最終話 あなたを師範にしてみせる
「どうしてそんな顔で言うんですかっ!?」
「どうしてって……」
「あたしはもう忘れたくありません。どんなに恨んでいたとしても、なかったことになんてしたくないっ」
ありったけの力を込めて、アリスは叫ぶ。
「それに、呪いを解くのと引き換えにあなたを師範にしてみせるって誓いました。あたし、立派な王宮魔導師になって、あなたが見いだしてくれた力が役立つことを示したいですっ。それがきっとあなたがあたしのためにしてくれたことの恩返しになるって思うからっ!」
フィロに再会したとき、彼は言っていたではないか。『頼まれていなくてもそうした』と、『偶然ではない』と。あれはつまり、ウラノスに頼まれてアリスの指導をすることに決めていたということだろう。直接習う機会こそ得られなかったが、故郷にいた間もウラノスはずっとアリスのことを気にかけてくれていたのだ。
――気づけなかったのはあたしが幼かったせいよ。だから、今度は絶対に忘れない。忘れるものか。
「アリス君――」
「くしゅんっ!!」
盛大なくしゃみが出て、アリスは自分の肩を撫でる。陽が暮れて風が出てきたからだろうか、だいぶ肌寒い。
ウラノスは小さく笑った。
「くくくっ……しまりませんね」
「黙っていてください」
格好がつかないのは承知している。わざわざ指摘などされたくはない。
「ローブだけでは寒いでしょう? 君の着替えも持ってきていますよ」
「そういうことはもっと早く言ってよ……」
がっくりとしたまま、アリスは岸に上がる。空にはまるく輝く月とたくさんの明るい星。辺りはすっかり暗い。
ウラノスが持ってきた荷物の中から、アリスが王宮入りに備えてまとめていた荷物が出てきた。それを受け取ると、中身を確認する。着替えのほかに、使い込まれた雑記帳も出てきた。無事だったらしい。表紙をなでると、それをフィロから受け取った日のことを思い出す。
――これはエマペトラ先生からの……。
ぎゅっと抱きしめて、鞄の中にしまう。彼が背を向けている間に着替えを済ませた。
「――期待して良いですか?」
不意にかけられた問い。アリスはローブに袖を通しながら、その問いに応じる。
「立派な王宮魔導師になるっていう誓いは、破るつもりはないですよ? エマペトラ先生の指導をしっかり身に付けてみせます」
「頼もしい台詞で何よりです。――それに早く一人前になってもらわないと、責任取れませんからねぇ」
「責任?」
ウラノスの終わりの台詞にアリスは首をかしげる。
「……見ちゃいましたからね、事故とはいえ」
その呟きに、引いていた熱がぶり返す。裸を見られてしまったことを言っているのだと理解できたからだ。
「無理しなくていいです! ってか、それはきれいさっぱり忘れてくださいっ! 責任取れだなんて言いませんから!」
アリスはウラノスの背に向かって叫ぶ。そんな理由で彼から結婚を申し込まれたくはない。
「ですが、それだけじゃないのですよ?」
ウラノスはアリスが着替え終わっているのを見越して振り向いた。その顔には不敵な笑みが張り付いている。
「本当に君は鈍いのですね。君を王宮魔導師にするために私がここまで尽くしてきた理由を、あの日の恩返しや職務上の
――え? えええ??
言っている意味が理解できない。できないというか、したくない。
戸惑い、わけがわからずきょとんとしているアリスにウラノスは背を向けて歩き出す。
「――さて、帰りましょうか。次の行事は任命式です。この調子では王宮に着きませんよ? いきなりクビにされそうですね」
王宮で会ったときと同じ冷たい声でウラノスはきっぱり告げる。ぼんやりしていたら置いていかれてしまいそうだ。
「帰りますっ! 帰りますから先に行かないでください!」
アリスは慌ててウラノスの後を追いかける。
――なんか、衝撃的な告白をごまかされたような気がするけど……あたし、またからかわれている?
ウラノスの本心がどこにあるのか、アリスにはさっぱり想像できない。
「ぐずぐずしていると置いていきますよ?」
「わかってますって!」
アリスは胸がドキドキするのを感じる。それは新しくはじまる見習い王宮魔導師としての生活に期待しているからだろうか、それとも別の理由があるからだろうか。
二人は馬に乗ると、王宮を目指して走り出したのだった。
《了》
見習い王宮魔導師アリス=ルヴィニの受難 一花カナウ・ただふみ @tadafumi
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