美男子ときて非の打ち所がない。ヘドロ王オタクである点を除けば。


「竹笛のを聞き、王として友の危機に駆けつけた所存」


 いや、竹笛なんて鳴らしていないし、持ってきてもいないが。しかし本当にいいタイミングだった。いまだけは宗一をヘドロ王と認めてやろう、と夜は思った。


 倒れた南条の首筋に手をあて、脈を計った。すでにこと切れていた。乃雨にそれを伝えると、彼女は怒りながら言った。


「なんで飛び出したのよ」


「悪い。でも撃たれたとしても、弾丸はおれの体で止まると思ったから」


「そうじゃなくて、あんたのことを心配したの」


「なんでおれのことを心配するんだよ」


 おまえたちは変わらないな。馬から降りた宗一が苦笑した。それから倒れた警察官のもとまで歩き、尻から弓を抜いた。


「かなり手加減したから、浅くしか刺さっていない。少し傷跡は残るかもしれんが」


「なんで来たの?」


 つっけんどんに乃雨が言う。


「おれも力になりたい」


「あいつの命令ね」


「ちがう。自分の意思だ」


「ふん、オーファンズに貸しなんか作りたくないわ」

 

 乃雨は腕組みをして、そっぽを向いた。しかし口ぶりは拗ねた子供のようで、宗一への悪感情はなさそうだった。


「ちょうどパーティーに弓の名手が足りていなかったところだ」夜は言った。「歓迎するよ、 “青い稲妻”」


「またおまえたちと冒険できてうれしい」


 夜と宗一は、固く握手した。



 遅れてマギが合流した。

 あたりは警察だらけで、この付近も封鎖されようとしている。そう報告をするが、死んだ南条を見つけると、つらそうに目を固く閉じた。


 夜は南条のポケットから財布を抜きとった。

 そこからUSBメモリをとり出し、言った。


「行こう。これで戦いを終わらせるんだ」

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